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 ぶつかり合う、衝撃。その隙に、私と爆豪くん、オールマイトにありったけのバフを。オール・フォー・ワンと呼ばれた存在と爆豪くんと対峙してる敵連合に、ありったけのデバフを。これくらいしか出来なくてごめん。

「爆豪くん!」
「俺ァいける! 舐めんな!行け緩名!」
「ごめ……っ、ありがとう! はやく逃げて!」

 爆豪くんを置いて逃げるのか? 一緒に応戦すべきじゃないか、と思った私を悟って、すぐに指示を出してくれる爆豪くん。本当に聡くてクレバーで、こんな状況で好きになっちゃいそう。絶対逃げ切って。避難させたらすぐ戻ってくるから。爆豪くんのタフネスを、私はずっと信頼している。
 背の高いジーニストをおぶって、瓦礫の向こうへと避難させる。息が荒い。腹の傷はまだ塞がりもしていない。ジーニスト以外にも、怪我人が多すぎる。マウントレディ、ギャングオルカ、虎さん、ラグドールさん。

「! 被害者の女子生徒、保護!」

 瓦礫の向こうへたどり着くと、おそらく警察の人達。よかった、ジーニストを預けれる。ジーニストの状態を見て、驚いていたが、既に救助を手配してくれていたようだ。爆豪くんが、戻らないと、と思うと、駄目だと引き止められる。当たり前だ。私は、拉致被害者なんだから。

「中に爆豪くん、もう一人の誘拐被害者が、」
「我々大人がすぐ救出に当たる。君は被害者で、まだなんの資格もない子供だ。今の君にキツいことを言うようだが……分かってくれ」
「っ、でも……」

 とんでもなく正論だ。分かっている。逆の立場なら、私も絶対そうしている。普段ならこの場で、言われずともその通りにするだろう。それでも、見捨てることを出来なくて、食い下がろうとした瞬間、見覚えのある大氷壁。

「とどろきくん……?」

 飛び出して、戦場の真上を横断するのは、不確かだけど切島くん、飯田くんかな、個性的に。緑谷くんっぽいシルエットも見える。うっそ、あの子たち、なんて言う無茶を。爆破を利用して飛び上がった爆豪くんが、その手を取るのが見えた。ああ、よかった。本当に。安心すると涙が溢れてくる。ダメだな、大人なのに。今日だけ涙脆いのを許して欲しい。警察の人もその姿が見えたのだろう、少しだけ緊張を緩めて、私の肩を叩いた。涙を乱暴に拭う。爆豪くんたちの方も気になるけど、まだ、私に出来ることは残っている。

「すみません、私、人を治癒できる個性を持っています」
「しかし……ヒーロー免許のない者の救助活動は、」
「そう、そうなんだけど、言ってる場合じゃなくないですか。ごめんなさい、めちゃくちゃわがまま言ってるの分かってる。けど、お願い、みすみすここで人を死なせたら、後悔で潰れそうになる」

 お願いと言う名のほぼ脅迫だ。それでも、私の個性なら、人命救助に当たれる。なにも、戦地の中へ突っ込んで行く訳じゃない。誘拐され、言わばこの事件の元凶のひとつでもある私がまた渦中に飛び込むのなんて、失策中の失策だ。運ばれてきた重軽傷者の治癒力を、片っ端から早めていくだけだ。治癒系の個性は、珍しいとは言え全くいないわけではない。けれど、この場には多分いないんだろう。なら、出来る人がそれに当たった方がいい。お願いお願い、と今度こそ食い下がった。聞き分けなくて、困った顔をさせて大変申し訳ない。ビアンカ、と私のヒーロー名を、呼ぶ声がした。

「……私が、責任を、持とう」
「ジーニスト!」
「全く……君は、いつもワガママだ」
「ごめんなさい……」
「無理そうだと、誰か大人が判断したら、直ぐにやめること……約束できるか」
「大丈夫、約束する。だから喋らないで、傷に触る」

 ジーニストの意識が戻ったのは、一瞬だった。さっきよりは穏やかな、笑っているような顔でまた眠りに付く。ありがとう。でも、よし。これで、ちゃんと活動の許可を得れた。プロヒーローの認可の元、警察という公的機関の目のあるところのみ、回復だけでの極めて限定的な使用許可だけど、法に則った正式な物だ。対応してくれていた警官の方も、仕方ない、と許してくれた。特例だよ、と念を押される。大丈夫、分かってます。



「ビアンカ! こっちも頼む!」
「はい!」

 神野の町が、激しい戦闘によって崩れていく。また私が拐われては元も子もないので、それなりに距離を取った場所で、運び込まれてくる怪我人に、指示通りに治癒力向上のバフを、たまに痛覚のデバフをかける。主に怪我の重度が重い人達だ。トリアージで言う赤、黄色の人達がメイン。子どもに見せるものでは、と最初は少し遠慮されていたが、ヒーローになるなら遅かれ早かれ経験するするものだ。とはいえ、救急隊員の方とは基本的に仕切られていて、私に回されるのは、まだ助かる見込みのある患者ばかりだ。……憶測でしかないけれど死を、見せまいとされているのだろう。有難くもあるが、不甲斐なさもある。中身は一応、こんなでも、元大人なのになあ。とはいえ、センチメンタルに耽っている暇もない。慌ただしい声を聞きながら、手元にだけ集中する。
 一度個性をかけると、暫く効果は続き、徐々に治っていく。火事場の馬鹿力というものか、追い詰められると人は開花するようで、段々と回復力の効果が上がってきているのを感じた。それに、動き回っていると、何も考えずに済むのも助かっている。

「あつい、おねえちゃん、たすけて、」
「だーいじょうぶ、すぐ良くなるよ」

 運び込まれてきた小さな男の子。瓦礫の崩壊に巻き込まれたようで、足の肉が削がれ、骨が露出している。痛ましい顔は絶対に見せずに、笑顔で対応する。これくらいしか出来ないもん。完全に治しきることは出来ないが、患部の少し上に手を当てて、個性を発動する。感覚も、消えているのだろう。よかった、無くなったものを治すことは出来ないけれど、再生する物は私でも補える。まだ患部が狭くて助かった。キラキラのエフェクトを付けると、わあ、と男の子の顔が少し明るくなった。合宿で身につけておいて、よかった。

「輸血お願いします」
「分かりました!」

 出血については、どうしようもない。ので、救急隊員の方々にお任せする。ぽっと出の子どもを、使えるものは使え! の精神で使ってくれる大人達がありがたい。
 それからも、回される仕事を淡々とこなしていたら、いつの間にか夜が明けていた。アドレナリンが放出されまくっているのか、いつもならとっくにキャパオーバーを起こしているはずが、ギンギンに目が冴えている。合宿効果もあるかもしれない。先生、キャパ、増えたよ。

「緩名さん」
「はい」

 仕切りを覗き込んで声をかけてきたのは、許可をくれた警察の方だ。ヒーロー名ではなく、苗字で呼ばれた。そろそろ潮時なんだろうか。

「君の迎えが来たよ」
「迎え?」

 こっちだ、と誘導される後ろを歩く。救護テントを出ると、建物が崩れ、火の手があちこち上がり、怪我人も溢れ返っている、悲惨な状況がより強く分かった。朝焼けがひどく目に沁みる。

「……被害者の君を頼らせてもらって、すまない」
「えっ……あ、ああ謝らないでお願い。むしろ私の方が謝りたいごめんなさいありがとう」

 かなり無茶を言ったのを、冷静じゃない頭でも理解できるから、謝られると申し訳なさで消えたくなる。

「オールマイトは勝利したよ」
「……そうですか」
「ああ。……だから君も、今はどうか休んでほしい」
「はい……ワガママ言って、すみませんでした」

 ありがとうございました、ともう一度頭を下げると、少しだけ口元を緩めてくれた。戦いは終わったと言うけど、救助活動は、医療現場は、きっと今からが正念場だろう。今の私は、まだ子どもで、そこに携わることは出来ない。今までが特別対応だっただけだ。やるせなさに、唇を噛み締める。

「緩名」

 名前を呼ぶ声に、はっと顔を上げた。



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