43
職場体験、4日目。今日までの職場体験は、事務作業、ファンサービスを含めたパトロール、基礎トレに実技特訓と、普通に実りのある内容だった。凶悪犯罪なんてそうポコポコ頻発するものでもないし、曲がりなりにもNO.4の管轄区域だ。事件発生率は比較的低い。私的には全然満足なんだけど、爆豪くんはそうじゃないみたいで来るとこ間違えた……みたいな顔をすることがよくある。スペースキャットならぬスペース爆豪。開いた口にカルパスぽいっと入れたらキレながら食べてた。ちょっとかわいくてうける。
「昨晩発生した西東京・保須市での事件。気になることだろう。ああ、私も大いに気になっている」
昨晩、緑谷くんから位置情報だけのメッセージが届いていた。それに気付いたのはかなり遅かったけど、報道されていたその場に居合わせた高校生3名は、まず間違いなく緑谷くんだろう。緑谷くんと、多分飯田くんと、多分多分轟くん。
ヒーロー殺し、ステイン。最近のもっぱらの話題だった敵だ。拗らせ過激派オールマイトオタクって印象なんだけど、彼の査定では確実に私もヒーローに相応しくない! って言われるんだろうな。かなり傲慢な思想だけど、強い意思には惹かれる人も一定数いるから怖い怖い。
「人は大きな事件に目を奪われる。しかしこういう時こそヒーローは冷静でいなければならない。混沌は時に人を惑わし根底に眠る暴虐性を引きずり出そうとしてくる」
グループメッセージには安否確認の連絡が溢れていたけれど、既読も付いていないようだった。後で電話してもいいかな、許可取っとこ。
「というわけで今日もピッチリ平常運行。タイトなジーンズで心身共に引き締めよう」
「シュア!!ベストジーニスト!」
ちなみに私のコスチュームではジーンズは履けないので、デニム生地のネックウォーマーのような物をもらった。ベスジニとおそろだ。
「生きてるー?」
『い、いい生きてる! 緩名さん、ごめんね心配かけちゃって』
「あは、なんでどもってんの? うける」
『いっいや、これはそのお……』
パトロールまで少し時間があったので、緑谷くんに通話をかけると応答があった。秒だ。タイミング良かったのかな。
「緑谷くんすぐ無茶するからなあ」
『うん……ごめんね……』
「次なんか心配かけられたらちゅーしちゃおっかな」
『ちゅ……!?!?!?!?』
『緑谷くん! 個室とは言えあまり大きな声で通話はいけないぞ!』
「飯田くんの声の方がでっか」
反応が大きく返ってくるから緑谷くんってからかいたくなるよね。からかい上手の緩名さん。見えないけど真っ赤になった顔が想像出来るもん。高校生に今どき珍しいピュアさで凄くいい。
『緩名か?』
「あ、轟くんおはよ〜」
『ああ、おはよう。……なんか久しぶりだな、声聞くの』
「学校あると毎日声聞くもんね」
ぺこぺこ飯田くんに謝る緑谷くんからスマホを譲り受けたのだろう、轟くんの声がした。みんな元気そうでよかった〜。
『ベストジーニストの所だっけか。どうだ?順調か』
「おかげさまでぼちぼちだよー。そっちはどう?みんな無事だった?」
『ああ。悪ィな、心配させた』
「ほんとに! 学校で会ったらほっぺつねったる」
『そうか。楽しみだな』
「マゾろきくん!?」
「爆豪、ビアンカ、そろそろ行くぞ」
「はあーい! ……じゃあまたね」
『ああ、また』
Pi、と通話を終了したスマホをポケットに入れて、ジーニストの元へ駆け寄った。……ヒーロー名、全然慣れないわ。
「先日の保須事件に感化された敵が、動きを活発化させる恐れがある。パトロールとは言えども、気は抜かずに」
「はあい」
「あ゙あ」
ジーニストに続いて、爆豪くんと歩く。髪型はもちろんピッチリだ。これはこれで愛着湧いてきた気がする。嘘だけど。
「唐突だが質問だ。パトロールは敵の犯罪を抑止するために行うものだが副次的効果も期待できる。それは何か」
「敵を見つけたら速攻でぶっ潰す!!」
「……違う」
きゃあきゃあと騒ぎ立てる女子高生の軍団に、ジーニストが手を振った。ファンサの手厚い男。
「答えは、我々の存在を示し市民達に安心を与えること」
「ケッ」
「守るものと守られるものとの信頼関係を築くことだ」
「ご機嫌伺いかっつーの」
「信頼関係ねえ」
まあ、よく分からない相手を信用は出来ないもんね。普段からアピール大事ってことね。安心出来るヒーローがいることは、市民的目線からだと有難いし、敵側からしても厄介だろう。ヒーロー側の目線に立つならば、ただ守る、救うだけでは足りないんだから、大変極まりないよね。警察とかもそう。
「あ、緩名さんだ……」
「凄い、実物もっと美人……」
ハッハッハ、そうでしょう。もっと褒めていいのよ、って言う思いは隠して、ニッコリと笑顔で手を振る。キャー! と顔を赤らめてぺこぺこする女子高生達、かわいいな。ほっこりする。異性に声かけられることも多いけど、こうやって同性からもわりと声掛けてもらえるんだよね。同性からの好意的意見ってなんか嬉しい。
「わああ!この人テレビで見たことあるー!」
爆豪くんがキッズ達に指さされている。子ども達の悪意のない言葉にブチ切れて、せっかく綺麗に整えられていた髪の毛がBOMB! していた。爆豪くん、前に敵に捕まって泣きそうになってたんだ。知らなかった。そういえば誰かなんかそんなこと言ってたな。
ジーニストに窘められて、爆豪くんがキッズ達に詰め寄っていく。泣かれてるの笑う。爆豪くん自身がまだガキ大将だから、そりゃぶつかり合うよね。プライドを高く持てるのは、良い事だと思うけどなあ。
「よーしよし、大丈夫だぞキッズ達〜」
「うええぇぁぁあんん」
「うぐっ!力強いな〜」
おいで、としゃがんで腕を広げると、泣きながら突っ込んでくる三人組。子どもだけど普通に力強い。子どもをあやすのはわりと得意だ。適当な人間の方が子どもの扱いには意外と向いてる、これ真理ね。整った顔は人に安心感を与えやすいから、爆豪くんも顔芸しなければモテそうなのにね。満々の笑豪くんの方がむしろ怖いかも。
PREV |NEXT