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 起きた。清々しいまでの起床だ。うわ、なんか目元パリパリして開かない。寝すぎた時よくあるやつ。気分は爽快なのに全然身体動かん。ウケる。だるい感じはないんだけど、ふわふわ浮いたような、自分の身体じゃないみたいな感覚。まじで寝すぎた時のアレじゃん。いっそあと5時間くらい寝たい、と思いながらも、状況を把握するために目を開いた。お腹空いた。

「……っだ、こ……」

 目を開いた。どこだここ、と呟いたつもりが全然声も出ない。何? ガッスガス。16時間ぶっ続けで酒飲んだオール後並に掠れてる。あ〜お好み焼き食べたい。お腹すいてる。薄らぼんやりした視界に映るのは、真っ白な天井。病院かな。っぽいな〜。眠りにつく前のことを段々と思い出してくる。先生に泣かされてそのまま落ちたんだ。うわ恥ずい無理。ヤダヤダ今度先生泣かしたろ。三倍返しは基礎中の基礎。にしても久しぶりにギャン泣きしたのに、それにしては頭がスッキリしてる。泣いた後ってクソしんどくない?
 今何時だろう。白いカーテンの向こうから、心地よい、いや嘘だわ、ガンガンに照り付ける太陽。イケなすぎる太陽だわ。まぶい。昼過ぎくらいかな。事情聴取を受けたのが朝方だったから、8時間くらいは寝てるんだろう。まだ寝れるな。

「緩名」
「……はざす」

 名前を呼ばれて、とりあえずおはようございます、と返した。挨拶は基本。やっばい、痰絡みそう。誰か居たの気付かなかった。やたらと重たい頭をなんとか傾げると、相澤先生がいた。いつものヒーロースーツに、髭。髪だけハーフアップになっている。わあ、見慣れた小汚い感じ。これを求めてた。ありがとう世界。まじで喉がカラッカラに乾いてる。水が欲しい。言わずとも出来る男、イレイザーヘッドはサイドテーブルにある水を取って、キャップを開けて差し出してくる。ありがとう先生。起き上がるの面倒くさいからもう頭からかけて。

「起き上がれるか」
「ん゙」

 そうも言っていられないので、先生の手を借りて起き上がる。肩の骨がバキバキ鳴った。長いこと同じ姿勢でいたせいだろう。ペットボトルを受け取ると、握る力が全然出てくれなくて零しそうになった。最早介助されながら、水を飲む。ただの水うっま〜! 最高、テンション上がってきた。

「あ゙〜、あ゙、ぁ゙、ぁ、あ、んんっ」

 喉を抑えてチューニング。よし、戻ってきた戻ってきた。酒焼けボイスは成人してからで十分だ。

「おはよ、先生。いい朝だね」
「……もう昼だ」
「まあ広義的には昼も朝だから」
「どこの世界の話だ。……体調は?」
「超爽やか。お腹空いた。ベビーカステラ食べたい」

 んん〜、と伸びをしながら答える。完全復活でしょこれ。快気祝いになんか食べたい。ていうか点滴外したいんだけど。針怖い。

「三日も寝てりゃそら腹も減るだろ」
「みっ……」

 三日!? 三日も寝てたのか私。まじか〜。そりゃよく寝たって気分になるよね。プチ冬眠じゃん。夏だけど。

「最長記録更新したかも」
「……まあ、おまえがいいならいい。さっきまでおばあさんがいたが、一度帰ったよ」
「あ、まじ?」

 おばあちゃん、流石に多大なる心配をかけているから申し訳ない。わりとドライな関係とはいえ、覚めきっているわけではない。ごめんね、おばあちゃん。後で電話します。
 まだしょぼしょぼする目で、先生の顔を見つめる。私が寝こけている三日の間も、きっといろいろあったんだろう。軽くレンチンした濡れおしぼりを渡される。顔を拭くと気持ちいい。身体もサッパリしてるけど、超長時間睡眠してる内に病院の方がしてくれたんだろうな。ありがたい。お風呂入りたい。

「叱られるかと思ってた」
「……おまえは、自分でよく分かってるだろ」

 コツン、と額を小突かれる。無茶をしたこと、無理を押し通したこと。プロヒーローの許可ありと言えど、救助されたばかりの被害生徒が、個性を駆使して救急行為に当たること。自分で言うのもなんだがはっきり言って異常で無謀だ。一生のトラウマにもなり得るレベルの出来事だったんだから。正直、あの惨状は、思い出すだけで寒気がする。

「まァ、それでも後で説教はするが」
「ええ、えへへ、お手柔らかにしてほしいなあ」

 やっぱりお説教はあるかあ。苦く笑っていると、コンコン、とノックの音が響く。すぐに扉が開かれて、看護師さんが入って来た。私が目覚めてすぐ、先生がナースコールを押していたようだ。目覚めてすぐだが、どうやら検査をするらしい。ご飯食べれるのまだ後かなあ。

「先生」
「どうした」
「あのね。後で、聞いてね。私の話」

 一度退室を、と促された先生が席を立つ。扉の向こうへ消える寸前に、約束を取り付けた。



 検査、クソ長かった。疲れた。ぐったりだ。採血もされた。怯えすぎて看護師さんが手を握ってくれた。
 お医者さんの話によると、私は三日前の朝から、先生に抱っこされて運び込まれた時から高熱が出ていたらしい。個性のキャパ超え使用の反動と、心身へのストレスが原因だと言われた。無理をし過ぎだと怒られた後によく頑張ったね、と褒められたからそれなりに酷い有り様だったんだろう。記憶にないけど。どこか不調があるかと聞かれたけど、空腹以外何も無かったのでそう答えたら、食欲があるのはいいことだと頷かれた。検診でほぼ何にも異常がなかったので、明日には退院していいとのお達しだ。念の為、暫くは検査に来させられるらしいけど、とりあえずやったね!
 自身に与えられた個室で、一人になる。暇だ。テレビを付ける気にはなれなかった。事件はどうなったんだろ。オールマイトは勝利した、と聞いたけれど、それ以外の詳細を、誰も私に教えようとはしなかった。私から尋ねてないのもあるだろう。死傷者はどれくらい、町への被害はどれほどだったのかな。あと、多分私と爆豪くんを助けに来ただろう子達。確認できた四人だけなのか、もっと大勢いるのかは分からないけど、彼らの場合は救出の為とは言えルールを破った、危険な個性行使だ。先生が除籍と言い出しかねないほどの。
 そういえばスマホもない。多分、ピクシーボブと弾かれた時に落とした。壊れてないといいんだけど。ふぅ、と溜め息を吐くと、再びノックの音がした。

「どうぞー」
「やあ、失礼するよ」
「あらまお揃いで」

 相澤先生、トゥルーフォームのオールマイト、それから根津校長。オールマイトの手に握られているのはお見舞いの品だろうか。絶対食べきれない量の果物。そんないらん。でもありがとう。

「どうぞおかけください。りんごたべたいです」
「もちろん、これは君へのお見舞い品だからね」
「わあい」

 やったあ。やっと物食べれる。空腹で死ぬて。でもその前に、と先生たち三人が立って並ぶ。まだ焦らされんの?

「この度の件、誠に申し訳なかった。僕達学校側の落ち度で、君を危険に巻き込んでしまった」

 並んで頭を下げられる。雄英側の落ち度、と言うけれど、私はもちろんそれを責めるつもりもない。マスコミの件も、と謝られたけど、それだって先生たちが悪いわけじゃない。悪いのは全部、事態を起こした人だ。謝られるのも居心地が悪い。

「私は。雄英が悪いなんて、全くこれっぽっちも思ってないけど、先生たちの立場上、必要なのは知ってるから、謝罪は受け止めます」
「……ありがとう。緩名さん、君は、ヒーローへの道を、まだ歩んでくれる気はあるかい」

 頭を上げた根津校長が、私に尋ねる。私は、スカウトされた身だ。そもそもヒーロー科を志望していたわけでもない。凶悪な事件の渦中に投げ出されて、それでもヒーロー科への在籍を望むのかと、尋ねられているんだろう。

「……この事件をきっかけに、って言うとめちゃくちゃいやな感じなんだけど、むしろ、前よりもちゃんと、ヒーロー目指せる気がする」
「そうかい。それを聞いて、安心したよ」

 うん、と私なりの決意表明をすると、これからもよろしく、と伸ばされる短い腕……前足? を、そっと掴んだ。握手だ。手じゃないけど。雄英もこれから色々と大変だろう。こんな大事件が起こったからには変革が求められる。どうするのかな、と思ったら、そこも説明されるようだ。

「先にりんごいい?」
「もちろんさ! 相澤くん」
「はい」
「えっ先生パシリにされてる、うけた」
「緩名少女は変わらないな」
「変わらないことはいいことなんで」

 年功序列ってやつだ。リンゴ剥くの上手だね。どこかホッとした様子のオールマイトに、ニヤッと微笑んだ。
 しゃくしゃくとリンゴを齧りながら、今後の説明を受ける。すごい、蜜めっちゃ入ってる。旬まだなのに。絶対高いやつだ。なんでも雄英は、生徒の安全をより強固に守るため、寮制度を導入するらしい。一生噛んでも甘い味がするんだけど、一個何円するんだろこのリンゴ。牛の反芻レベルで噛んでいたら飲み込めない、やっぱりまだ調子が悪いのか、と勘違いされたのでちゃんと飲み込んだ。うんまい。おばあちゃんには先に許可を取っていたらしく、後は私の判断のみだったらしい。おばあちゃんは、私の判断に任せる、だそうだ。いかにもおばあちゃんっぽい。もちろんオッケーだ。設備が最高。

「ジャグジー欲しい」
「検討しよう」
「辞めてください」

 私と根津校長の冗談は、先生にマジレスで一蹴された。あわよくばだったのに。ぷん。



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