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パトロールから戻ったら事務作業を触り程度だけど教わって、それから基礎トレーニング。そして実技。これが一番疲れる。見ていられない、とジーニストが直接身体の使い方を指導してくれているおかげで、体育祭の時より少しはマシになった、と思う。運動神経良いからって近接得意にはならないよね。何度も繊維を操って拘束されるせいで、いっそ全裸になってやろうかと思った。思考回路が敵。
「どう?」
「そうだな。スウェットでもデニムと同等とまではいかないが、かなり扱いやすくなる。デニムに於いては、強度が普段と段違いだ」
次に、私の個性のテストだ。テストって言ってもテストプレイの方ね。正直、他人の個性のバフは未だにそこまで試行回数が多くない。異形型とかは個性そのものへのバフが意味がないし、デバフもそう。尾白くんとかね。強化してもそこまで意味のない個性もあるし、相性がいい個性もある。相澤先生の抹消とかは、わりと相性が悪い部類だ。あんまり強化出来ない。
「持続時間は?」
「その日の調子とか、私との相性によってまちまち……かける強さにもよるかな。弱いのだったら5分くらいで徐々に消えるし、強めにかけたら1時間くらいは保つかなあ」
どういう強化かにもよるけど。物体、例えば壁とか床とか、バフは段々元通りになるけど、デバフの場合は弱ったまま戻らない時が結構ある。劣化と弱体化の違いかなあ……。自分の個性だけど、分かっていないことが多すぎる。
「どれくらいの数を同時に強化出来る?」
「一回かけちゃえば後は私には関係ない状態になるから、多分私の体力が持つ限りかな?解除は出来るんだけど」
「へえ、それはかなり便利だ」
「ふふ、ジーニアスでしょ」
「ああ、ジーニアスだな」
「クソうざってえ……」
私とジーニストのやりとりに、爆豪くんがケッと悪態を吐く。構われなくて寂しくなっちゃったのかな。
「よしよし、おいでーかっちゃん」
「くそがァ!舐めとんか!」
「チッチッチッ」
「猫呼ぶみてぇにしてんじゃねえ!」
「怒っちゃヤーダ」
うがあぁ! と吠える爆豪くんに、ジーニストがため息を吐く。本当に口が悪いな、だそうだ。口悪いよね〜。
「爆豪くんもついでにテストしていい?」
「構わないよ。体育祭で二度程していなかったか?」
「感想聞いてなくって」
「俺をおいて話進めんな!」
「あ、いいよね? かっちゃん」
「……まあ許したる」
怒られるかと思ったけど意外とすんなり受け入れてくれた。
「爆豪くん、私の個性結構気に入ってるよね」
「あ? 便利だろーが。使えるモンは使うんだよ俺ァ」
「ま、爆破とは相性良いし」
「卒業したら俺の事務所でてめェを引き取ったる」
「やーん、引く手数多だ。モテすぎて困る〜」
爆豪くんの将来設計に勝手に含まれていたようだ。まじかよ。
「もっとプロポーズ風に言ってくれないとやだー」
「あ゙!?」
「やっぱ時代は胸きゅんトキメキラブロマンスだよ」
「それはねェ」
「ないな」
「ないかあ……」
二人から揃って否定されてしまった。えーん。
「じゃ、弱めにかけるよ」
えい、と一応爆豪くんに何かを投げる動作をした。別になんもしなくてもかけれるんだけど、ポーズ大事。バフデバフ、かける時分かりにくいからなんかキラキラしたりどんよりしたりしてくれないかな〜。エフェクトONみたいな。ソシャゲかな。
「ど?」
「……普段より汗の分泌が増えてんな。量に対して爆破の規模もでかくなっとる」
「あはは、体育祭の時やばかったっしょ〜」
「あん時ァ通常規模で最大火力に匹敵する爆破が起きた。俺じゃなけりゃあのまま場外だったな」
ハン、と鼻で笑われた。まあ負けたんですけど。
「腕への反動は? 結構あるでしょ」
「今ぐらいなら調整が効く」
「ん〜じゃ、腕への強化はもう少し強くする時から必要かな。他は?」
「汗の量が増える分、ペース配分がネックになんな」
「脱水はどうしようもないからな〜。短期戦向きかな」
個性の副作用を打ち消せるタイプと消せないタイプもあるね。あんまり不用意にバフかけるにも危険が付き纏う。威力も見てみたいけど、「私の事務所を破壊する気か」と言われたので、それは学校に戻ってからかな。
「デバフは」
「え〜……」
「問題あんのか」
「疲れる」
無言でデコピンされた。だってまじで疲れるんだもん。
「身体強化+個性強化なら問題ないんだけど、個性強化に更に強化とか、弱くしてから強くするとかの重ねがけをするとめっちゃ疲れるんだもん」
「……出来なくはねえんか」
「出来なくはない」
けど疲れるからヤダ。時間も時間だしまた今度になった。よかったー。
そんなこんなで、職場体験の全日程が終わった。大した事件が起こるわけでもなく、ヒーローの日常を垣間見て学んだ感じ。爆豪くんは腑に落ちてなさそうだけど。
「磨」
「ジー……袴田さん」
「目指す所へ少しでも道は開けたかい?」
「ん、まだなんとも、かな」
「君にはまだ考える時間がたっぷりある。が、焦りなさい」
「ん……うん」
ヒーローになるまでの猶予、3年。一度経験したから分かるけど、高校生の3年って長いようで凄く短いよね。瞬きの内に過ぎている。覚悟を決めろよ、ってことなんだろうなあ。
「またいつでもおいで。食事にでも行こうか」
「はあいパパ」
「……それは誤解を生むから止めなさい」
ジーニストが頭に手を当てて呆れていた。結局私のこれも矯正出来なかったね。全く、と零して、私の頭をグリグリと撫でる。彼にしては雑な撫で方だけど、手つきは優しい。器用ですね。
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