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冬の朝は寒くて、ただでさえずっと寝てたいと思っているのに布団が私を離してくれないから困った。にも関わらず、柔らかく眩しい光がカーテンの隙間から差してくる向こうでは、ワーワーと楽しげな声が重なっている。朝っぱらからなにごと〜。
「ふあ〜ぁあ」
欠伸をして、ぐぐぐっ、と身体を伸ばす。二度寝……いや、今日は心操くんたちと朝から自主トレあるし、起きるか。お昼に寝よう。スマホを付ければ、数件のメッセージの受信と、なんかいろいろ通知が着ているのをスワイプで消して、アラームを止めておく。時刻は朝七時を少し回ったくらいだ。やば、鬼の早朝じゃん。寝起きの力の入りにくい手でペットボトルの蓋を開けて、喉を潤す。外うるせ〜。マジでギャーギャーワーワーなにしてんの? ご近所迷惑なんだけど。毛布から出て、着ているワンピースの上から傍らに置いていたもこもこのカーディガン、それからジーニストから貰ったブランケットを羽織った。素足にはもこもこ膝丈の靴下を。カラカラ、とベランダに続く窓を開けると、ああ、めちゃくちゃ積もってる。
「ねえ〜朝からうるさいんだけど」
「お、緩名! はよ!」
「よう緩名! はよ!」
「はいおはよ」
手すりから顔を覗かせると、切島くんと鉄哲くんから元気のいい挨拶が返ってきた。鉄哲くん以外にも、数人B組の男の子たちもいる。ウチのクラスからは、多分切島くんに引きずられてきた爆豪くんと、上鳴くん、瀬呂くんの仲良しグループが。それから、ランニングウェア姿の尾白くん、緑谷くん、なんと心操くん。なにをしているのかと思えば、積もり積もった雪で雪合戦? っぽいことをしていた。朝もはよからご苦労なこって。
「元気だねみんな」
「元気なのコイツらだけよ」
「ふふふ」
爆豪くんが握り込めて固めた雪を執拗に緑谷くんに向かって投げつけているし、緑谷くんは必死に宥めながらも避け続けたまにぶつかっていた。爆豪くん投擲能力も高いな。
「はよ、眠そうだな」
「ん、心操くんおはよ〜普通にねむい」
「ハッ! 冬季休暇だからって怠けてるんじゃないかい!?」
「朝からうるせ〜くん元気に物間だね」
「文法破綻した日本語喋らないでくれまグッ!」
「あっワリー物間!」
「ひひっ」
吠えてくる物間くんに、切島くんの投げた(正確には切島くんをバットに飛んできた雪玉を爆豪くんが打ち返した)雪玉が当たった。ウワ、痛そう。鈍臭。綺麗に後頭部で雪が弾けたから思わず引き笑い出ちゃった。表情を無くした物間くんが、ギュッギュッと手の中で雪玉を固めていたから、どうやら参戦するらしい。
「でもこっちくるの珍しくない? どしたの、朝から」
「ああ、そこで緑谷と会ったから、被服控除の件でちょっと」
「あ〜なる」
コスチュームの件、そういえばちょっと前くらいメッセでやり取りはしたけれど、同性の方がわかりやすいもんね。いろいろ。来年から転科がほぼ確状態の心操くんだから、転科に備えてやることが結構多いみたいだ。ヒーロー科特有の座学の補講もあるらしい。
「心操くん、どんなコスにするのか楽しみすぎる」
「まだ考えてないけど別に、普通だよ」
「え〜絶対イケメンじゃん」
コスチュームを着ると、ヒーロー! って感じが増してやっぱり普段とはちょっと違って見えるし。心操くんだからそんなド派手派手系にはしなさそうだけど、コスの会社に寄って同じ要望でもデザイン結構変わってくるから、今から楽しみだ。
「アンタのは、どうなの」
「んあ、私? コス?」
私のコスか。クラス対抗戦でみんなコスだったけど、私は不参加だったから生では見てないのか。まあ、福岡の事件とかその他でもネットニュースだったりテレビだったりに写ってはいるから、見たことはある、はず。今は冬仕様になってもこもこになっててかわいいのだ。
「かわいいよね」
「えっ、あ、うん」
しっぽの先でコロコロと雪玉を転がして大きくしていた尾白くんに振ると、肯定が返された。うんじゃないでしょ!
「かわいいと、言えー!」
「かっ、わいいよ、ね?」
「いや俺は知らない」
「ウワ、裏切りだ」
「実物見てないし」
ほのかに頬を赤くした困り顔で心操くんに同意を求めた尾白くんだが、ちょっと意地悪に笑った心操くんに裏切られていた。ふふ。
「まあ、カワイイやつだよ」
「へえ」
「あ、今日着てこうか」
「まァ、どっちでも」
「なんだと〜! 絶対見た瞬間かわいくて気絶するよ」
「どんなだよ」
「ビッグマウスすぎる」
コスチューム会社のデザイナーさんが似合うように趣向を凝らして作ってくれたものだから、多分見た人似合いすぎて気絶するはずなんだよね。まだゼロ人だけど。まあそれは置いておいて、コスに新しく取り付けるサポートアイテムを試しておきたいのもあるし、コス取りに行くかあ。
「瀬呂くーーーーん!」
「うわびっくりした」
「お、どしたーー?」
滞空移動用の、鉤爪のようななんか伸びるやつをコスの袖に導入したんだけど、こういうのは似た移動手段の瀬呂くんに教わるのがいいだろう、とお誘いをかけた。
「今日暇でしょ? 訓練付き合って〜」
「ああ、言ってたヤツ。いいぜー」
「やったーーー!」
「うるせェ!」
「ぎゃっ」
声を張り上げると、爆豪くんから雪玉が飛んできた。しゃがんで避けると、手すりに当たって弾けたけれど、びびるじゃん、やめーや。危険! レギュレーション違反! 退場! って叫ぶと、追加で二、三激来た。短気は損気。
私たちのやり取りを呆れた目で眺める心操くんに、尾白くんが苦笑していた。
「楽しいでしょ」
「ハァ、そうだな。……風邪ひくよ」
「ん〜、たかし」
普通に鬼激寒いからそろそろ引っ込んで朝ごはん食べるかあ、って伸びをしたところで、ぶわっと突然の突風。目に雪が入ってぬわ〜っ! とパパスみたいな声があがった。暖かいけれど薄めのスカートの裾が、目の前に広がって視界を埋め尽くす。
「!」
「!!!」
「目に雪入ったぁ〜」
「……抑えろボケがァ!」
「へあ?」
雪が溶けて涙と混じり落ちていくのを拭っていると、爆豪くんのキレた声に怒鳴られる。抑えろってなにを。パチパチと数度瞬きしてから見下ろすと、さっきまでキャイキャイと楽しげに雪合戦をしていた皆が静まり返って、バッ、といっせいに視線が逸らされた。寒いから、というだけでなく、好調した頬。……ははん、なるほどね。なるなるほどね、なるほどね。見えてしまったんだね。なるほどね。ははーん。
「まあそんな気にせんでも」
「いやするよ!!!!」
ちょいちょい、と乱れた前髪を直しながら言ったら、緑谷くんに力いっぱい叫ばれた。いや、ねえ? パンツくらい、故意じゃなければまあいいじゃん。さっさと中入れや!!! と再び怒鳴られたので、はあい、と大人しく部屋に入った。まったく、純情少年たちめ。
「さっきのさ」
「あい?」
場所は変わって、演習場にて。瀬呂くんに移動のコツを教わり、人数がいるので個性アリの鬼ごっこをして、一旦休憩しよ、となったところだ。なんだかんだ見学の三奈まで参加しているし、当初予定した切島くんと尾白くんに加えて、鉄哲くんと緑谷くんまで来た。大所帯だしちょうど偶数だし、とチームを組み替えて何戦かした鬼ごっこは、やっぱり索敵の出来る私率いるチームの勝率が高い。響香とか障子くん連れてきたらよかった。
それは置いといて、さっきのとは。パンチラ事件のことだろうか。顔を真っ赤にした数人に謝られ続け(まあ内何人かは感謝もしていたようだけど)、めんどくさくなったので記憶から消そうとしたところだ。
「ごめん」
「んあ、へへ、別にさあ、誰が悪いわけじゃないし」
強いて言うなら私が悪いかもしれないし、なんなら吹いた風が悪い。風のイタズラ、ってやつだ。うん、風が悪い。そう言っても、心操くんは腑に落ちなさそう……納得がいってない様子だ。
「まあでもほら、ね、パンツくらいまあいいじゃん? 穿いてたわけだし」
「そりゃ穿いててくれ、頼むから」
ノーパンじゃないだけマシでしょ、と思ったら切島くんから突っ込まれた。なになにー? と唯一事情を知らない三奈が瀬呂くんや緑谷くんに尋ねているけれど、二人して視線を逸らして逃げようと頑張っている。高校一年生、純情でかわいいなあ。ラッキースケベって喜んじゃえばいいのに。自分で言うなって感じだけど、私のパンツはいいものだと確信してるので……。
「だからさ、ね、気にすることないって」
ふふ、とはにかんで言えば、心操くんがバツが悪そうに、少しだけ不機嫌そうに顔を顰めた。宥めるようにジャージの胸元をぽんぽんと叩くと、伸びてきた手に手首を握られる。
「……アンタ、結構不注意だよね」
「うえ、それはある」
「人と距離、近いし」
「んふふ、それもある」
「……そういうの、気を付けてほしい」
「へぁ」
他の奴には、と小さくこぼれた言葉には、多分、私以外には聞こえなかったんじゃないだろうか。手首に回る指に、少しだけ力が籠った。合わない視線に、頬は、朝のように少しだけ赤い。一度開いて、逡巡するように閉じて、それからまた、開かれた薄い唇。
「俺が、嫌だから」
「はわ」
紫の視線が私を捉えて、少しだけ目尻をほころばせる。なにそれ。懇願のような声色で言われてしまえば、私まで頬の赤が伝染してしまう。それからまたひとつ、ごめん、と落とされた。
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