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「救助、避難、そして撃退。ヒーローに求められる基本三項」

 全員の方針が決定して、早速エンデヴァーさんに着いてパトロールへと繰り出した。個性や性格上、人が役に立てる場所はそれぞれ違う。わりと万能型の個性であると言え、私の場合は治療をできる希少性を考えて、三つの内なら活躍する分野としては救助だろう。エンデヴァーさんはその三つともをこなす、私から見ても、市民から見てもまさにスーパーヒーローだ。志の低さを怒られるかもしれないけれど、私の目指すところはそこではない。とはいえ、戦えないわけではないし、聴力を強化したり腕力を強化して道を作ることも出来るので、避難にもまあ向いている。今回のインターンでは、救助と後方支援以外の面でもガンバロー、という方針だ。……なんとなく、きな臭さを感じてしまうのは、さっきのホークスがあるからなんだろうな。まあ、シックスセンスというか、そういう、女の勘的な部分が大きいのだけれど。

「管轄の街を知り尽くし、僅かな異音も逃さず。誰よりも速く現場へ駆け付け、被害が拡大せぬよう野次馬がいれば熱で遠ざける」

 街を知り尽くす、のは時間さえあればまだ対処が可能だ。けど、聴力や視力の強化が出来るわけでもないエンデヴァーさんが、少しの異変も見逃さずに現場に駆け付けれるようになるためには、尋常じゃない努力とセンスが必要だろうな、と思う。後ろを着いて歩きながら、自身の聴力を強化した。強くなるには、まずは真似っ子からだ。一度に多くの音を拾ってしまうのは、少しだけ気分が悪くなる時もあるんだけど、これも慣れだよね。響香程は出来なくとも、今の最大限を出来れば出したい。

「基礎中の基礎だ。並列に思考し、迅速に動く。それを常態化させる」

 並列思考、か。言うは易し行うは難しって感じだ。雄英で努力を、インターンでは経験を。積み重ねていくことで、物にしてみろ、ってことらしい。なるほど。

「貴様ら3人の“課題”は「経験」で克服出来る。この冬の間に一回でも、」

 エンデヴァーさんよりも先にかあ。なかなか難しい課題だわ。前回の経験があるから、その分私はエンデヴァーさんの迅速さを知っているつもりだ。かなり頑張らなきゃな、と気合いを入れ……ん? 3人? キョロ、とあたり見渡す。轟くん、緑谷くん、爆豪くん、それから私。……4人では? 一人のハブ、誰だ。ぴっ、と爆豪くんに指を指すと、出した指を軽く弾かれた。痛。

「緩名は別だ」
「あ、そうなの」
「おまえへの課題は後ほど説明する」
「ふぁい」

 どうやらハブは私だったようです。ちょっと寂しい。……ん。

「!」

 脚力を強化してピョン、と飛び上がる。かなり遠くでだが、何かがぶつかる衝撃音が起こったのを耳が拾った。ブレーキ音が聞こえるけれど、車ほどの重さはない。バイクか原チャリだろう。片方の速度が鈍くて軽かったので、二輪対人の接触事故かな、と当たりをつける。けど、自動車の方が止まる気配がない。飛び出したのは一瞬だけど私の方が先だったのに、既にエンデヴァーさんは私の前にいた。はっやい。二輪は法定速度を無視して加速して行き、エンデヴァーさんはそれを追う。この様子だと直ぐに、追いつくだろうし、私は個性的にも被害者の方に向かう方がいいかな。

「エン、」
「サイドキックが保護している」
「! 了解です」

 と思ったけど、無事保護されているらしいので、そちらは任せてエンデヴァーさんを追いかけた。先読みの力ぱねェ。う〜ん、後で私もイヤモニ貰った方がいいかな。でも音を拾える私は、なんとかギリギリ追い付けている。音を拾うためには邪魔かもしれない。パシュッ、ってワイヤーを伸ばして、軽くした身体を浮かび上がらせた。エンデヴァーさんの炎が敵の行く手を阻害して、ドンドンと奥まった方へ誘導している。逃走犯、ミッケ! 浮かんだ身体の軽化のバフを解いて、ズドンと行こうと思ったところで、低温の炎が敵にぶち当たった。あらら、先を越されちゃった。

「あいたァ!」
「っと、あぶなっ」

 ストン、と吹っ飛ばされたバイクの上に着地する。逃走犯は捕まえられなかったけどバイクは捕まえた。この路地ではあんまり意味ね〜。

「証拠品?」
「ああ。サイドキックに任せておけ」
「はい」
「当て逃げ犯確保」
「……一足遅かったな」

 ザッ、と足並みを揃えてやってきたインターン組三人。いや私もインターン組だけど、先輩だからね! 多少の、ノウハウが、あるので、ねっ! なんて、まあ威張れない。だって対敵の戦力は三人からだいぶ劣ってるし。得意分野が違うので仕方ないけれども。

「冬はギア上げんのに時間かかんだよ」
「爆豪気付いてるか?」
「てめーが気付いて俺が気付かねーことなんてねンだよなにがだ言ってみろァ」

 爆豪くんが超イライラしている。ウケる。そのままイライラ高め続けたらギアあがんじゃない? 轟くんは、エンデヴァーさんのスピードの仕組みに気付いたらしい。性質上は確かに爆豪くんの進み方と似てるかも。

「緩名さん、すごいや……!」
「んん、私の場合はこれがあるからさあ」

 とん、と軽く自分の耳を叩く。緑谷くんに褒められちゃった。ピースだ。

「もう一つ言わせてもらえば、あっちは大通りだ」

 エンデヴァーさんが飛び立つのを見て、私も続いて飛び上がる。もうね、なんか久しぶり。このハード感。ヒーローのインターンってそうそう、こんな感じだった。
 自分に出来る極限まで体重を軽くしたところで、滞空時間が長くなるだけで落下しないわけではない。あと軽すぎると風に煽られて方向転換が結構むずいんだよね。なので適度なバフだ。エンデヴァーさんの服にワイヤーの先引っ掛けて、サンタさんみたいに運んでもらったらだめかな? ……流石にだめか。相澤先生に反省文書かされそう。

「ちなみにさっきのガラス敵の手下も俺は気付いていたからな?」
「小っせェな……」
「かっちゃん……!」
「アハハ、いや器は同じくらいだよ」
「緩名さん……!」

 この二人の微妙な器の小ささ、なんなんだ。このインターンに来る前、オールマイトとOFA組の定例会をしたけれど、そこで言ってたエンデヴァーさんと爆豪くんが似てるってこういうとこなのかな? おもろい似方だ。絶対違う。バクゴー、とエンデヴァーさんが呼びかけた。

「何が出来ないかを知りたいと言ったな」

 エンデヴァーさん、わりと轟くん以外を見る気ないんだろうなと思ってたのに、意外と育成に乗り気? なのかな。いろいろと見せて、学ぶ機会をくれている気がする。車の音、人のざわめき、混ざったのは、きゃあ、と小さな声だった。

「っ、!」

 飛び出した。歩行者信号は青。大型トラックは、ブレーキをしないまま突っ込んでいく。避けきれない人が倒れ込んだ。間に合わない、なら!
 トラックに向けて咄嗟に放ったのは、「遅くする」デバフ。ガクンッ、と急な速度の変化につまづいたように跳ねるトラック。それでも突進は止まらない、けれどエンデヴァーさんの炎が堰き止めた。おお、間に合った。私が手出ししなくても、エンデヴァーさんなら間に合ってたな。

「ふぅ」
「ここは授業の場ではない。間に合わなければ落ちるのは成績じゃない。……人の命だ」
「よっ、大丈夫ですか?」

 エンデヴァーさんの隣へヘロヘロと着地して、しゃがみこんでいる女性とサラリーマンに声をかける。か細く震えている女性の指先を取ると、力なく握り返された。緑谷くんも駆け寄ってきて、サラリーマンへと様態を聞いている。

「もう大丈夫ですよ。痛いところはないですか?」
「だ……大丈夫、」
「あ、ここ、ちょっと治しますね!」
「は、い」

 擦りむいた傷が数箇所と、手を付いた衝撃で手首を少し痛めていた。ポーチから出した水で擦り傷を洗って、治癒力のバフをかけると綺麗に元通りだ。ぽかん、と呆気に取られた顔をしていた女性は、ありがとう、と力なく笑顔になってくれた。よかった。……と思ったら、トラックから出てきた運転手の人にめちゃくちゃ怒鳴り散らし始めた。まあ、気持ちは分かる。駆け付けてきたサイドキックの人に、諸々の後処理はおまかせだ。

「……よくやった」
「やったあ!」

 轟くんと爆豪くんに課題を言い渡したエンデヴァーさんに続いて飛び立つと、少しだけ目尻を緩ませたエンデヴァーさんから、お褒めの言葉を頂いた。ほとんど役には立ってない気がするけど、褒め言葉は積極敵に回収しておこう。



 その後も数件、駆け付けては飛び立ち、NO.1の仕事になんとか着いていく。もうね、頭と耳が死んでる。一度かけたバフは緩やかに効力を無くしていくから、重ねがけで誤魔化している状態だ。一旦昼休憩、ということになって、人気のないビルの屋上へ降りた。エンデヴァーさんあんパン食べてるのなんかウケる。私ははちみつとレモンのベーグルにした。おいしい。

「ビアンカ」
「ふぁい」
「先程の技は、以前にも使っていたな」
「遅くするの? うん」

 前にエンデヴァーさんの事務所へやってきたときにも、お零れ敵退治の際に活用した。一瞬足を遅く出来れば、出来ることの可能性はめちゃくちゃに増えるからね。特に、急に自分の行動が遅くなると、人間はかなり動揺する。その隙を付いて、母へしたのと同じように、聴力、視力、身体能力全てにデバフをかけて、確保、という流れだった。

「そう! 緩名さん、あれ、僕初めて見たよ!」
「確かに、授業で使ってるとこ見たことねぇな」
「ああ〜うん、そうかな?」

 使ってない、わけではないんだけど、なんかね、忘れちゃうのだ。威力は高いけど使いどころが若干難しいってところがある。あとしんどい。

「普通に疲れんだよね」
「……てめェまで舐めプか」
「いやいやいやいや違う違う違う違う」

 舐めプではない。ただ、使用方法を間違えると諸刃だよな〜ってだけだ。あと使う機会の問題。

「他のさあ、バフみたいに、効力が長く持たないから、どうしてもコスパ悪いんだもん。動きが止まるわけじゃなくて、遅くなったり速くしたり、だし」
「何秒だ」
「ん、長くて2秒くらい」
「ふむ」

 顎に手を当てたエンデヴァーさんが、何やら考え始めた。個性伸ばし……するんだろうな〜! この、行動を速めたり遅くしたりするの、仕組みを理解してない……というか、この超常社会の中でもまさに「超常」としか言いようのない、若干の物理法則を無視している力だからなのか、なんとなくドッと疲れが来るのだ。ちょっとくらいだったら平気だけど。
 バフの範囲に入ってるのか、謎だなって思う人もいるだろうけど、私のバフはRPGとかゲームのバフに近いと思っている。最終の物語的なあれで言うと、治癒力の向上はリジェネ、身体能力の強化はストライ、個性の強化はフェイス、かな? まあ、魔法みたいなもんでしょ。そしてスピードの強化は、ヘイストだ。時間を、というより、行動を早くしている。これ、物理演算とか諸々を無視しているけれど、まじで仕組みがどうなってるのかわからない。多分わからないから余計に私自身に負荷がかかっているんだろうけど。だいたいのバフの種類はゲームから発想を得てることが多くて、でもあくまで強化と劣化の複合個性なので、レイズのように命あるものを生き返らせることはできない……はずだ。その反対は……出来るのかもしれないけれど、一応の倫理観と道徳を持ち合わせている私には、到底使う気にもなれない。回復の方法がケアルじゃなくてリジェネなあたり、まあ、そういうことだ。

「伸ばせるか」
「うえぇ……頑張ります」
「よし。それからもう一つ」
「はい」
「複数の個性を一度に、もしくはタイムラグをほぼ無くして発動出来るようになれ」

 ふええ、このおじさん、めっちゃむちゃぶりしてくる……。ひええ、って顔をしてたら、難しいか、と聞いてきた。いや、クソ難しいでしょ。

「個性の使用時、何を考えている」
「んっと、どのバフを誰にかけるか……かな」
「それから」
「それから!? あ〜っと、どの程度の威力でかけるかもいる、かも」
「見た所、おまえの個性使用はまだまだ無駄が多い」

 それはおっしゃる通り。自分でも課題である。

「まずは威力を見極めろ。それから、同時の発動を意識しろ」
「同時……」

 同時、同時かあ。……いや、やっぱむずない? 宇宙猫顔になってしまう。やってみるけどさ〜!

「……緩名の個性は、両親の個性を継いだものだろう」
「うん」
「!」

 エンデヴァーさんの言葉を肯定すると、聞いていた三人から動揺の雰囲気が伝わってきた。両親に付いて、特に父親についてはなんの素性も話してないからね。多分。

「その点では焦凍と同じだ。そして、焦凍は個性の同時発動を叶えている」
「たしかに」

 炎と氷。強化と劣化。私も轟くんと同じように、反対する二つを掛け合わさって出来た子どもだ。私の場合は、デザインベイビーという程ではなく、なんとなくの成り行きって感じが強いけれど。お母さんは、正反対の個性を合わせた子どもがどうなるかに、少しの興味はあったっぽいけど、今となってはもう知り得ないことだ。知り得ないことは、私にとって、どうでもいい事に他ならない。

「ん、頑張ってみます」
「ああ」
「これも並列思考、ってやつですかあ?」

 そういうと、エンデヴァーさんが僅かに口角を上げて、そうだな、と頷いた。
 繋げるように、エンデヴァーさんが、緑谷くんに「並列思考」について教授している。

「まずは無意識下で二つのことをやれるように。それが終わればまた一つ増やしていく」

 ははあ、なるほど。私がスマホでリズムゲーしながらSwitchで乙女ゲールート回収し通話アプリで作業通話をこなすとペディキュアを乾かして同時に宿題を終わらせるようなものか。確かに無意識で色んなことをやっている。と思うと、なんか同時発動も出来る気がして来たな。

「どれほど強く激しい力であろうと、礎となるのは地道な積み重ねだ」

 エンデヴァーさんの言葉には、重みがある。ヒーロー名の「エンデヴァー」は、努力を意味している。それも、よく使われる短期的なものを指すeffortと違って、積み重ねていく、長い目で見る方の、だ。大きな背中には、多くの、数え切れないほどの努力を背負っているんだろう。

「なに、安心して失敗しろ」

 エンデヴァーさんは言う。

「貴様ら4人如きの成否、このエンデヴァーの仕事になんら影響することはない!」

 言い切った姿がかっこよくて、思わず拍手してしまった。エンデヴァーさん、かっこいい。



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