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 荷物を運べばご飯だ。ご飯いいからお風呂入って寝たいんだけど。やだ〜、と愚図るとお茶子ちゃんに浮かされて梅雨ちゃんの舌で運ばれた。二人とも疲れてるのに、人間が出来すぎている。

「……てめェ、もっと食え」
「磨ちゃん、ちゃんと食べないと身体が保たないわ」
「緩名君! 食が細いのは分かるがきちんと食べたまえ!」
「うえ〜んこの席やだよお」
「あはは……」

 並びは出席番号順のはずが、緑谷くんと爆豪くんの間に緩衝材として座らされた。ら、向かいの梅雨ちゃんと飯田くんも加わって、食育をされている。いい歳なのに。昼休み居残りでご飯食べさせられる小学生か。最近はないらしいね、あれ。
 ひとつ言わせてもらいたいけど、私の食は平均だ。私の食べる量が少ないのではなく、皆が多いだけなのだ。育ち盛りすごいよね。ヒーローは身体が資本だし、食べなきゃなのは分かるんだけど、体力をそこまで使うタイプでもないのでわりと厳しい。緑谷くんに泣きつくフリをすると、爆豪くんからの視線がより厳しくなった。

「この席お母さんばっかじゃない?」
「みんな緩名さんが心配なんだよ」
「ちゃんと食べてるのに……あっ肉やだ! いれないで! ばかばかばか豪くん!」
「あはは……」

 唐揚げそんないらない! 油物、前世の胸焼けの記憶があるしビール欲しくなるんだもん。お米は甘くて美味しい。

「緑谷くんあげる、アーンして」
「エッ!?」
「自分で食えこのクソボケ女! てめェも動揺してんじゃねえクソナードォ!!」

 キレられた。うるさい。静かに食べてよ。大きく開いた口の中に唐揚げを突っ込むと少し静かになった。よし。



「食べすぎて疲れた」
「あはは、磨ちゃん爆豪くんにすっごい怒鳴られとったもんね……」
「磨そんな食細かったっけ?」
「ん〜普通だと思うけど」
「まあ磨ほっそいもんねー!」
「んぎゃっ」

 食後、脱衣所で疲れていると、三奈にウエストを掴まれた。薄くだけど筋肉が付いているので、食後でもお腹は出ない。ヒーロー科の他の女の子に比べるとわりとまだまだだけど。

「豪快に脱ぐねえ」
「恥じらいは過去に捨て去ったからね」

 ポイポイと籠に汚れた制服を放って、全裸になってお風呂の扉を開けた。温泉だ。広い。テンションが上がる。

「ひろーい!」
「温泉! 最高ー!」

 三奈と透が駆け出す。透は見えないけど、そんなはしゃいだら転ぶよ。

「やっと身体流せる……」
「もう汗と土でベタベタやもん」

 お茶子ちゃんと並んで、洗い場に座る。あ〜気持ちいい。シャンプーめっちゃ泡立つ。お試し用のパックを持ってきたので、嗅ぎなれないいい匂いがする。あ、これいいな。次このシリーズにしようかな。

「うぐ、日焼けが痛い」
「めっちゃ赤くなってるね」
「赤くなって痛くなって終わるタイプなんだよ〜……」
「えー! 羨ましい!」
「透のそれはボケなの?」
「うん!」

 ボケだったらしい。そもそも見えとらんやないかい、とお茶子ちゃんがただしいツッコミをした。えらい。

「はふ」
「磨寝ないでよ」
「起きたい意志はある」
「もー」

 ちゃぷ、とお湯に浸かると、気持ち良さに全身の力が抜ける。ジッ、と響香からの視線を感じる。熱い熱い、視線で焼けちゃう。

「なんかあったあ?」
「……いや、なんで浮くのか、と思って」
「浮く?」
「ねー、磨細いのにでっかいよね」
「ああ、そういう……」

 転生後のこの身体、容姿に恵まれすぎてるよなあ。うんうん分かる。でも実際自分に馬鹿みたいにでかいのが付くと、邪魔だし痛いし肩凝るし邪魔だし。邪魔なんだよね。

「よしよし、私の胸に飛び込んでおいで」
「嫌味か!」
「わーい!」
「いくいくー!」
「ぐっ」

 ドスッ、という衝撃を胸に食らった。透と三奈にガチで飛び込まれた。馬鹿痛い。呼吸止まるかと思った。良い意味でも悪い意味でも躊躇のない子達だ。

「やっっば、やわらか」
「これ枕にしてほしい……」
「……そんなすごいの?」
「私もちょっと気になる」
「やん、弄ばれてる……」

 もういいや、好きにしてくれ。ちょっと遠いお隣にいた百を引き寄せて、すべすべのその肩に凭れかかる。柔らかい。柔らかさに囲まれてるな、今。私の転生前が男じゃなくてよかった。そのまま寝れそうなくらいまったりしていたら、隣の男風呂が何やら一際騒がしくなった。お風呂ではしゃぐな。おおかた峰田くんあたりだろう、と思えば正解のようで、壁を乗り越えて来そうになった峰田くんの前に、ニョッと洸太くんが立ち塞がる。わあ、ナイス。

「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」
「ありがと洸太くーん!」
「ありがと〜」

 ひら、と手を振ると、顔を一瞬で赤くした洸太くんがバランスを崩してぐらりと風の向こうへ倒れて行った。小さくても男の子だもんね、配慮がなかった。反省する。どうやら緑谷くんが受け止めたようだけど、心配なので様子を見に行こう。

「ちょっと私様子見てくんね」
「任せた!」
「任された〜」

 適当に身体を吹いて、適当にボディクリームを塗って、髪は濡れたまま纏めて脱衣所を出た。あれ、どこいったか分かんないや。多分ワイプシのいるところだろう。どこだっけ。

「何してんだ、髪濡れてるぞ」
「あ、先生。なんかね」

 さまよっていると、先生と遭遇した。事情を説明すると、峰田くんに呆れながらワイプシのオフィスルームまで案内してくれるらしい。あ、ここか。すぐそこだった。

「マンダレイのいとこ……洸太の両親ね。ヒーローだったけど殉職しちゃったんだよ」

 聞こえてきた言葉に、ドアノブにかけた手を止めた。
 わあ、私と同じだ。厳密には私は母親だけなんだけど、だいたいおそろっちだね。なんて、冗談を言えるような内容じゃないんだけどね。洸太くんの過去が語られていく。なんとなく、隣にいる先生を見れなかった。ポタ、と濡れたままの髪から水滴が滴って手の甲に落ちる。はは、空気重。
 私は前世というものがある。それなりにいい大人の経験を持っていたけど、記憶も思い出もあったからこそ、今世の両親をあんまり受け入れられなかった。若かったからね、私も。だからって虐待をされていた訳でもなく、そして両親も他の家庭よりはさっぱりとしてて私への興味が薄かったから、ずっとボタンをかけ違えたままの状態だったし、だからこそ両親が亡くなっても、そこまでショックを受けずに平気だった。けど、洸太くんは違う。同じような境遇でも、彼は純粋な幼い少年で。受けるショックも、「ヒーロー」を受け入れられない気持ちも強いだろう。かける言葉の何にも見つからない。まあ、赤の他人のただ似た境遇なだけの私からの言葉なんて、いらないし欲してもないと思うけど。
 私は強がりでもなく全然平気だ。だから、先生がそんな、傷付いたような、痛ましいような顔をしなくてもいいのに。これだから、優しい人は損をする。やるせなくって、顔を上げてへらりと笑った。こういう時どういう顔をすればいいか分からないの。笑えばいいと思うよ。



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