63



「肝試しの時間だー!」
「磨得意なの?」
「や、どっちかと言うと苦手」
「苦手なんかい」

 ていうか先に寝たい。眠らなくてもお布団でごろごろしたい。疲れた身体でお布団に転がってダラダラスマホ弄る時間、人生で一番幸せだと思うんだよね。得意ではないけど、そわそわしてる人を見るのは好きだ。響香とか。はしゃぎ回っていた補習組が先生にズルズルと引っ張られて補習に向かうのに手を合わせた。南無。代わってあげたいよ。嘘、先生の補習絶対ねちっこいから受けたくない。

「A組は二人一組で3分置きに出発。ルートの真ん中に名前を書いたお札があるからそれを持って帰ること!」
「闇の狂宴……」
「闇のきょうえんー!」

 饗宴? 共演? 狂う方の宴らしい。テンション高い組の大半が補習に連れていかれたからなんか静かだ。ムードメーカーって大事だよね。

「脅かす側は直接接触禁止で“個性”を使った脅かしネタを披露してくるよ」
「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」
「やめてください汚い……」
「私の個性でどうやって脅かせばいいの? 弱めにデバフかけて取り憑かれた時の倦怠感を再現?」
「それ攻撃じゃ……」
「えーだめ?」
「ヒッ」
「緑谷くんならいつでも驚かせれるのになあ」

 隣にいる緑谷くんを覗き込むと飛び退いた。なんでやねん。ペア決めのくじ引きを引きに行くと、最後に引いた私と緑谷くんがペア。絶対混ざってないでしょこれ。

「やった〜よろしくね」
「う、うん……」
「クソデクァ代われや……!」
「なに、やだ、爆豪くんそんなに私とペアがいいの?」
「っにふざけた事言っとんだゴラァ!」
「だってそうじゃん、ねえ」
「あはは……僕に振らないで……」

 ペアになった緑谷くんとシェイクハンドすると、少し顔を赤らめて応えてくれた。轟くんとペアになった爆豪くんが、緑谷くんに交代を迫っている。私のこと大好きかよ。でも残念、代わりません。

「爆豪くんが私のこと好きなのは分かったけど」
「だァら違ぇっつってんだろボケ!」
「私は緑谷くんと仲良しするので〜」
「ヒィッ! わ、わわわわわわ」
「緩名……オイラとも仲良ししてくれよ……」
「ッソデクァ!」

 キュッと緑谷くんの腕に抱き着くと、爆豪くんがよりカッカする。はは、面白〜い。阿鼻叫喚?

「緩名さん……その、僕、こういうのなな慣れてないので、あの、」
「承知しておりますが」
「承知されてた……」
「最後やだねえ」
「無視……!」

 バフかける時や怪我の様子を見る時に直接見たり触れたりするのともあるけど、やっぱり緑谷くんもベビーフェイスに似合わず身体ガッシリしてるなあ。ヒーロー科の身体だわ。ちょっと前まで一緒に鍛錬してた心操くんよりもずっとガチムチだ。ガチムチは嘘。

「緩名さん?」
「んー……」

 私が引っ付いたせいで強ばっている緑谷くんの手を取って眺める。指先でなぞると、ボコボコと歪な感触がする。歪んでるよねえ。まだ高校入学してから最初の夏休みなのに、もうこんなに怪我が多くて大丈夫なのかな。緑谷くん、向こう見ずなとこ結構あるしね。大怪我を治せるようにはなりたいけど、そもそもそんな技術と力量が必要なほどの大怪我をして欲しくはない。わがままか。

「あの……」
「何、このこげ臭いの──……」
「黒煙……」
「? ……」

 ワイプシの言葉に反応して、ちょっとだけ物思いに耽っていた思考を戻す。黒煙と焦げ臭さ。山火事? はっ、と顔を上げた瞬間に、身体を強い衝撃が襲った。

「イ゙ッ!?」
「な゙ァッ!?」
「緩名さん! ピクシーボブ!」

 ぐんっ、と身体が引き寄せられて、ピクシーボブに激突した。なになになに!? おそらく何らかの個性、だけど、ぐっと引き合った身体は離れない。どころか、より強く引き寄せられている。デバフ、と思った瞬間に、今度は反発するように身体が引き離された。

「ぎゃっ、ああああああなに!?」
「緩名さん!!」
「緩名!!!」

 反対方向に弾き飛ばされた私とピクシーボブ。ピクシーボブはおそらく皆がいた近場に地を這うように飛んでいって、反対の私は空を飛んでいた。まじで。比喩じゃなく。スピードがまあまあ速い。めちゃくちゃ怖いけど、見下ろせば森。一部が燃えていて、一部、煙、ガスか? に覆われている。

「あっ、落ち、ぃいいい!?」

 カーブを描くように急速で落下していく。とにかく身体をバフで軽くして、脚力も強化。トスッ、となんとか着地。うわ、木でめちゃくちゃ擦りむいた。最悪。あ〜もうばかこわかった、普通に私じゃなきゃ死んでるぞ! キレそう。

「こほっ」

 ここらへん、煙の切れ目だ。この煙が何かは分からないけれど、吸い込まない方が良さそうだ。手のひらで口元を覆って、煙のない方へ逃げる。奥の方は燃えていたような気がする。ああ、ちゃんと見れていない。クソ。煙の薄い方に行かざるを得ないけど、絶対なんかいるじゃん。

『皆!!』

 脳内に響く声。マンダレイのテレパスだ。早々にぶっ飛ばされてしまったので、あっちがどうなってるか分からないけれど、皆無事でいて欲しい。

『敵二名襲来!! 他にも複数いる可能性アリ! 動ける者は直ちに施設へ!! 会敵しても決して交戦せず撤退を!!』

 敵二名だったんだ。でもガスや火の濃さからして、他にも少なくとも二人はいるでしょ。そんな少数で攻めてくるか? 狙いはなんだろう。ワイプシ、では無さそうだ……となると、生徒か、オールマイトがいるかと想定して襲撃を仕掛けてきたか。最強がいない今、生徒を狙われている方が危険度が高いな。

『それから、緩名さんが飛ばされた! 緩名さん、聞こえてたら直ぐに身を守る行動を! 戻れるようなら施設へ、無理そうでも誰かと合流して!』
「ラジャ」

 明らかに私は「孤立」させられた。これは私が狙いな可能性も……結構高いな。うわ、やなんだけど。ヤダヤダ。何もしてないよ私。攫われる、最悪、殺される。まだまだヒーローとしてどころか、ヒーロー見習としても半人前で、対人戦闘クソ雑魚のお墨付きをいただいている私だ。早いところ誰かと合流せねば。聴覚を最大限に強化して、細心の注意を払う。あ、でも巻き込んでしまうなら、嫌だな。ああ、助けてヒーロー。



PREVNEXT

- ナノ -