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客席まで戻るのは遠いしめんどくさいので、控え室で待機する。試合の様子はモニターで見れるし。それにしても盛り上がってんな。分かりやすい殴り合いだから見てて楽しいのかもしれない。攻撃は食らわせつつ切島くんの硬化した腕を避け続ける爆豪くん。反射神経相変わらず良いな。爆豪くんの爆破を、切島くんも硬化で凌いではいたけれど、次第に攻撃が通り始めてしまった。硬化の限界、かな。弱いとこ見付けるの上手いな。観察力まで抜群かよ。汗をかけばかくほど爆破の威力が上がるから、持久戦もキツい。かといって速攻も難しい。頭も回る。積みゲーなんだけど。
「ああー……」
頑張れ、と声に出すも応援虚しく切島くんが倒れて付した。爆豪くんか……。って言っても、切島くん相手なら勝てるかと言うとそうでもないんだけど。硬化の綻びが出てくるまで強化した手で殴り続けるとか私は普通に出来ない。治るけど痛いもん。運良くここまで怪我ひとつ負わずに来れたけど、そろそろ覚悟しないといけないかもしれない。今更かよって怒られそう。普通に生きてたら痛みなんてそんな身近ではないし、ヒーローに纏わる人達の根性の座り方が半端じゃないだけだと思うの。
「よ〜っしゃ」
ぺちぺちと頬を叩いて軽く気合いを入れる。泣き言言ってても始まらないし逃げれもしない。ならもう開き直るしかないよね!
三回戦、準決勝の第一試合。そのスタートの合図と共に、舞台袖へ歩き出した。
速攻を仕掛けた飯田くんに、轟くんは結局片側の力だけで勝った。緑谷くん戦では見せたらしいけど、そんな簡単に吹っ切れるものでもないんだろう。知らないけど。そして私の向かいには、敵も裸足で逃げ出すほど悪い顔の爆豪。
「やあやあ、相変わらず般若みたいな顔してるね〜」
「丁度いい。てめェは一回分からせとかねェとと思ってた所だ」
「やだ、なんか卑猥じゃない?爆豪くんのえっち」
「せいぜい退屈させんなやクソ女ァ」
どうやら爆豪くんに分からせられるらしい。スケベじゃん。ピキピキと分かりやすく青筋が立っている。そんなつもりなかったのに煽っちゃった。口が勝手に。
『準決勝第二試合!剛と柔で正反対の対決だ!爆豪勝己対緩名磨!』
「ッラァ!」
「ぎゃあ!」
START!合図と共に飛び込んできた爆豪くんを、姿勢を低くして避ける。BOOM!と耳元を掠めていった爆発音。うるさい。私には大した攻撃手段がないことも、触れずに個性を発動出来ることも知っているし、ちょっぱやで終わらせに来るだろうなとは思っていたけど。地面を蹴って思いっきり距離を取った。怖いんだけどこの人!
「顔こわい!来ないで!」
「逃げんなコラァ!」
「逃げるよ!顔怖いんだって!」
『何してんだあアイツら』
身体能力だけを強化して、追ってくる爆豪くんから逃げ回る。軽くしたら爆破の勢いで飛ばされちゃう可能性があるからね。とはいえ、逃げ回り続けるのは得策ではない。特に爆豪くん相手には。猛攻撃のラッシュが続くから思考がまとまらない中で、爆豪くんの身体にデバフを掛けた。ハハハ、身体重いだろう。
「ハ、こんなもんかあ!?」
「やだ、ちょっとタフすぎんだけど」
少しだけ動きが悪くなったけれど、迫ってくる手は止まらない。嘘でしょ。かなりしんどいと思うんだけど。そのせいで汗が増すのか爆破の威力は増してるし。バフもデバフも、時間経過でなくなっていくから、今の爆豪くんが一番彼の中で最低の状態だ。同じ効果のデバフの重ねがけは私が死ぬし、こうなりゃ逆転の発想しかない。
「あっつ……いんだけど!」
「チッ!チョロチョロうっぜえ──!」
チリチリチリチリ、モロには食らっていないけど爆破が私の肌を焼く。私の身体は、常時回復力向上されているので直ぐに治っていくけど、熱いし痛くてイライラする。痛み、人を狂わせるよね。仕方なし。
「おさわり厳禁!」
「訳わかんねぇ事ばっか喋りやがって……ッ」
急激に方向転換して、爆豪くんに飛び込んで行く。少しだけ驚いた顔をしたけれど、すぐに爆破で迎撃される。
「イ……ッ!もー!」
痛いんだが。それでも指先が爆豪くんに触れて、個性を発動させた。瞬時に飛び退いて、大きく爆豪くんから離れた。爆豪くんが私まで、距離を詰めようと個性を発動した。瞬間。
「ア゙ァ!?」
『なんだァ!?』
「んぐ……ッ」
BOOOOOOM!今日一番の爆発音と、爆風。そう、私が発動したのは、デバフの方ではない。爆豪くんの個性と聴力に、思いっきり「強化」をかけた。つまり爆豪くんは、自分でも意図しない特大高火力の爆発を起こして、オマケに耳もやられてるだろう。大丈夫、後で私かリカバリーガールが治せるから。
爆風で飛んでいきそうになる身体を重くして、さらに地面を劣化して出来たスペースに足を突っ込んで踏ん張る。こんなに一気に色んな種類のバフをかけたの始めてかもしれない。頭あっちー。鼻血出そう。土埃と煙幕のせいでめっちゃ咳出る。さて。
『爆豪の容赦ねェ特大火力が緩名を襲う!?にしては変なタイミングだったが』
「いや、あれは……」
キン、と耳鳴りがする。そりゃあんな轟音だったし。煙幕がもくもくと晴れていく。場外出ててくれたら最高なんだけどな〜、と希望強めの観測。しかし悲しきかな、頭上から、BOOM、と爆発音が聞こえた。
「いーっや!だよねえ!」
慌てて飛び退くと、ザンッ!とその場に降り立った爆豪くん。キツい。タフネスすぎる。やだよ〜。もう私もキツいよ〜。
「ヤってくれんじゃねェか、緩名」
爆豪くんの耳からは血。あー、鼓膜イったかな。痛そう。中耳炎でも痛いのに。なのに楽しそう。こわいよ〜。
『緩名無傷ー!ンで爆豪が耳から血ぃ流してるが……』
「おそらく緩名に誘導されたな。耳と個性……バフかけられたんだろう」
『緩名意外に頭脳プレイ!バフにもんな使い方あんのね』
先生すぐ分かるじゃん。流石担任。
「んきゃ!」
「動きが鈍くなってきてンぞのろま女ァ!」
「も、っ、ええーい!」
「ッ!甘ぇ!」
バッキバキに血走った目の爆豪くんのラッシュ。強めのバフをかけた個性にすぐに適応されてしまった。こうなったら私にとって重荷にしかならないので、すぐに解除する。一瞬だけ怯んだが、それに対しても秒で慣れられてしまった。くそ、身体が重たい。思考にモヤがかかる。同時に個性使用しすぎた反動がきている。
「ッんぁ!」
足払いをかけられて、背中から強かに地面に打ち付ける。頭打った。痛い。やばい、寝転んだせいで眠気まで来た。
「ハ……まァ、てめェにしては良く出来たんじゃねぇの。相手が悪かったな」
「……はあ、参りました」
私の腹の上を跨いだ爆豪くんに、両手を地面に押さえつけられる。これはもうアウトだ。身体も言うことを聞かなくなっている。キャパオーバーだ。ちょっと悔しい。
「緩名さん降参!爆豪くんの勝利!」
「……かっちゃんのすけべ〜」
振り落とされたミッドナイト先生の鞭に、自分の勝利を知った爆豪くんが、私を拘束する腕の力を抜いた。小声で呟いた言葉に、ア゙?と険しい声。なんで分かったの。って思ったら全部顔に出てんだよ、とデコピンされた。
あーん。くそ、悔しいな。それにしても、眠い。頭痛いから薬欲しい。激しい怪我はしてないし、その怪我もほぼ試合中に治っているのでそんなに必要はないけれど、救護ロボに乗せられる。怪我で言うと爆豪くんの方が酷いし。何はともあれ、戦闘が終わって力が抜けたこともあり、睡魔に任せて目を閉じた。
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