46



 職場体験翌日。寝すぎた。学校には全然間に合うけど、なーんか目覚めがスッキリしない。そういう日あるよね。今日はお弁当じゃなくて学食だな。食券支給万歳。

「おはよ……お?」
「はよ」
「おう、おはよ!」

 教室に入ると笑い転げている瀬呂くんと切島くんがいた。ボムボムキレてる爆豪くん。髪型はぴっちりじゃなくて普段通りだ。

「頭戻ったんだあ」
「ア゙ァ!?」
「朝からテンション高いな〜高血圧?」

 ツンツンに跳ねている髪をツンツンする。見た目に反して意外に柔らかい。抵抗されないのでそのままもしゃもしゃした。スン、と凪いだ表情をしている。なに? こわいんだけど。一通り頭を撫でて手を離すと、フン、と鼻を鳴らして自分の席へ戻っていった。爆豪くんがよく分かんない。

「……なんかあった?」
「や、わかんない」
「爆豪があんな大人しくしてるとはなあ」
「普段なら俺に触んな! ってキレそうなのにな」
「ね」
「私に惚れちゃったかなー……」
「真顔でそれ言えるお前のメンタルも怖えよ、俺」

 三人でヒソヒソ話してるとメンタルにビビられた。なんでよ。

「私のなでなでテクニックが天才的だったのかも」
「お、撫でてみる?」
「任せろい」

 瀬呂くんに野良猫で鍛えた撫でテクニックを披露しようとしたら、屈んでくれるどころか逆に背伸びされた。いや、届かんて。オラ、と手を伸ばして飛んでみるけど、なかなか難しい。

「ねーえー、瀬呂くんが意地悪すんだけど」
「瀬呂ー緩名いじめてやんなよ!」
「悪い悪い」

 ベエッ、と舌を出すと瀬呂くんの手が私の頭を撫でた。触れ方は丁寧だ。撫で方で人の個性出るよね。詫びのつもりか? 最近頭撫でられすぎて禿げそう。

「ゲリツボ押してやる」
「いてっ、やめなさいて」
「小学生か」

 少し屈んだ瀬呂くんの頭の頂点をグリグリと曲げた人差し指で押してやった。明日下痢だよ、ドンマイ。

「ま、一番変化というか大変だったのは……お前ら三人だな!」

 三人、緑谷くん飯田くん轟くんに視線が集まる。そうそう、ヒーロー殺しのね。電話で無事そうなのは分かっていたけれど、実際見ると安心するよね。

「エンデヴァーが救けてくれたんだってな! さすがNo.2だぜ!」

 その言葉に、少し表情が曇った轟くん。エンデヴァーの所へ職場体験に行っていたのも、意外だった。彼なりに、向き合うために努力をしているんだろうな。私は、今世の両親と向き合えなかった質なので、かなり尊敬する。……あー、昨日久しぶりに昔の話をしたからかな、なんとなくナイーヴになってる気がする。やだな。

「でもさあ、確かに怖えけどさ。尾白動画見た? アレ見ると一本気っつーか執念っつーかかっこよくね? とか思っちゃわね?」

 拡散されては消されて再アップロードをされて、を繰り返している、ステインの動画。ヒーローとは、見返りを求めず自己犠牲の果てに得うる称号で、現代のそうではないヒーローを粛清することでそれに気付かせる、というこじらせた強い思想。私には鼻で笑っちゃう程度の物だけど、一定数その歪んだ執念をかっこよく思う人がいるのも事実だ。解釈違いです。
 とはいえ、彼の被害者の親族である飯田くんの前で言うことでもない。緑谷くんに窘められて慌てている。だからジャミングウェイなんだよ。飯田くんが改めてヒーローを志す決意表明をして、少し不穏になった空気が安堵に変わった。飯田くんは乗り越えられたんだね。いいなあ。



「あ! 磨コスチューム変わってる〜!」
「ほんとだー! 真っ白になってる!」
「あっそうそう、そうなんだよね」

 コス自体は職場体験の時から着ていたので忘れていた。爆豪くん以外の同級生にお披露目するのは今回が初だ。

「黒もよかったけど白もかわいいなあ」
「とてもお似合いですわ!」
「アンタほんとなんでも似合うね」
「すごくかわいいわ、磨ちゃん」

 どう?どう?と聞いて回るとみんな褒めてくれる。これ、求めてたのコレ。褒め言葉だけで生きていきたい。

「かわいい?」
「ええ! とても!」
「わーい、もっと!」
「本当におかわいらしい……!」

 求めるだけ褒めてくれる百にまとわりついていると暑苦しい! と響香から軽いチョップをもらった。まだ涼しいよ。露出面の多い肌の感触が伝わってくる。スベスベだ。

「性能とかどう変わったの?」
「可動域が広くなったかも。あと日除けになる」
「あー黒だと暑そうだもんね。ウチも夏が怖い」
「あっ私もやばそうや……考えたことなかった」
「一番暑そうなの先生だけどね」
「確かにー!」

 私達の担任は、なんせまっくろくろすけなので。飯田くんも暑そう。ロボだし。女子は比較的まだマシだけど、ヒーロースーツの夏活動って地獄そう。対策案とかあるのかな。慣れ? 常闇くんとか虫眼鏡で照らしたら燃えそうだし。

「あ、緩名コス変わったんだな!」
「切島くんは涼しそうだね」
「? おう! 涼しいぜ!」

 移動ためのバス乗り場に来ると、男子達は先に揃っていた。切島くん、一番涼しそうかも。あ、嘘吐いた。一番は透だ。全裸の勝ち。

「え! かわいいじゃん、俺前より好きよ」
「ははは、もっと褒めていいのよ」
「オイラは前の方が良い……」
「露出減ったからね」
「最低ね峰田ちゃん」

 そんなに変わらないけど、白の方が黒よりスケベ感は減って健全さが増した、気がする。峰田くんの反応からも実際そうなんだろう。

「私緑谷くんのとーなりっ」
「え!?」
「あ? 嫌なの?」
「やっ、いや、違います……」
「もはや脅しだぞお前ソレ」

 空いていた緑谷くんの隣に座ると動揺された。なんでやねん。後ろの席の瀬呂くんに呆れられる。緑谷くんをいじり倒していると、通路越しの隣にドカッと爆豪くんが座った。隣の響香が迷惑そうにしている。篭手デカいしね。

「緩名さん、コスチューム変わったんだね」
「そ〜。かわいくなったでしょ」
「エッ、そ、そそそそうだね! それで、機能性の変化面って何か、」
「ねえかわいい?」
「かわっ!? あ、え、その、うん、」

 ブツブツモードに入ろうとした緑谷くんに、追い討ちをかける。少しだけ距離を詰めて目を見つめる。ガッチガチに固まる緑谷くん。仰け反ったせいで窓に頭を打っている。地味に痛恥ずいやつ。

「ヒッ」
「緑谷くんがかわいいって言ってくれるまで退いてあげない」
「出た、磨のかわいいカツアゲ」
「かわいいハラスメント」
「かわいいの強要をやめろー!」

 外野がうるさい。緑谷くんは顔を庇うように変なポーズのまま止まっている。それ意味あんの?うける。そのままわいわいきゃいきゃい、目的地まで少しの間はしゃいでいると遠い隣の爆豪くんが舌打ちした。ご機嫌斜め?

「不機嫌モード?」

 ブリキの人形みたいになった緑谷くんを置いて先に降りた爆豪くんに並ぶ。薄情者? ええ、わりと自覚はあります。ちなみに雄英のバスは自動運転だ。テクノロジー。

「っるせえブス」
「あっまたブスって言った」
「ブスはブスだろブス猿」
「キーッ」
「? 緩名はかわいいだろ」
「……ん?」
「あ゙?」

 爆豪くんにじゃれついていると、後ろから乱入者が。びっくりした。振り返ると真顔で疑問符を浮かべている轟くん。いや、多分疑問符浮かべるの、こっちなんだよね。

「ンだてめぇ」
「緩名はブスじゃねえ。かわいいと思うぞ」
「お、うん、あ、ありがとう……」

 とんでもないイケメンに真剣な顔で褒められると、流石に照れてしまう。ありがとう。やめてください、照れてしまいます。そして爆豪くんの機嫌は再び急降下。緑谷くん程じゃないけど、轟くんのこともあんまり気に入ってないもんねえ。柄にもなくもじもじしてしまいそうで、何か言いたげな轟くんから慌てて百の胸へと逃げ込んだ。三奈が目を輝かせてるけど、そういうのではないと思うよ。

「緩名でも照れんだなー」
「流石轟、イケメンの勝利だな」

 まじ、イケメン怖いわ。




PREVNEXT

- ナノ -