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「んんん〜っ」

 気だるい身体をぐっと伸ばす。早朝5:30。とはいえ、真夏なのでもう随分明るくなっている。あ〜よく寝れなかった。昨日、あの後部屋を飛び出して来た半裸の緑谷くんとぶつかって、洸太くんの様子を見たけど失神してるだけだったので、そのまま部屋に戻った。先生との会話はなし。髪を乾かしてすぐ寝る準備に入ったのに、気まずい雰囲気を引きずったせいでなかなか寝付けなかった。朝もなんとなく目覚めてしまったおかげでちょっと寝不足気味かもしれない。眠気はそんなないけど。

「青山くん髪下ろしてる方がかっこいいね」
「そう? 僕はどんな髪型でも眩しいよ☆」
「外国人っぽい」

 セットしてない、というか寝癖も直してない人が多い。お茶子ちゃんの寝癖独創的だな。短いと跳ねるよねえ。私は朝余裕があったので、スキンケアからヘアセットまで完璧だ。軽く化粧までする余裕があった。

「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる“仮免”の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して臨むように」

 先生の説明に、キリッと顔を作る。仮免か、どんな感じなんだろう。先生が爆豪くんにボールを投げ渡し、入学直後の個性把握テストのようにソフトボール投げをさせた。結果は入学後と大して変わりなく、“個性”そのものはそこまで成長していない、と言うことを示したらしい。

「今日から君らの“個性”を伸ばす。死ぬ程キツいがくれぐれも……死なないように──……」

 ニヤリ、と先生が笑う時は、だいたい私達生徒にとってヤバい時だ。というのを、入学して3ヶ月強で学んだ。



「ぱぇ」
「おまえはちょっと休んでろ」
「あい」

 先生にティッシュを押し付けられる。鼻に生暖かいぬるっとした感触。真っ白なティッシュが赤く染っていて、鼻血が出てたことを気付く。
 私の訓練内容は、全員に弱めのバフをかけてはずしてかけてはずして、を繰り返して、合間に怪我をした人の回復力を高めて治癒。正確性とキャパシティの上限を引き上げることを課題としている。個性のかけやすさは、かけやすい順に自分、物、他人だ。人にかけるのは私の中で一番疲れる。ただでさえ繰り返しのバフで疲労困憊の中、みんな怪我しまくるんだもん。手が足りない。リカバリーガールはもちろんいないので、今回の合宿の回復要員は私だけだ。んな無茶な。
 どれくらい無心で繰り返していたか忘れてしまったが、それなりの時間は経っていたようだ。座って個性かけているだけだから楽だと思うじゃん。ちょっとでも寝ると直ぐに気付いた先生にデコピンで起こされる。先生のデコピン、ただのデコピンじゃなくてかなり痛いの。脳みそぐっらぐら。すぐ治るけど。我ーズブートキャンプよりはまだマシだけど。増強系だけどカテゴリー違いで良かった。そして、なんとなく感覚で、新しい技を覚えたな、って閃があった。RPGとかポケモンとかで技覚える時ってこんな感じなのかな。「個性」に語りかけられてる感じ。

「あ、ブラドせんせー」
「緩名、どうした」
「なんか新しいこと出来るようになった」
「本当か、やってみろ」
「ん〜……えいっ」

 休憩中だけど、ちょっと力を込めて、単純な個性強化のバフを発動する。すると、手からキラキラがあふれてブラド先生に飛んでいった。あはは、ゴツイ男がキラキラしてる。ウケる。

「……なんだ? これは」
「バフが白い? 金色? のキラキラに、デバフが黒っぽいギラギラに光らせれるようになったの」
「ふむ、そうか。光らせて普段と何か違いは?」
「ん〜、まだ発動になれてないから光らせるのは一瞬、ほんのちょっとだけ差が出るけど、多分慣れたらなくなると思う。威力に差はないかな? 強めだとよりキラキラするくらい」

 ちゃんとオンオフも出来る。分かりやすくなればいいなって思ったらなんか出来たのだ。やったね。

「ブラド、おまえなんで光ってんだ」
「イレイザー。いや、おまえの教え子がな」
「ねー先生、撫でてくれないの? 新技っぽいの出来たのに」
「む……」

 わあ、ブラド先生がどうしたらいいのか分からなくて戸惑ってる。なんか新鮮。頭を差し出すと、おずおず、恐る恐る撫でてくれた。手でっか〜。ブラド先生かっこいいよね、なんか野獣って感じで。

「おい、他所の担任を誑かすな」
「誑かしてないもーん」
「……よっぽど余裕らしいな」
「やだうそうそ、あっでも先生も見て、感想欲しい」
「ハア……で、なんだ」
「これ」

 えいっ、と再びキラキラを発生させる。今度は軽い治癒力向上。先生の手にぶつかると、猫に引っかかれたような手の甲の傷が消えて、キラキラもすぐに収まる。次にデバフ。黒いギラギラを傍にあった小石にポイすると、パキン、とヒビが入る。極々弱めだったので、割れるまでには至らない。これを人間にしたら大惨事だ。

「可視化できるようになりました〜。効果はおんなじだけどね」
「まァ視覚的情報は大事か……応用は?」
「まだ考え中。でもより便利になったでしょ」
「光は消せんのか」
「うん、オンオフ可能。忍ぶ時にはちゃんと消せる」
「そうか」

 くしゃ、っと前髪の辺りを撫でられる。あ、ちょっと笑ってる。これはよくやった、って褒めてくれてるのと同意だ。言葉ではなかなか褒めてくれないけど、ボディランゲージでなんとなく分かるようになった。小さな、大して役に立たないことかもしれないが、視覚情報って意外と大事だ。牽制にもなるし、安心にも繋がる。よかった〜、エフェクトがモヤモヤとかじゃなくて。

「よし、怪我してる奴らある程度治して今日は終われ」
「いえっさー……」

 皆も訓練を終えてきて、気付けば治療待ちの人がいっぱいいた。うげろぉ。



「つっかれた……」
「磨ちゃん大丈夫かしら」
「梅雨ちゃあん」
「蛙水、代わろうか」
「あら轟ちゃん。大丈夫よ」

 夕飯。今日は自分でカレーを作れとのことだった。最後の一人を治し終えると、全身に広がった疲労で足がガクガクと震える。一人で立てなくて、梅雨ちゃんに半ばおぶさるようにして支えてもらう。疲れてるのにごめんね。

「磨ちゃん一人で私達の治療にあたってたんだもの」
「そうだな。ありがとう緩名」
「感謝されるほどのことじゃないよ〜……」

 ていうかヒーローになった場合、将来的に私がすることはだいたい回復行為だろうし。ぐったりと梅雨ちゃんを抱きしめていると、色んな方向から頭を撫でられる。なに、手多いな。梅雨ちゃんはケロケロとかわいく笑っているから、轟くん以外誰だ。パッと見上げたら、B組のサイドテールの女の子。

「はっ、あ、ごめん勝手に。つい……」
「いいよお」
「さっきはありがとな。おかげで助かった」
「どいたま〜」

 さっきが分からないけど、全員に個性を使用したので、そのどれかだろう。記憶力鍛えなきゃダメだな。もじ、と少し気まずそうに、女の子が俯いて、パッと顔を上げた。

「それと……体育祭の時、ごめん」
「体育祭?」
「……忘れてるのか!?」

 わあ、おっきい声。なんかあったっけ。んん? と首を傾げてると、掻い摘んで説明された。あ〜騎馬戦の。ああ〜煽ってきたやつ。あったねえそんなこと。私が完全に忘れているのが分かると、少し呆れたように、それからホッとした様子を見せた。ん、かわいい。

「なら、私も多分いろいろ言ったしお互い様じゃん。全然いいよ」
「……ありがとう。よろしくな」
「ん! よろしく! 緩名磨です」
「あ、拳藤一佳だ」

 握手をする。仲直りだ。喧嘩してないけど。ホッとした様子の一佳がB組のところに帰っていくのを見て、私もカレー作りに参加するか、と腰を上げた。

「無人島に行くなら轟くんと一緒だね」

 熱源と飲み水確保だ。王子様フェイスに似合わずめちゃくちゃワイルドだし、熊とか狩って来てくれそう。

「……無人島?」
「よくあるじゃん。無人島に誰か一人連れて行けるなら、誰と一緒に行きますか? ってやつ」
「そうか。なら俺は緩名と一緒がいい」
「え〜相思相愛だ。でも私役立たなさそうだけど」
「おまえと一緒にいるのが一番楽しいだろ」
「……お、う、ん。そうだね」
「ああ」

 驚いて肯定してしまったけど私今口説かれてた? 思わず助けを求めて振り向くと、瀬呂くんと目が合った。ブンブンと首を振って、腕でバツ印を作る。助けはない。そっか。出来上がったカレーは、まあまあだった。



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