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宴もたけなわ。そろそろエリちゃんも眠る時間だし、あまり遅くまで騒ぐのも、ということでお開きになった。
「うわ、めっさむじゃん」
「めっさむ」
「めっちゃ寒い、の略だよ」
片付けは任せて、エリちゃんと先生をお見送りに出る。昼過ぎから降り始めた雪はまだまだ降り続いていた。ホワイトクリスマスって言えばロマンチックではあるけれど、実際クソバカ寒いから勘弁してほしいよね。ハア、と赤くかじかむ指先に息を吹きかけると、エリちゃんも私を真似て同じ動作をした。ふふふ、かわいい。
「服着ろ。見てて寒ィ」
「んん、まあ、クリスマスだしね」
人が全裸のような言い方をされるけれど、普通に服は着ている。ミニスカサンタにブランケットだから、寒々しいのはまあわかるけれど。ちなみに先生に被せたケープは、先生からエリちゃんへ、エリちゃんから緑谷くんへ、緑谷くんから飯田くんへ……と脈々と受け継がれていって今はソファの上に息絶えていることだろう。みんなの猫耳サンタ姿が私のスマホのフォルダを彩った。
にしても雪が深い。これは傘いるな、と傘立てから自分の傘を先生に渡す。先生一人なら遠慮しただろうけど、エリちゃんもいるし大人しく受け取ってくれた。私の可愛いオシャレ傘と先生、若干ミスマッチでかわいいな。ウケる。傘を差す姿を見つめていると、先生もジッ、と私を見つめて、それから伸びてきた指がそっと前髪を掬った。
「? なに」
「雪」
「ああ、ね。ここ、ほんと雪降るよね」
「山の上だからな」
一応玄関の軒下にいるけれど、風で流れてきた雪が付いたのだろう。随分と伸びた髪にも、ちらほら雪が付いて、じんわりと溶けていった。エリちゃんの前にしゃがんで、目を合わせる。お鼻の先まで赤くなっていて、寒そうだ。冷たいほっぺを手で包むと、ひゃあ、とかわいらしい声を上げた。
「風邪引かないようにね」
「うん。お姉ちゃんも」
「ふふ、うん。……おやすみ」
「おやすみなさい」
先生に抱っこされたエリちゃんは、少しだけ眠たそうに瞬いた。緩く手を振って見送ると、目が合った先生の唇が、おやすみ、と形作った。それから、早く入れ、と言うように、傘を肩にもたれかけさせ、シッシッと手で追い払われる。私は猫かなんかか? ま、寒すぎるのは事実なので、くるんと踵を返して、寮の中へ戻った。
「轟くんの、お蕎麦でしょ」
「ああ。よく分かったな」
「んふ、わかるて」
キラキラと光を反射するオーナメントを外しながら、誰かの手元へ渡っていたお蕎麦の袋を見る。ラッピングまで丁寧にされていたのがちょっと面白い。クリスマスプレゼントに蕎麦をチョイスするの、探せば世界に数人はいるだろうけれど、A組だと満場一致で轟くんくらいだ。
「緩名が」
「うん」
「好きなものを、って言ってたから蕎麦にした」
「え、かわい〜」
私のわりと適当アドバイスをきちんと聞いてくれていたらしい。なんとも轟くんって感じだ。でも、実際迷った時には結局好きなものだよね。轟くんは透のキャラメル詰め合わせを受け取ったらしい。ビックリ箱にしようか迷ったよ〜! って透が言ってたけど、ビックリ箱受け取る轟くんも若干見たさあったかもしれん。
「緩名のは、アレだろ。猫のやつ」
「そうそう、アイマスク」
「ああ、アイマスクなのかあれ」
「そだよん」
外し終わったオーナメントを、綺麗に箱に並べていく。壁の飾りはお茶子ちゃんや梅雨ちゃん、常闇くん達の高い所部隊がいるので任せてしまってもいいだろう。となると、後は食べ終わった食器類くらいかな。
「いいな、相澤先生」
「ん〜?」
飾りの箱には綺麗に蓋をして、紙類以外は確か返却だったはず。踏まないようにテーブルの上にでも避けておこう、と箱を持ち上げた瞬間、轟くんがポツリと呟いた。振り向くと、思ったよりも近くに轟くんがいて、のわっ、と驚いた声が出た。取り落としそうになった箱を、轟くんが支えて代わりに持ち上げた。肩にとす、と少し背中を曲げた轟くんの顎が乗る。
「俺も、緩名からのプレゼントが欲しい」
「お」
口をムの形にして、おスネ様モードだ。こういうところめちゃくちゃ末っ子でかわいいよね。相変わらず表情の変化が薄いところはあるけれど、それにしても感情表現が日に日に豊かになっていた。クスクスと笑っていたら、更にムムッとして、一番の友達だからな、と零す。なるほど。
「じゃあ、来年は交換しようよ、ふたりで」
「……ふたりで」
「うん。ほら、友達とプレゼント交換とか、たまにあるじゃん」
「そうなのか」
にっ、と笑うと、そういうものか、と轟くんが頷いた。まあね、来年の今頃もインターンのお給金で最高ウルトラハッピー状態だと思うので。プレゼント交換ってドキドキするし、ドンと来いって感じ。轟くんの情操教育のためにもね。
「じゃ、約束ね! 来年、私のはお蕎麦じゃないやつにしよ」
「ああ、わかった。……楽しみだな」
軽く指切りをすると、本当に楽しそうに、薄い唇がフ、と笑みの形を作った。それがかわいくて、肩に乗る頭をよしよしと犬のようにかき混ぜる。
「……イチャついてんの? アレ」
「そのつもりなくてもそう見えるよな」
イチャついてはないんだよ。ただ軽くバックハグ状態なので、そう見えるのも仕方ないだろう。あんまり油を売ってると響香にぶっすりいかれそうなので、後ろに回した手で轟くんのお尻をポンポンと叩いた。お片付け続行だ。卓上に散らかったお皿を重ねていく。
「あ、でも来年はさ、外でやるのもいいよね」
「アタシカラオケでもやりたいー!」
「ボーリングしてえ」
「わかる」
外でしたさもあるよね。といえば三奈や上鳴くん、切島くん達がノってきてくれた。すちゃらかわっしょい軍団、さすがっす。
「ダーツしたい」
「ウワ」
「ウワ」
「待ってなんでウワなの!?」
パーティーにダーツ、付き物でしょ。やるでしょ。って思うのに、三奈や瀬呂くんが口元を抑えてひそひそ話のフリをする。なんでやねん。
「ダーツやるやつチャラいよなー」
「偏見すぎん?」
「俺は分かるぜ緩名」
「いや上鳴くんに同意されるとあれなんよ。チャラいし」
「ひっでえ!」
「ってかアンタどうせすぐ挫折したでしょ」
「ハイ……」
確かに上鳴くんの部屋には使われてないダーツボードがあった、気がする。今度共有スペース下ろさせようかな。ダーツしたい。一回やると結構面白いんだよねえ。響香たちに多趣味即挫折を弄られてる上鳴くんを横目に見ていると、轟くんがそういうのもあるのか、と感心している。
「クリスマスって、いろいろあるんだな」
「いろいろ……んふふ、そーね、いろいろあるかも」
クリスマスへの感想が独特だ。きょとん、と目を丸くしているのもポイントが高い。
「あんま……っつーか全くしたことなかったからな」
「わあ、センシティブ」
かと思えば急にセンシティブワードぶっ込まれてしまった。轟くん、家庭環境特殊だからなあ。エンデヴァーさんがクリスマス優先してるとことか、想像付かないし。友達がいたことも、なかったみたいだし。
「緩名はあるのか?」
「ん? まあそりゃあそ〜よ」
クリスマスパーティー、前世も含めるとそれなりの回数をこなしているはずだ。中高生でもままあるし、大学とか社会人になるとお酒が入るからよけいに盛り上がっちゃうみたいなとこある。飲み会好きな人は好きだし。
「友達とか恋人とか」
「コイビト」
「恋人!?」
「ラバー!?」
「元だけどね」
恋バナ関係の三奈と透の地獄耳っぷり、ちょっと面白くなってきてるところある。それなりに離れた所にいるのに。そりゃあね、彼氏とかいたらまあ自然とそうなっちゃうよね。
「あとは家族、とか……」
前世の家族でした記憶も、朧気になってしまっているけれどある。……家族。そういえば、今世の家族とも、一度だけした記憶がある。いくつの時だったかは忘れてしまったけれど。クリスマスだからって敵には関係ないので、ヒーローの母親も、その事務所に務めていた父親も忙しそうにしていたけれど、奇跡的に一度だけ、したことがある。……母親、か。
「……緩名?」
「あえっ、……どした?」
「いや、おまえが……なんでもねえ」
「んん」
一瞬脳裏に過ぎった姿が、もはや人ならざる異型の影で、無意識に浅くため息を吐いた。ほんの一瞬、気が逸れてしまったの、バレちゃったかな。曖昧に笑うと、轟くんも同じように、少し下手くそに笑った。これお願い、と轟くんの両手に重ねたお皿を乗せる。バランスは取れているはずだけど、大丈夫かな。
「なあ」
「ん?」
「緩名も親父んとこ来んだろ」
「あ、うん」
インターンのことだろうか。多分そう。ぐいんと唐突に話題を変えてきたところが、轟くんらしい。さっき驚いた顔をしてたから、知らなかったんだろう。まあ知らされたの最近だし、私も世間話程度に三奈と響香としたくらいだし。
「緑谷と爆豪も誘おうと思うんだ」
「え、いいじゃん。誘お誘お」
「おお」
緑谷くんも爆豪くんも、まだ事務所を決めあぐねている様子だったし。二人ともわりと破天荒だから、並のインターン先では扱いが大変だろう。その点、エンデヴァーさんなら安心だ。長年の活躍も、現NO.1も伊達じゃない。あと人数多い方が楽しいし。遠足か? 多分轟くんは、私がいいじゃん、なんて言わなくても二人を誘う人だと思うけれど、私の同意を得たことにか、ほんのりとだけ嬉しそうに口角を上げた。あ、かわいい。撫で回したい。今両手が塞がってるから、後でムツゴロウさんになろうと思った。
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