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「学校で待っているのさ!」
「またお見舞いに来るよ」
「ありがと〜明日退院だけど」
やることがあると言う根津校長とオールマイトに手を振って見送る。新体制になるのだ、みんな忙しいだろうに私一人に時間を割かせて申し訳ない。オールマイトやっぱ天然入ってんな。
「先生おまたせ」
根津校長に説明されたのはざっくりとしたものだけだったが、詳細を先生に教えてもらう。8畳ワンルーム、クローゼットに冷暖房完備。学生寮にしては破格すぎるだろう。
「先生」
「なんだ」
「事件のことも、教えて欲しい」
私が聞いてくることも、分かっていたんだろう。先生が、淡々とその惨状を教えてくれる。事件の死傷者。町への被害。オールマイトの引退。そっか、オールマイト、勝ったけど活動引退まで追い込まれたんだ。だからあの姿だったんだ。記者会見で明かされた両親のことも、オールマイトの引退でだいたい掻き消えているらしい。それでも、フツフツと蒸し返されることだろう。ちょっと面倒だな。あのババア……は、拉致された未成年への対応ではないとされ、社会的制裁をそれなりに食らっているらしい。そうだろうね。
「ジーニストは一命は取り留めたが、長期の活動休止だ」
「そっか。お見舞いいかなきゃ」
一般人だけではない、プロヒーローや警察にも被害にあった人は多い。オール・フォー・ワンと呼ばれた敵は逮捕されたが、敵連合は皆逃げ馳せたらしい。本当に、最悪の大きすぎる爪痕を残していった。緩名、呼ばれた名前に顔を上げる。
「本当にいいのか」
寮のことかな。確かに、こんな事件の当事者になった直後に親元を離れて生活するのは、心もとないことだろう。親元ないんだけどね。ブラックジョーク。それとも、ヒーロー志望として、このまま学ぶことへの疑問か。
「実感しちゃった」
誰かを助けたいと思った時に、力がないと、資格がないと何も出来ないこと。何も出来ないことは、悔しくて悔しくて、身体がちぎれそうなくらい辛いこと。全てを救けられる訳じゃないことは分かってる。でも、手の届く範囲なら、出来ることはしたいと思った。母親も、あの人もこんな気持ちになったんだろうか。
「だから私、ヒーローになるよ」
「……そうか」
随分遅い決心だと思う。けど、ようやく心が決まった。ぽす、と頭に乗せられた手。頑張ったな、と降ってくる声に、涙じゃなくて笑顔が溢れた。
「私の両親の話、聞いてほしい」
誰にもちゃんと話したことがなかった、私と両親の話。誰かに話したいと思った。聞いて欲しいと思った。
「先生は、私のお母さんと会ったことある?」
「ああ。まだ新人の時だが、数度現場が一緒になったことがある」
「あの人、めちゃくちゃ強烈だったでしょ」
「……忘れられないくらいには」
私の母親、ヒーロー名「スノーホワイト」。本名唯我強子。父親と籍は入れていたが、選択夫婦別姓なので苗字は違う。一言で言うと、強烈なナルシスト。個性は「身体強化」。顔も身体も全てが完璧に美しく、元の身体能力や頭脳も素晴らしかったらしいが、如何せん我が強すぎた。嫌な人、というわけではない。むしろ、ヒーローとして、尊敬されることも多い人物だった。ヒーローチャートでは、1桁に入ることも度々あった。ただ、人のために命をもかけられる、怪我すら厭わない人だったけど、彼女が一番好きなものが自分だっただけだ。ファイル分けが自分とそれ以外、くらいの認識だ。
私が産まれて、彼女の中のファイルに、一応私が組み込まれたらしい。円満な家庭と比べると分かりにくいかもしれないけど、愛情は向けられていたのも分かっている。けど、転生したばかりの私と、彼女の他人への興味の薄さと聡さが、変な具合にハマってしまったのだ。
「生まれた瞬間から反抗期だったみたいでさ、私、両親を受け入れられなかったの」
今でこそセカンドライフ満喫って感じだけど、転生した当初はそれはもう物凄く戸惑った。似ているようで社会も違う。ただでさえ肉体年齢に精神が引っ張られていたんだから、私の両親は前世の両親だけだ! と、彼らを遠ざけたのは私からだ。転生したことなんて、先生には話せないけどね。頭の良い母親は、全身で拒絶を表す私の状態を見て、距離を置いた方がいいと考えたんだろう。ちょうど個性の発現した、4歳くらいの時だったかな。そして、距離を置いたら、それがピッタリはまってしまった。会わないわけではない。隙を見ては両親は私に会いに来たし、色々なものを買い与えた。一緒に生活をしなくなっただけだ。それだけで、お互いの生活が上手くいくようになったのだ。というわけで、私はおばあちゃんに預けられ、今に至る。そして、また変な具合に奇妙なパズルのピースが、父親だ。
「お父さんとは会ったことは?」
「いや、ない」
「……今度、写真見せてあげる。顔ほぼ私だから」
私が似たとも言うけど。身内が言うのもなんだねど、めちゃくちゃ女顔の美人だったんだよねえ。父親、緩名劣花。個性、「劣化」。とはいえ、弱いものだったけど。
「お父さん、お母さんのとこの事務員だったんだけど、一言で言えば過激派オタクだったの」
元々ヒーローに興味はなかったらしいけど、まだプロヒーローになる前、雄英時代のお母さんに助けられて、惚れ込んだらしい。スノーホワイトはみんなのヒーローだ! でも他人の物になるくらいなら僕のものに……、の精神でいたら、気まぐれなお母さんと結婚、私の誕生までいったらしい。解釈違いで悶え苦しんでいたことも度々あった。過激派拗らせオタクの父は、同じオタクの気持ちを分かりすぎていることもあり、スノーホワイトが結婚なんてしたら死人が出る! とのことで、公表しなかったらしい。お母さんの人気取りのため、なんて言われてたけど、まあ実際それもあっただろうけど、人命救助の面が強い。実際スノーホワイトには、強烈なシンパ多かったらしいし……。
お母さんにとっての一番はお母さん。お父さんにとっての一番もお母さん。二人とも、それ以外への関心が薄かった。子どもを産んではいけない人達に思えるけど、私がちゃんと、普通の子どもなら、思うことはあれどそれなりに幸せに家族出来てたんじゃないかなと思う。始まりは私からの拒絶だ。誰が悪い、とかではない。食い合わせが最悪に悪かっただけだ。つまり、今世紀最大の不運だろう。
「食い合わせが悪かっただけなの」
「そりゃまた……」
なんだろう。我がことながら聞いてもらっていて情けなくなってきた。要は、全員がちょっと特殊で自己中だっただけなんだもん。
「お母さんが死んだ時のことも、見捨てられたわけじゃないの」
10歳の誕生日、お母さんと二人で欲しいものを買いに行こう、と出かけた時のことだ。発生した大規模テロ。崩れてきた瓦礫に巻き込まれて、あの時確かに私は、「私じゃなければ」命に関わるだろう怪我を負っていた。けど、私の身体は常時発動型の治癒バフがある。瓦礫からはお母さんが助けてくれたし、比較的安全な場所だったのだ。放っておいて治る自分の娘より、倒れて助けを求めている人に向かうのは、母親としてはどうかと言われるかもしれないが、合理的で正解だろう。少なくとも私はあれが間違いであったとは思わない。他人を庇って死ぬことへの、理解は出来なかったけれど。
「悲しくないわけじゃなかったけど、私とお母さんの繋がりは薄かったから」
「……」
ボタンをかけ違えたような関係が終わって、少しだけ安堵してしまった自分も、確かにいたのだ。最期まで彼女を母親として受け入れられずに申し訳なかったけれど、彼女も私の心境を、なんとなくだけど察してくれていたようだ。凄い人だと、心から思う。
そしてジーニストに保護されて、父親のいる自宅へ。電話にも応答がなかったことに、嫌な予感が既にあった。扉を開けると、首を括っているお父さん。ああ、やっぱり、が最初の感想だった。常人では理解できないぐらい、彼は母親を愛していたのだ。まあ流石にビビったけど。
これが、私の家庭の顛末だ。先生は、苦虫を噛み潰したような、なんとも言えない顔をしている。
「言葉は悪いけど、あの人たち、普通に頭おかしかったんで、世間の常識を当てはめて考えたところで、って感じなの」
全くの関係ない他人でもないから、そりゃあたまに思い出して凹むこともある。でも、誰だってそういうの、あるでしょ。両親のことは、私の中ではもう完全に過去のことになってしまった。それでも、先生に話したのは。
「……誰かに知っといてほしかったのかもなあ」
世間からズレた人達だったけど、愛情がなかったわけではないことを。傍からどう映るかは分からないけど、少なくとも私はそれを受け入れていたことを。
「おまえが」
「ん」
「愛されて育ったことくらい、見りゃ分かる」
「ん……そっか。だよね」
「わがままで、甘え上手で、人懐っこくて」
「ん……ん?」
一瞬dis入ってた?
「前向きだろ。おまえ、ずっと」
「うん。それには自信がある」
そっか。見て分かるんだ。よかった。あーあ、語ったらなんか疲れてきた。体力はまだ戻ってないな。
「先生って、やっぱり褒めるの下手だね」
ぴんっ、とデコピンされた。その後は、わりとしっかりお説教された。疲れた。
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