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 結局、あの敵たちは、ろくな情報を持っていなかった。見たところ木っ端の有象無象っぽかったし、詳細なんてまあ知らされてないよね。というわけで、元の場所まで戻るために、全力疾走だ。情報を持たない敵に興味を無くした顔をして、広場に行く、とだけ言っておもむろに駆け出した轟くんを追う形。協調性マイナスかよ。助けが来てるといいんだけど。私たち以外もおそらく散らされているだろうし、全員が無事なことを祈る。

「!オールマイトが!」
「どうした」
「っ敵に拘束されてる!」

 周囲の警戒に、目と耳も強化していた私の目は、かなり遠くからオールマイトを発見して、その状態に驚いた。脳ミソムキムキ敵に、靄の中で引きずり込まれそうになっている。ワープ、の仕組みは分からないけど、半身ずつワープさせられるのであれば、かなりやばいんじゃないの、あれ。真っ二つになったオールマイトを想像して、ゾワ、と背筋が震えた。距離が遠い、届かない。

「あ、みどりやく……っ」
「どっけ邪魔だ!!デク!」
「ぎゃあ」

 BOOOM!と響いた轟音が耳に突き刺さって、反射的に両耳を塞いだ。キーン、と耳鳴りがする。慌てて聴力の強化を消した。黒いモヤモヤの本体を、飛び出してきた爆豪くんが爆破した。オールマイトを拘束する、脳ミソ敵がパキパキと音を立てて凍りついていく。切島くんが硬化した腕で手まみれの敵に殴りかかるが、避けられる。反射神経、いいな。

「くっそ!!いいとこねー!」
「スカしてんじゃねえぞモヤモブが!」
「平和の象徴はてめェら如きに殺れねぇよ」

 何にもしてないけど私もいるよ、とアピールしようかと思ったけれど、緑谷くんの駆けてきた方向、梅雨ちゃんと峰田くんに抱えられている人を見て、無意識に駆け出していた。

「先生!」
「磨ちゃん」
「緩名ー!!」

 梅雨ちゃんと峰田くんが、少し安堵した顔をして私を見る。それに答える余裕が、あんまりない。

「せんせ……」

 滴り落ちる血の量が、夥しいほど多い。血まみれの顔を見て、指先が震えた。ぐっと唇を噛む。動揺してる場合じゃない。

「ごめん、そのまま担いでもらってていい?先生、治すから」
「もちろんよ。よろしくお願いするわ、磨ちゃん」

 少しでもあの場から離れた方がいいだろう、歩みは止めないまま、先生の目に手を当てる。目は、先生の商売道具でもある。まだ未熟も未熟な私で、治せるかなんて分からない。けど、最悪よりはマシだ。ないよりマシ!やれる!

「止血道具とか持ってない?」

 一応聞いてみた。やっぱりなかった。あったらそりゃやってるよね。ここらへんはコスチュームの改良の時に必須だな。
 全身の回復力、回復速度を高めて、特に酷い……全身酷いんだけど、その中でも酷い目に集中させる。指先から、ピリピリと痛む。

「おい緩名、鼻血!」
「ん? んん、ほんとだ」
「啜っちゃダメよ、磨ちゃん」
「ん、大丈夫」

 ズズっ、と鼻血を啜った。パチンパチン頭の中で弾ける感覚がする。懐かしい。個性が発現したもっと幼い頃は、魔法みたいで面白くて遊んで、すぐキャパオーバーしてこうなってた気がする。全然先生を治せてる気がしないのに、倦怠感と頭痛が増す。コスパ悪くてキレそう。もっと鍛えてやる。見てろよ。

「せんせー、死なないでね。死んだら化けて出るよ」
「お前が化けて出るのかよ!」
「……きっと、大丈夫よ」
「ん」

 峰田くんの元気なツッコミと、梅雨ちゃんの言葉に、小さく頷いた。


 散らされなかった生徒達のいる階段下に着いた頃、オールマイトが脳ミソ敵を派手に吹き飛ばした。やっぱ有り得ないほどの強さだ。漫画だったらぶっ壊れ性能すぎて苦情が出るくらい。現実的に、あの彼に勝てる人間なんていないんじゃないかって、再確認出来る。お茶子ちゃんに手伝ってもらって、先生を引き上げる。意識はまだ、戻っていない。

「緩名、大分顔色が悪いぞ」
「大丈夫、元から美白だから」

 地面に座り込んで、膝の上に先生を寝かせる。崩れた目蓋と肘は、徐々に再生してきているとは言え、見てるだけで痛い。私の顔色も酷いことになってるみたいで、心配気に見られている。顔色酷くても耐えれる美少女でよかった〜!ふらついた身体を、横に座った三奈が支えてくれる。ついでに鼻も噛んでほしい。鼻血、マジで止まんない。

「デクくん!」

 お茶子ちゃんが上げた声に、はっと顔を上げてさっきまでいた広場の方を見れば、緑谷くんが黒モヤモヤに向かって飛び込んで行った。見ていなかったので憶測だけど、おそらくオールマイトを助けようと……、ってところだろう。緑谷くん、確実にオールマイトのこと、知ってるな、これは。いいけど。連日大怪我を負っているのに、向こう見ずすぎて若干怖い。

「あっ」

 黒モヤモヤを通して緑谷くんに触れそうになった手を、銃弾が撃ち抜く。

「ごめんよ皆」

 振り向くと、飛び込んでくる飯田くんに、勢揃いした先生達。

「遅くなったね」
「飯田くん……!」
「1-Aクラス委員長飯田天哉!ただいま戻りました!!」

 響き渡るその声に、強ばっていた全身から力が抜けた。



「磨〜、立てる?」
「ねむい……ねたい……」
「俺が抱えよう」

 先生が担架に乗せられて、三奈に抱きついたまま立たないでいたら、障子くんに抱えあげられた。わーい、高い。

「そっちの子は大丈夫か?」
「個性使いすぎでねむいだけだから〜……猫」
「あっ大丈夫です!すみません」
「猫」

 点呼を取って、声をかけてきた刑事さんの隣にいた人が猫だった。猫。三奈が私の代わりに答えていた。猫だ。癒しを求めてそっと手を伸ばすと、障子くんに手首を柔らかく掴まれて、首を振られた。かなしい。

「猫は吸わなきゃ失礼なんだよ」
「もう、お仕事の邪魔しちゃ駄目!常闇で我慢出来る?」
「できる……」
「オイラでもいいぞ」
「それはやだ……」
「生贄の供物……」

 三奈に怒られて、常闇くんを差し出されたので、もふもふに手を伸ばす。高いところから失礼致します。おお、ふかふかだ。

「もふ」
「磨ちゃん幼児帰りしてる?」
「緩名さんは元からあんな感じでしょ」
「そっか!確かにそうかも」

 尾白くんと透、納得しないでほしい。わりと失礼。

「あっ磨寝る」
「ゔぅん……」
「やめてやれよ……」

 常闇くんの頭をもふもふしたまま、頭痛と眠気に抗わず目を閉じると、指を伸ばした三奈に頬をタップされた。ヴヴヴヴヴと肉を揺らしてくるので、むずがるように首を緩く降ると、切島くんが止めてくれた。人肌の温もりともふもふの手触り、微妙に揺れる感覚に、そのまま意識が落ちた。
 次に目覚めた時は、保健室だった。緑谷くんもオールマイトと警察の人がなんか聞かない方がいい話をしてたので、そのまま二度寝した。




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