72
退院して暫く、八月中旬。今日は雄英の入寮日である。……本来なら。なんでこんな日に、と思うけれど、神野での事件後から定期的に通わされている検診がダダ被りなため、私は護衛のプロヒーローを伴い、病院へと来ていた。それももう終わるけど。外出は自粛を促されていたため、前回の検診ぶりの外だ。暑いわ。
「じゃ、俺はここで待っているから、行ってこいリスナー!」
「はあ〜い」
「……あ待って、やっぱ俺も一緒に行くわ」
「どっちやねん」
護衛の先生はプレゼントマイクである。担任を受け持ってなくて比較的手が空いているらしい。検診は終わったけど、今日はもう一つ病院で予定があるのだ。コンコン、と病室をノックする。
「たーのーもー」
「おかしいな、私はまだ返事をしていないはずだが」
「あれ〜? お返事聞こえた気がするんだけどなあ」
豪華な個室。ベッドに座る、背の高いほっそりとした男。今日の目的その二、負傷したベストジーニストのお見舞いだ。普段は半分が隠されている綺麗な顔にはまだガーゼが、髪の毛も常ほどぴっしりとはしていない。まあいい、おいで、と読んでいた本を横に置き招かれたので、遠慮なくベッドに腰掛ける。
「お花! お金は相澤先生で、私が選んだの」
「かわいらしい色合いだね。部屋が華やかになる」
「で、果物! お金はオールマイトで、私が選んだの。リンゴ食べよ」
「剥いてくれるのか? 一緒に食べようか」
「孫溺愛する爺さんみてェだな……」
少し見ない間にジーニストが全肯定マシーンみたいになってる。何があったのか。いや、わりと前からこんな感じなが気もしてきた。まあいいか。
「最近リンゴにハマってるんだよね」
「そうか。果物は身体に良い。適度に取っておきなさい」
蜜の多い林檎めっちゃ美味しい。人のお金で食べる高い食べ物最高。どうせならうさぎ型に切ろっかな。出費オールマイトだし。シャク、と噛むと歯ごたえが良くて、幸せの甘さが口の中に広がる。あ〜お見舞い大好き。つまようじを刺したうさぎリンゴを、ジーニストの口元に運ぶ。マイク先生が微妙な顔をしていた。ジーニスト、顔も口も小さいから一口がちっさい。
「お礼と報告に来たの」
「いい報告か?」
「もちろん」
ベストジーニストの入院している病院は、秘匿されている情報だ。お見舞いなんてなかなか簡単に行けないけれど、今回は私と彼が昔からの知り合いで、且つ神野での出来事から、特別に許可されている。
「まずは、ありがとうございました」
ぺこっ、と深く頭を下げる。彼に庇われなければ、直ぐには治らないぐらいの怪我はしていただろう。助けが入らなければ逃げることも出来なかったかもしれない。
「私はヒーローとしての仕事をしただけだ。礼を言われるようなことじゃないさ」
「そうだけど、それだけじゃなくて」
昔のこととか、いろいろと。わりと心配をかけていたな、と改めて思う。包帯の巻かれた腕が、触れる直前で一度躊躇って、それから私の頭に乗った。
「あのね、覚悟、決まったよ」
「……正直、君はもう少しかかると思っていた」
「たしかに! 早かったかも」
いろいろとあったせいで長かったように感じるけど、確かに職場体験から、まだ3ヶ月ほどしか経過していない。
「私、ヒーローになるから、早く復帰してちゃんと見ててね」
「……ああ、それは、すぐにでも治さなければいけないな」
「ふふふ、うん」
頭を撫でていた手が頬へと滑って、輪郭を確かめるようになぞった。くすぐったくて身動ぎをすると、ジーニストも穏やかに口元を緩める。鼻先が顎に触れそうになるくらいまで近付くとなんかいい匂いがする。ホワイトムスクっぽい。入院中なので香水は付けていないだろうし、ヘアケア系かな。
「……和んでるとこ悪ィけど、お二人さん、ちょーっと距離がちかいんじゃねェ?」
「んー?」
病室の扉に凭れたままのマイク先生から声がかかった。そう? 近いっちゃ近いけど、親戚のおじさん的なポジションだし。ていうかマイク先生、この為に一緒に来たのかな。
「だって、どうする? パパ」
「こら、積極的に誤解されにいくな」
ぎゅうとほっぺを潰された。実際PとJKだし。プロヒーローとJK。ジーニストの手が離れていって、私も身体を離した。
「じゃ、また来るね」
「それまでにきちんと治しておこう」
「ん!」
それでは、とマイク先生と並んで病室を出た。別れはアッサリだ。想像よりもずっと元気そうだったし、すぐに会えるようになればいいな。
「マイク先生見張り?」
「ちゃーんと護衛だぜェ? ま、おまえの担任から目を離すなって言われるしな!」
「え〜信用ないのかな」
「アイツもあれで過保護なんだよ」
「あーね。相澤先生そういうとこある」
病院が終わればそのまま学校、入寮だ。学校までは車で送ってくれるので、マイク先生と並んで座った。都内の病院からだから結構遠いんだよね。高速乗るし。荷物は郵送されてあるので、手持ちのハンドバックと新しくなったスマホくらいだ。林間で駄目になったので、根津校長が新しいのを買ってくれた。最新機種! やったね。でもデータ全部飛んだから、せっかくの大容量なのに中身はすっからかんだ。家、学校、先生、ジーニスト、病院くらい。中学までの連絡先とかも全部消えた。写真消えたの悲しい。ま、禊になってよかったのかも。
「ねえマイク先生も連絡先交換する?」
「Ah! いいぜ!」
「今度先生の写真いっぱい送ったげる」
「HAHA! いらねェー!」
自撮りしよー、ってインカメを構えるとノリノリの三十路がいろいろとポーズを決めてくれた。黒猫になれるフィルターで撮った写真と、今から行くよ〜って報告を相澤先生に送ると、わりと秒で既読付いた。写真についてのリアクションはゼロだった。先生っぽ〜い。
PREV |NEXT