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白い刃のような……あれは歯か? 歯を鋭く伸ばせる個性か。誰かの腕が落ちている。誰のだ。ここをすぎたのは誰か。大きさや形から、男の物だろう。A組か、B組のか。ダメだ、心臓の音が忙しない。少しでも物音を立てないように、少しずつ足を動かす。アイツはヤバい。口元を抑えて、息が漏れないように。ジリ、と後退り。ああでも、多分合宿所への道はコイツの向こうだ。森から迂回するにしても、そこに敵がいないとは限らない。戦うのは得策じゃない。幸い向こうと私はまだ距離がある。強化しているおかげで気付けたけれど。
耳をそばだてると、誰かの足音が聞こえる。それも複数、先生やプロヒーローなら心強いが、生徒なら不味いかもしれない。敵なら? もっと最悪。最悪は考えたくないじゃん。歩みが不確かだから、多分こっち側、のはず。接触、したらやばいよね。
「あ、」
蹲る歯の敵に、見知った人影が二つ。爆豪くんと、誰かを背負っている轟くん。うわ、よりにもよって好戦的な人達だ。爆豪くんの顔がヤバい。まさか戦う気じゃないよね。ダメだ、二人が気付かれた。あーもうバカバカバカ!
「下がって!」
「っ緩名!?」
「なんでてめェがここに……!」
「いいから!」
降り注ぐ刃。フルスロットルで物質劣化のデバフを展開すると、ポロポロと刃こぼれを起こす。さっき拾った、というかへし折った木の枝を強化して、振り回すと簡単に折れていく。しかし再生可能なようだ。クソ、全部の歯虫歯になれ。
「おまえ、飛ばされたって言ってたな」
「なにしとんじゃのろま」
「うっさい! いきなりだったの! ていうか、交戦は許可されてないでしょ!」
「あっちから仕掛けてくんだからしゃあねェだろが! 正当防衛だクソ!」
いや、逃げろよ。と思うけど、背後には怪しげなガス溜り。前には歯のなんかブツブツ呟いて悦ってる変態。前門の虎後門の狼より酷い状況だ。けど、見知った人に合流出来たおかげで、なんも安心出来る状態じゃないのに少しだけ落ち着いた。私ってば現金。
「よし、逃げよう」
「アァ!?」
「そう簡単な話じゃねえぞ……」
三人で敵を見据える。そう、そう簡単な話じゃないんだよね。そうなんだ。こっちには動けない人もいる。B組のなんとかくんだ。彼の様子も見たいが、落ち着ける状況じゃない。
「来るぞ!」
「ッ!」
先頭にいた爆豪くんに、無数の鋭い歯が迫る。轟くんが咄嗟に氷を展開して防いだ。うう、ナイスすぎる。とりあえず二人にもバフかけとこ。とりあえずね、戦闘を推奨する訳じゃないよ。
『A組B組総員──プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて戦闘を許可する!!』
「戦闘許可出ちゃった」
向き直る。うわ、二人ともちょっと血の気が増してる。まあでも、許可出たんなら仕方ない。このまま何もせず、無惨にも切り刻まれてたまるかって話だ。
「埋まっとけ〜!」
敵の立っている地面にデバフをかけてグジュグジュに柔らかく腐らせる。沈んでいく敵。これで本体の動きは封じられた。お次にデバフだ。少し回復したとはいえ死ぬほどキツい訓練後だ。キャパシティは少ない上にわりと無理をしている。頭あっついもん。倒れそうなあなたに、プルスウルトラ。
『敵の狙いの一つ判明──! 生徒の「かっちゃん」と緩名さん!』
「うわ、やっぱり……爆豪くんも?」
『「かっちゃん」と緩名さんはなるべく戦闘を避けて!! 単独では動かないこと! わかった!? 「かっちゃん」!』
キン、と氷結が展開されて、私と爆豪くんの前を覆う、轟くんナイスすぎる。歯の勢いは、さっきよりは削がれたけれど、相変わらずだ。
「不用意に突っ込むんじゃねえ。聞こえてたか!? おまえら狙われてるってよ」
「そうだよかっちゃん」
「かっちゃかっちゃうるっせんだよ頭ン中でぇ……クソデクが何かしたなオイ。闘えっつったり戦うなっつったりよお〜〜〜あぁ!? クッソどうでもいィんだよ!!」
「逆ギレっちゃん……」
「てめェもだ緩名! 何狙われとンだあぁ!?」
「理不尽……っわ! 爆豪くん!」
迫った刃をスレスレで爆豪くんが避ける。凍らせて向きを変えたけれど、拘束には至らず、せっかく埋めたのに刃を縄に飛び上がってしまった。どうやらあの敵は、相当に場数を踏んでいるようだ。後ろにはガス溜り、そして場所は森。不用意に炎や爆発は使えない。経験の薄い私達では、ジリ貧でしかなかった。
「ッグ! あの人イカレてる!」
「見りゃ分かること言ってんなボケ女!」
「おまえら喧嘩は後にしろ!」
「ごめんなさい!」
本人へのデバフ、通っているはずなのに聞いている様子がない。感覚がイカレているんだろう。アドレナリンどばどはな相手には効かないのか。足元がふらついてきたけど、ここで足でまといになる訳にはいかない。頭を抑えると、耳の奥で遠くに誰かの声を拾った。聞き覚えのある、これ、緑谷くんと障子くん? 何かがとてつもなく暴れている音がする。二人も対敵中なのか? なんで緑谷くんがここに、待ってめちゃくちゃ近付いてきてる。凄まじく木々がなぎ倒され地面が抉れてるような音するんだけど。凶暴すぎる、敵なら手に負えないぞこれ。
「手数も距離も向こうに分があんだぞ!」
「待って! なんか……来る!」
「いた! 氷が見える、交戦中だ!」
「!?」
「あ……?」
障子くんと背負われた緑谷くん、の後ろに、巨大な暴れる何かが見えた。森を伐採しながら、凄い勢いで近付いてくる。
「爆豪! 轟! どちらか頼む─……」
「肉」
「光を!!!」
「あ゙っ」
「あっ」
新たな標的に飛び出して行った敵が、ドガッと一撃で沈められた。うそ、私達があれだけ手こずったのに。あれは……何? シルエットは見覚えがある。常闇くんと……ダークシャドウくんだ。
「かっちゃん!」
「緩名!」
「なあにあれ」
「障子緑谷と……常闇!?」
「早く“光”を! 常闇が暴走した!」
「ぎゃっ」
ガンッ、と目の前に迫る暴走ダークシャドウくんの手。すごい、地面砕けた。腰抜けるかと思った。
「見境なしか。っし炎を……」
「待てアホ」
たたらを踏んで転びそうになった私の肘を、爆豪くんが乱雑に掴んだ。セーフ。
再び立ち上がった敵を、ダークシャドウくんが一蹴する。うそ、鬼強い……。爆豪くんが喜んでるのが伝わる。戦闘民族としての意識が高すぎる。
「わっ」
「ひゃんっ」
敵を倒してもなお暴れ足りず暴走しそうになったダークシャドウくんを、爆豪くんと轟くんが爆破と炎の光で沈めた。え、お手軽。ううん、ピーキーな個性だ。轟くんに放り捨てられたB組のなんとかくんを膝の上に引き寄せて、様子を見た。うん、多分気を失ってるだけかな。あのガス、催眠ガスとかそっち系だろうか。
「緩名、無事か」
「うん、なんとかね」
「おまえ、何したんだ」
「さあ……全くわかんない」
なんとかくんを背負い直しにきた轟くんが私の横にしゃがみこんだ。ここでじっとしている訳にもいかない。地面、冷たくて気持ちいいし、もうこのまま寝たいと叫ぶ身体に喝を入れて、立ち上がった。
「そうだ……! 敵の目的の一つがかっちゃんと緩名さんだって判明したんだ」
「爆豪と緩名……? 命を狙われているのか? 何故……?」
「こっちが聞きたいよ……」
ほぼ私達置いてけぼりの話し合いの結果、索敵能力のある障子くんを先頭、狙われている私と爆豪くんを間に挟んだフォーメーションで、森を突っ切って合宿所に向かうことになった。異論なしです。
「何だこいつら!!」
「おまえ中央歩け」
「そうだよ爆豪くん、こっち」
「俺を守るんじゃねえクソ共!!」
「あ、緑谷くん、怪我見して」
吠える爆豪くんは無視して、障子くんと背負われている緑谷くんに近付く。遠目から見ても酷かったけど、近くで見るとより酷いな。これは。思わず顔を顰める。
「緩名さん、無事でよかった……」
「私の言葉だよそれ」
障子くんが気を使って私も抱えてくれた。ありがとう。うう、今まで見た中で、一番酷い。正直、今の状態の私じゃ大した役にも立てない。
「ごめん、あんまり意味無いかもしれない……」
「ううん、大丈夫だよ、その……ごめん」
「ごめんですんだら警察いらん」
「あはは……ごめんね」
頭、それから腕。全身酷いけど、特にその二箇所に触れて、個性を発動する。治癒力の向上。うげ、やばい。飛びそう。意識が。ダメだ、背負われているとやばい。寝る寝る寝るねだ。歩こ。
「ごめん、多分こんままだと意識飛ぶから降りるわ」
「無理するなよ」
「ん、私は怪我もしてないし余裕」
ぴょん、と飛び降りるとぐらついた。爆豪くんが何も言わず私の二の腕を掴む。なに? 優しいじゃん。
「ばくごーくん」
「……ンだよ」
「ね、デコピンしてほしい」
「ハァ!?」
「っるさ……イッ、た!」
眠気覚ましの一発を貰おうと頼むと、全員に目を無かれた。そんな変なこと言ってないよね? 耳の近くで響く爆豪くんの声にうるさいと零すと、容赦なくデコピンが降り注ぐ。これこれ。超いてぇ。涙出る。
「クソマゾ」
「マゾじゃない……うう」
「爆豪、あんま虐めんな」
いやわりとまじで痛い。力加減知らないの? 額を摩るとちょっと熱くなってる、気がする。私が黙るとみんなが黙る。そりゃそうだ。こんな非常時だし。それにしても常闇くん静かだな。暴走の余韻を引きずってるんだろうか。爆豪くんの背を眺めて、常闇くんを振り向こうとした瞬間、私の意識は闇に落ちた。
「んぇ」
ハッ、と強制的に沈められていた意識が戻る。熱い腕が私を抱いている。誰?轟くん? いや、違う。轟くんは目の前に、あれ、なんでそんな顔してんの。状況が全く理解できない。なにが起こって、
「問題、ナシ」
耳元で聞こえた知らない男の声。少しだけ視線を下にずらせば、継ぎ接ぎだらけの腕がお腹に回っていた。
「緩名、」
倒れ伏す轟くん。それでも伸ばされた腕が、私を掴もうとしている。あ、だめだ。私がここで攫われたら。緑谷くんや轟くんに、トラウマを植え付けてしまう。学校にも、ワイプシにも、皆にも迷惑がかかる。そして、先生にもっと、悲しい顔をさせてしまう。分かっているのに、泥のように重たい身体は、ピクリとも動いてくれない。
「ごめんって、先生に……」
そう紡いだ言葉は、音になっていたのか。分からないまま、再び私の意識は失われた。
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