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 同時発動、むっず〜! あの後もパトロールは続いて、日が落ちた頃に一度事務所へ帰還した。入れ替わりで、複数のサイドキックの人達がパトロールへ繰り出す。エンデヴァーさんは一人で数人分……下手をしたら数十人分の働きをしているんだろうな、と見て取れる人数だ。前の時もこうだったけれど、改めてすごいな。
 事務所に帰ってからは、トレーニングルームへ。エンデヴァーさん直々に教えてくれたのだから、それはもう贅沢なことなんだろうけど……轟くんも爆豪くんも緑谷くんも、近接をこなせる人達だから、ね。それはもうね。なんというかね。クマのようなエンデヴァーさん相手に、私のヘロヘロの拳が通用するわけもなく。いや、バフかけたらそれなりなんだけど、エンデヴァーさんがすんなり受けてくれるはずもないので、それはもう、ね。クマ対ポメラニアン、相手になると思うか? ってやつだ。そうやって近接の身体の使い方も指導されながら、個性の特訓だ。点での放出だったり、並列思考だったり。ハナテンじゃないよ。んで、これがまたものすっごい難しい。思わず相澤先生に、「むずかしすぎる」ってメッセを送ってしまったくらいだ。有難く指導されてこい、と放り出されたけれど、私だってエンデヴァーさんの指導のありがたさはよくよく分かっているので、それはもう有難く受けとっている。

「ほへえ、つかれひゃあ」
「気ィ抜ける話し方すんな……」

 そう言う爆豪くんも、わりと珍しくヘロヘロになっている。エンデヴァーさんはまたパトロールへ行ってしまって、私たちインターン生は一日目終了だ。私たちは未成年なのでそもそも夜は働けないし、自主トレを除く指導も一応は厳禁だ。まあ、夜間は敵が活発になりやすいこともあって、インターン生の出る幕じゃない、ってのもあるのかもしれない。

「ごはんいこっかあ」
「そうだな」
「あ、ねえ、緩名さん! さっきの速度劣化のデバフなんだけどいろいろと聞きたいことがあって……!」
「ああうん、食べながらでいい?」
「アッ、もっ、もちろん!」
「きめェ……」
「ええ!?」

 ゾワムカッ、と緑谷くんの剣幕にドン引きしてる爆豪くんたちと並んで食堂へ。事務所内に売店があるわけじゃないので、買ってきたレトルト品だったりお弁当だったりを食べることが多いらしい。私たちは手配してくれたお弁当だ。電子レンジでチンする。

「これあげる」
「いいのか」
「俺に寄越せや」
「爆豪くんの個性強奪?」
「かっちゃん……!」

 数個入った唐揚げが重いので、向かいの轟くんに渡そうとすると爆豪くんに横取りされた。別にいいけど、轟くんがムッとしてるからやめなさいね。轟くんにもちゃんとおすそ分けはしてあげた。

「緩名はもっと食った方がいいんじゃねェか?」
「ん〜……そうなんだけどね」
「癪だが、親父にも言われてたろ」
「まあねえ。でも、こればっかりは体質的なやつだし?」
「そういうもんか」
「ハッ、甘えだろ」
「ンだと〜」

 鼻で笑う爆豪くんにていっ、と軽く拳を当てた。ウェイトの問題は度々話題になる。ヒーロー科女子は、運動量が凄まじく、また、プロによる適当な指導によって、見た目は細くとも筋肉量は結構凄い。女性ヒーローはパワーより機動力を必要とする場合も多いから、ムキムキ! 程ではないとはいえ、それなりにある。その点私は、個性で強化できる、っていう甘えも確かになくはないけれと、それ以前の問題で、常時治癒力向上バフがかかってるので、筋肉が酷使されにくく極めて付きにくい、っていう性質があるのだ。でも運動量はあるから、まあ、痩せ型になるよね〜っていう。油物にウッ、となりがちなのは単純に年齢を重ねていた前世の弊害だし、食べる量が少なめなのはまあ、体質だ。

「緩名が……」
「うん」
「親父に投げられてるの見て」
「うん」
「なんつーか……危なっかしいと思ったんだ」
「なるほど」

 確かに、体格差やばいもんな。エンデヴァーさんの隣にいると私の儚い華奢美少女の風貌が際立つからある意味映えスポットまであるもん。重宝〜。轟くんはめちゃくちゃ純粋に私の心配をしてくれてるんだなあ。

「だから、緩名がデカくなればいいなと思って」
「ちょっと待てぃ!」
「フッ」

 ちょっと待とうか。爆豪くん笑うな。あっ緑谷くんもちょっと口の端ヒクヒクしてる。なんだこの幼なじみ共。轟くんの言うデカい、はどういうデカいなんだ。多分だけど、想像してるの、縦よりも横だよね!?

「単純に重けりゃいいってもんでもねぇが、ウェイトがあるに越したことはねえだろ。よくテレビで見るあの……なんっつったか、デラックスの女の人とか、丈夫そうだ」
「いや、うん、それはそうなんだけど。それはそうなんだけどね?」

 太っても私はかわいいだろうけれど、轟くんの想像の中の私はほぼ磨・デラックスなんだよね。あとあの方は一応男性だから。と教えると、「そうなのか」と僅かに目を見開いた。ツッコミが渋滞起こしてんだよね。

「どうにかしてえ、緑谷くん」
「エッ、そっ、こで僕に振るの!?」
「振りますとも」
「おーおー、なんとかしろやクソナード。オトモダチなんだろ?」

 緑谷くんを煽る爆豪くんは実に楽しそうだ。ちなみに、緑谷くんの隣にも向かいにも座りたくないという爆豪くんのワガママと、私の隣か向かいに座りたい轟くんの要望により、私の向かいに轟くん、その隣に緑谷くん、緑谷くんから遠い私の隣に爆豪くんって言う、テトリスで来たらちょっと嬉しい「Z」みたいな形に座っている。カオス。



「ふあぁ」

 部屋に備え付けのシャワーから出ると、欠伸が止まらなくなった。今日の宿は、っていうか今回のインターンでの宿は事務所備え付けの宿泊施設だ。同ビル内にある。部屋は普通に綺麗なビジホって感じだ。欲を言えば枕元にコンセント二つ欲しいくらい。ワガママ〜。こういう業界、どうしても男女比に偏りは出る。それはここ、トップヒーロー事務所でもそうだ。女性ヒーローの比率は少なくて、男女のフロアは分けられてない。まあ、ヒーロー事務所内だし、特に不満はない。というわけで、私たちインターン生はみんな部屋が近い。
 適当に髪を乾かして、なにか飲み物でも買おうと部屋を出る。自販機はね、あるんだよね。部屋を出て、ぺったぺった室内履きで歩く。使い捨てスリッパは持ってきた。使い倒すつもりだ。にしても、泊まる部屋がそれなりに多い。使用中の部屋も複数あるみたいだし、ヒーローって泊まり込み多いんだな……と戦々恐々だ。そりゃトップだしね、ここは。ヒーローのシフトは、サラリーマン的な会社勤めよりも消防士さんとかに近いな〜、と思った。これもまあ事務所に寄るだろうけど。眠たい目を擦りながら、自販機のボタンを押して、スマホのQRを押してくる。ガシャコン、と出てきた飲み物を取りにしゃがむと、近くの扉が開いた。

「お」
「あ、轟くん。やっほ〜」
「緩名」

 背後の部屋から出てきたのは轟くんだった。偶然だ。轟くんも飲み物買いに出てきたっぽい。ガチャコン、と小銭を入れて、お茶のボタンを押していた。

「ちょっと話しねェか」
「んあ、うん。いいよお」
「眠そうだな」
「うん、頑張ったから」
「そうだな」

 自販機の隣のソファに、二人並んで座った。ここらへん、ほんとにホテルみたいだよね。

「同時発動、どんな感じだ」
「ん〜……なかなか、難航しそうだなあって」
「そうか。俺の場合とはまた勝手が違うかもしれねぇが、参考になりそうなら聞いてくれ」
「うん、ありがとう」

 話題と言えば、やっぱりインターンだ。なんせ轟くんにとっては初めてのインターン。なんて、先輩面をしてみせるけれど、私だってバテバテに疲れてるし、特に威張れもしない。
 しばらく談笑をしていると、轟くんがふと、私の顔から視線を落とした。……え、胸見てる? いや、まさか、轟くんに限ってそんな邪なこと……いくら今お風呂上がりで、若干の薄着だからって、寮と比べたら全然着てるし……。

「……髪、伸びたな」

 髪だったわ。邪なのは私だったわ。ごめん、世界に謝る。

「うん、個性がねえ、便利なの」
「そうだな。……よかった」
「よかった?」

 まあ、よかったか。好きで切ったわけじゃないし、加害されての結果だもんなあ。

「轟くんは、長い方が好き?」
「……どうだろうな。おまえだったら、やっぱり、全部好きかもしれねぇ」
「う、……うん、ありがと」

 なんだろうなあ。轟くん、本当に他意はないんだろうけど、絶妙にこう、乙女心を揺さぶるというか、ラブられてんのかな〜って感じの言い回しをしてくるの。しかも、めちゃくちゃ優しい顔で。……やっぱり、轟くん、めちゃくちゃ表情豊かになったなあ。
 なんとなく渇いてきた喉を潤すために、買ったばかりのペットボトルを開けて、中身を煽る。冷たいそれが、真冬なのに少し火照った身体を冷やしてくれて、落ち着いた。

「ひゃ、」

 と思ったのに、隣に座る轟くんが、急に肩にもたれかかって来た。なに? 甘えたなのは一緒に過ごすうちでいっぱい理解したけど、今もそれが発動したのだろうか。

「どしたの、疲れた?」
「ん……かもな」
「エンデヴァーさん、ビシバシにスパルタだもんねえ」

 轟くんの声色にも、少し疲れが見える。声が少しだけ低いのは、眠いからだろう。私もね、かなり眠い。肩に乗った頭に、軽く自分の頬を乗せる。轟くんの髪も洗いたての柔らかさで、お風呂上がりなんだろうな、と分かった。

「最初は」
「ん」

 そろそろ帰ろうか、と声をかけようとしたら、轟くんがポツリ、と落とした。眠そうな声だ。

「最初は。片側だけで、親父を見返すことしか考えてなかった」
「うん」
「それが緑谷に説得されて、左も俺の個性なんだって思えた」
「……うん」

 眠たいからか、パトロール前の、エンデヴァーさんへの宣戦をしたからか。轟くんがポツポツと回想のように、語ってくれる。

「そっから、やっぱり俺はヒーローを目指してえ、って思って……今は、」

 ギ、と簡易ソファが軋んで、轟くんが身を起こす。私の肩に預けていた方が、少しだけ布に擦れて赤く色を変えていた。

「……今は?」

 続きを促すように聞き返すと、綺麗なアイスブルーとグレーが私を捉えて、柔らかく細められた。

「全部、守れるように強くなりてえって思うんだ」

 その表情に、ドキドキと胸が高鳴った。笑っているのに、少しだけ寂しげで、それでも意思の強い笑顔があんまりにも綺麗で。いくら私に、轟くん耐性がこの世のおんなで一番ある自負があるといえど、ドキドキしちゃうにきまってる。痛いほどきゅうう、と締め付けられる心臓に、思わず手を当てた。自分の胸の鼓動が、かつてないほどうるさい。それなのに、綺麗に笑う轟くんから目が離せなかった。

「……明日も早ぇ。そろそろ、寝るか」
「ぅあ、あぅん、そうだね」

 ふ、と表情を潜ませた轟くんが、ゆっくりと立ち上がった。そうだ、今はインターン中で、こんなふうに胸をときめかせている場合じゃない。明日も朝から活動だし、寝れる時にたくさんちゃんと寝なければ。轟くんが差し出してくれた手を取ると、軽く引かれて、立ち上がる。その自然な仕草にも、耳の奥で鼓動が逸る。……うう、大丈夫かな、顔赤くなってないかな。もう、キョドるってこんなの。轟くんは自分の顔の良さ、ちゃんと自覚して欲しい。

「ホークスと、」
「……え? あ、なに、ごめん聞いてなかった」

 いまなんか言った? ホークス、って言ったはずだけど、今頭も耳も馬鹿んなってるみたいだから本当にその単語か怪しい。しかも前後聞けてないから、私の想像するヒーローのホークスかも怪しい。ワンチャンダイエーホークスかもしれん。あ、ていうか轟くん、部屋まで送ってくれようとしてるな、これ。

「近いし、大丈夫だよ?」
「俺が緩名と少しでも一緒にいてえからな」
「ヒッ……!」
「ひ?」
「や、なんでもない……」

 もはや魔物か? 素でこういうことを言うのが轟くんだけど、今日はなんか、めちゃくちゃ畳み掛けてくる。少し目が覚めたとはいえ、個性と肉体を駆使して疲れた身体は眠たいよ〜と訴えかけてきている。そんなところにこれはずるい。刷り込まれるじゃん、だって。私ばっかドキドキさせられるの、ずるい。今度絶対仕返ししてやる……!
 そう決意を胸に、本当にすぐ着いた自室の扉を開ける。強くなろう。対敵にも、対災害にも、対轟くんにも。

「じゃあ、おやすみ」
「ああ」

 部屋に入って、轟くんに振り返る。送ってくれてありがとう、といえば、またああ、と返ってくる。それから、ふと、落ちた影。髪越しの額に、ちゅ、と控えめなリップ音が、

「おやすみ、緩名」

 パタン、とドアが閉まった。……はえ?



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