173



「ようこそ。エンデヴァーの下へ」

 駅から出ると、待ち合わせ場所には既にエンデヴァーさんがいた。個性社会、異型形だったりで身長の規格がだいぶ変わってはいるけれど、それでも長身に変わりはないエンデヴァーさんはなかなか見つけやすい。わあ、お顔怖。笑顔のエンデヴァーさん、こわ〜。

「……なんて気分ではないな」

 上げて落とすタイプだ。どうもエンデヴァーさんは、インターンの受け入れが不服らしい。

「焦凍の頼みだから渋々許可したが!! 焦凍だけで来てほしかった!」

 相変わらず息子愛が凄いな、この人。ぴょん、と一人少しだけ飛び出て、エンデヴァーさんに近付く。む、と視線を落としたエンデヴァーさんが、まじまじと私を見た。

「え〜、私はぁ?」
「……おまえはまた別だ」
「えへ、久しぶりぃエンデヴァーさん」
「ああ」

 久しぶり、という程ではないけれど、福岡でのあの事件ぶりだ。

「おろ」
「許可したなら文句言うなよ」
「しょっ、焦凍!!」

 エンデヴァーさんの隣へ行こうとすると、軽く手首を引っ張られて止められた。アラ、轟くんのお顔も怖くなってる。その後ろで、爆豪くんがきちィな、と冷静にdisっていた。まあ正直わかる。爆豪くんがdisる、エンデヴァーさんが轟くんに吠える、轟くんが嫌な顔をして私を掴んだまま後ずさる、の負のループだ。ウケる。オールマイトは、爆豪くんとエンデヴァーが似たところがある、と言っていたけれど、わかるところもあるし分からないところもあんな、って感じだ。

「学ばせてもらいます!」
「ます」

 意気込む緑谷くんに乗っかると、エンデヴァーさんがちらりと緑谷くんを見た。それから、なにかを呟く。接点あるんだあ、この二人。緑谷くんとエンデヴァーさん、爆豪くんとはまた違った意味で食い合わせが悪そうだ。
 事務所へ向かって移動するエンデヴァーさんに続いて歩いていると、突然目の前のエンデヴァーさんがガードを飛び越え道路へ飛び出した。あーね。以前のインターンでもこんな感じだったし、続いて私も飛び出す。あ、移動するなら腕のパーツだけいるな。コスの袖に導入した鉤爪ワイヤーは、リストバンド型になっているので取り外し可能なのだ。優秀〜。

「申し訳ないが焦凍と緩名以外にかまうつもりはない」

 やった〜、私には構ってくれるんだ。らっき〜。聴覚にバフをかけると、それなりに離れた向こうの通りがなにやら騒がしかった。ドッ、と衝撃音が鳴り、高い位置……移動しながらなにかを啓蒙している男の声。エンデヴァーさん、よくこれに気付くな。こういうのが、NO.1まで登り詰めた努力の賜物なんだろうなあ。

「学びたいなら後ろで見ていろ!!」

 なんてエンデヴァーさんは言うけれど、私の後ろの三人もとっくに飛び出して来ている。なんなら追い抜く気満々だ。ポテンシャルと向上心の強すぎる面々だもの。

「指示お願いします!」
「後ろで!! 見ていろ!!」

 聴覚+脚力+軽量化にバフをかけ、壁をとんっ、と蹴って加速する。

「あ、ずれた」

 方向転換のためにワイヤーを伸ばして先を壁や電柱に引っ掛けるけれど、これが結構ムズい。瀬呂くんにコツを教わりはしたけれど、やっぱり一朝一夕で学べるものでもない。う〜ん、鉤爪より吸着型の方がいいかもしれない。捕縛布とかも参考になるし。発想は正直緑谷くんの黒鞭からパクった。

「避難誘導いきま〜す!」

 敵の姿を補足。飛んでる爺ちゃんだ。占いババみたい。ガラスを吸ってる? 退治はエンデヴァーさんに任せて、私は一番近いビルの方へワイヤーを伸ばした。一応声はかけたけど、聞こえているのかは知らない。お、位置取り完璧。クレバーかつジーニアス。

「うわっ!?」
「キャッ!?」
「お熱いのきますよ〜」

 ガラスのなくなった窓からするん、と飛び込んで、窓の近くにいた会社員らしき男性と女性を抱えて部屋の奥へ。その直後、背中が物凄く熱くなった。アッツ。真冬なのに真夏。温度高すぎ。

「もう大丈夫! なので、お早めにお逃げくださいませ〜」
「あっ、ヒーロー!?」
「はーい。下熱くなってるので気を付けてくださいね」

 助かった! ありがとう! という声を聞きながら手を振って、あたりを見渡す。敵はエンデヴァーさんに追われていなくなったとはいえ、まだここは危険だ。熱されて溶けたガラスが散らばってるしね。
 空気まで暑い中、周辺のビルを軽く覗く。倒壊の危険はなさそうかな。エンデヴァーさんのサイドキックが避難誘導しているのが見えたので、しゅたっ、とその横に降り立った。

「ビル内は避難完了してます」
「お、ビアンカ! 久しぶり、ご苦労さま」
「キドウさん久しぶり〜! 怪我人いますか?」
「軽傷が数人。ガラスで切った程度だから無事だよ」
「はーい」

 どうやら治癒の出番もなさそうだ。よきかなよきかな。エンデヴァーさんが敵を捕まえたようなので、キドウさんと一緒にエンデヴァーさんの元へ向かうと、ちょうど警察も到着したようだ。すご、捕まってんのにまだめちゃくちゃ叫んでる。結構こう……オカルトちっくな人なんだろうな。終焉を招く……ってなんのことなんだろう。あまり理解しようとしない方がいいのは知っているけど、気になるのは気になる。

「あ、緩名さん!」
「はいおつかれ〜」
「おっ、磨ちゃんもエンデヴァーさんのとこなんだ」
「なんでホークスいんの?」

 警察への対応はトップのエンデヴァーさんがしているから、緑谷くん達の方へ近寄ると、見覚えのあるシルエットが。福岡にいるハズのホークスがなぜ?

「いやァ、ちょっとフラッとね」
「いやまじなれなれしい」

 のんびり歩いてきたホークスが、自然な流れで肩を抱き寄せてきた。なれこい。いいんだけどさ。肩に回った手が、ちょいちょいと元通りに近いくらいまで伸びた髪を弄んだ。慌てたからちょっとぼさついちゃった。

「はっ、はじめまして! 雄英高校ヒーロー科、一年A組緑谷出久と言います!」
「知ってる、指破壊する子」

 はぁん、自己紹介ターンね。なるほど。緑谷くんの声が上擦っているのは、どこまで言っても彼はヒーローオタク、ということなんだろう。

「雄英高校ヒーロー科いちねんえーぐみ緩名磨といいます!」
「アッハッハ、もっと知ってる」
「ふふふ、知られてた」

 緑谷くんの真似して自己紹介してみた。でも初対面の時とか怪しさ満点でほぼ自己紹介してないからな。やり直しみたいなもんだ。常闇くんは地元でサイドキックと活動しているらしい。ギンッ、とホークスを睨みつける爆豪くんと目が合った。

「お」
「おっ」

 ツカツカ早歩きで近寄って来た爆豪くんが、私の手を取ってホークスから引き剥がした。どしたん、嫉妬かかっちゃん。

「へぶっ」
「さっきのぁ俺の方が速かった」
「それはどーかな!」

 勢い余って爆豪くんの肩に顔面をぶつけたが、気にしてくれる人はいないらしい。は? 噛み付くぞバカ。

「で!? 何用だホークス!」
「用ってほどでもないんですけど……」

 ぶつけた鼻を擦りながら爆豪くんに威嚇していると、なにやらホークスが語り出した。エンデヴァーさんにオススメしているのは、『異能解放戦線』と言う本らしい。噂には聞いた事あるけれど、ああ、なんかめちゃくちゃ胡散臭そうなやつだ。さっきのご老人と同じような、オカルトやカルトちっくなやつ。自己責任で完結する社会……ねえ。まるでヒーロー社会全てを否定しているような文言だ。

「……?」
「何を言ってる……」

 なんか、ホークスの様子がおかしい。目や、表情、雰囲気まで。違和感が物凄いんだけど、こんな人だったっけ。いや別に元からよく知らないけれど、なんか物凄い違和感がある気がする。私の気付いた違和感に、エンデヴァーさんが気付かないはずもない。同じように訝しげな顔をしたまま、ホークスから本を受け取った。……うわ、なんか、めっちゃ嫌な予感がする。なんだろう、胸の奥がザワザワする感じ。虫の報せというやつか、シックスセンス、はたまた女の勘なのか。 なにより、ホークスが『変な感じ』、になって以降、ジッと見つめている私の視線に気付いているはずなのに、一瞥もくれようとしないあたりやっぱりおかしい。

「No.2が推す本……! 僕も読んでみよう。あの速さの秘訣が隠されてるかも……」

 緑谷くんのその言葉に、ホークスがおっ、と表情を替えた。相変わらず作り物めいた笑顔で、パパパッ、と本を配っていく。どっから出した?

「はい、磨ちゃんも」
「……ありがと」
「なに、どーしたのその顔」
「……べつにぃ」

 むっ、としたまま本を手渡してくるホークスを見つめる。この本に、ホークスが『そう』なる理由が隠されているんだろう。マジでやな感じしかしない。ほぼ睨むように見つめていると、ホークスは眉を少しだけ上げて、小さく鼻を鳴らした。

「マーカー部分だけでも目通した方がいいですよ。“二番目”のオススメなんですから」

 台詞までド違和感だ。きゅる、と喉が自然と鳴った。ホークスがバサッ、と翼をはためかせ、ゆっくりと浮上する。

「磨ちゃんもまたね」
「ぁえ」
「えっ」
「ア゙!?」

 グローブに覆われた右手が私の前髪をかきあげて、直後に柔らかい熱と軽く鳴るリップ音。目を丸くして見上げると、既にホークスの姿は上空でちみっこくなっていた。……嵐みたいな男だな。



PREVNEXT

- ナノ -