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「遅くなった……もう始まってるか?」

 カチャ、と開いた扉の先には、先生とエリちゃんが。

「とりっくぉあ、とりとー……?」
「違う、混ざった」
「サンタのエリちゃん!」

 エリちゃんもサンタコスをしていて、めちゃくちゃキュートだ。食べたいくらい。ちっちゃい子のこういうコスプレ、和むよね。今度ラプンツェルしよ。

「おにわそと、おにわうち」
「あら、豆貰ったの?」
「うん。マイクせんせいに」
「へえ、素敵だねえ」
「素敵か……?」

 サンタ帽越しに柔らかい髪を一撫で。エリちゃんの後ろにいる先生から小さく疑問の声が上がった。素敵かは分からないけど素敵でしょ。押し通すよ。
 エリちゃんが頑張って描いたらしいイースターエッグを見せてくれた。めちゃくちゃかわいい。

「四月になったらこれも一緒にやろっか」
「うん!」
「私もやるやる」
「ヘー俺もやってみっかな」

 お茶子ちゃんと切島くんも参戦してきた。エリちゃんとやりたいことがいっぱい増えるね。あ、今度ノート買お。かわいいやつ。それに、やりたいことリストを書いていこう、と脳内のやりたいことリストにメモをした。



 三奈やお茶子ちゃん、子ども好きな面々がエリちゃんと過ごすので、クラスの中では一番一緒にいることの多い私は後方彼氏面で見守る。……後方保護者面かな?

「先生、ここどうぞ」
「ああ、悪いな」
「ん。なんか飲む?」
「そんな気ィ使わんでいい」

 はい、とグラスだけ手渡すと受け取った先生が、力の抜けた笑いを零す。あ、レア。かっこいい。ちょっとドキドキした。

「まあまあ、無礼講だしね? ご飯食べた?」
「まァ」

 まァ? 絶対ゼリーだ。わかるんだ、私くらいになると。天才だから。トポトポとシャンメリーを注ぎながら、じとっとした視線を先生に送る。

「言っとくけどゼリーはご飯じゃないからね」
「……食ってねェ」
「はい、先生セット一丁お願いしま〜す!」
「ああ、了解した」

 居酒屋アルバイターのように声を張ると、近くにいた障子くんが反応して、みんなが先生用にお皿に盛っていく。気を使わせたくなかったのだろう、先生は一瞬眉を顰めたけれど、すぐにふ、と力を抜いた。みんな先生のこと大好きだからなあ。そういう生徒ってかわいいよね。教師したことないから知らないけど。
 先生の前にミニテーブルが置かれ、軽食の盛り合わせが。……先生大丈夫かな、食べ切れるかな。まあ結構食べるし大丈夫か。飯田くんが盛り上がって再び乾杯する音頭に合わせて、軽くチン、と先生とグラスを合わせた。

「……おまえ、手慣れてんな」
「へえぁ? なにがぁ?」
「普通学生は乾杯でグラスを下げねェぞ」
「ん……ああ、おばあちゃんよく家で人招いて宴会するしてたからだよ。影響影響」

 あっぶな、そういえばそうなんだ。そうか、こういうのって社会人になってからか。確かに、学生時代って乾杯してもだいたい紙コップのような気がする。社会人経験って覆せないし、自分の目線じゃなかなか気付かないからたまにドキドキしちゃうよね。まあ、おばあちゃんの家でよく酒盛りしておられたのも嘘ではない。私は飲んでないよ。

「……おおらかだな、おまえの婆さんは」
「んふふ、そうね。おおらかだよ、だいぶ」

 たぶん、私も母も祖母も、全員良く言えば『おおらか』だと思う。おおらかって便利な言葉だよね、粗がある人だいたいおおらかって表現したら良く聞こえるんだもん。笑いながらクラッカーを口に放り込んだ。あ、チーズ美味。

「あ、お手拭きいる?」
「甲斐甲斐しいな」
「まあ、いい女なので」
「自分で言うなよ」

 先生の手がチキンの油に濡れていたのでお手ふきを渡すと、コツン、と額を小突かれた。実際いい女だから仕方ない。変わりにえい、と組んだ足の先で先生の脛をつついた。クリスマスだっていうのにね、真っ黒だ。……あ、そうだ。

「……オイ」
「猫サンタ〜! 先生猫好きだしちょうどいいじゃん。私百の作ってくれたのあるし」
「おまえね」

 羽織っていた猫サンタケープを先生の肩にそっ、とかける。目撃していた何人かが後ろで噴き出した音が聞こえた。いや、うん。似合わないというか、そもそもサイズ感があれで面白いことになってる。私は百からもらった、ボンボンのところがキラキラとラメ仕様になっている帽子を被った。

「せめてなんか羽織れ。峰田が喜ぶ」
「やだ、人を猥褻物みたいに」
「ほぼミッドナイトさんだぞおまえ」
「そこまでぇ?」

 実際さっきまで喜んでたし。手近にあった置いていたブランケットを、先生が私の肩にかけた。ケープ返さないあたり優しさだよねえ。ふふふ。

「なんっかあそこ……」
「な」
「そういう店みてェだな……」
「な〜」

 まあ、サンタコスなんてだいたいそういうお店用ドレスの通販で買うし、それっぽさはあるのかもしれない。先生行かなさそ〜。あ、明後日の演習場使用許可、心操くんも一緒でいいか聞いとかないと。忘れてた。ねえ、と呼びかけようとした瞬間に、透が「磨ちゃん〜!」と元気な声で名前を呼んできた。後でていいか。

「どしたんどしたん」
「見て! 見て! 私天才かも!」
「え、やば! あほじゃん!」

 果物とマシュマロを限界まで刺した串を、チョコフォンデュの機械に透が突っ込んでいた。アホだ。絶対重い。串を摘む指先がプルプルしてるもん。アホだ。

「うける、それどやって抜くの?」
「……あ!」
「チョコだばだばなるよ」
「忘れてた! 尾白くんー! お皿とって!」
「ましらおヨロ〜」

 近くで様子を見守っていた尾白くんにピースを向ける。なんのピースだよ、と切島くんに突っ込まれた。謎ピースだよ。

「ギャルってすぐピースするよな」
「え〜、ギャルじゃないよ私。ギャルの当たり判定広くない?」
「アレじゃん? どちらかというとそう的な」
「アンケートかよ」

 マシュマロをチョコで掬って……ん? 逆だな。チョコをマシュマロで掬って口の中に放り込んだ。透の果物串は一生プルプルしてる。受け皿の上に乗せればいいのに。これどうやって食べればいいと思う? と透が私を見つめてくる。見えないから多分だけど。

「箸で食え箸で」
「えー磨ちゃん趣がない」
「うっそ、チョコフォンデュの趣落第?」
「はい緩名留年確定〜」
「ガチ留年しそうな上鳴くんは黙ってくださ〜い」
「あ、クリスマスに俺傷付いた」
「アホじゃん」

 アコギを持って下ろしてきた響香が上鳴くんを鼻で笑った。それから、響香のギターが定番のクリスマスを奏でた。あ〜いい。めちゃくちゃパーティっぽい。

「歌うまあ」
「ね! 行ってくる!」
「てら〜」

 結局お箸で食べることにしたらしい。歌に混ざりに行った透を見送ると、サンタ服と帽子を三奈にヨロ! と押し付けられた。ああ、爆豪くんのか、これ。任された。
 爆豪くんの座る椅子へ近付くと、ウゲ、と顔を顰められた。失礼なやつだな!

「チョコフォンデュ食べる?」
「いらねェっつってもどうせ食わせてくんだろ」
「あたり〜。はい、あーん」

 差し出すと、文句も言わずに大きく開けた口でかぶりつく。餌付けだ。意外と甘い物もいけるタイプだもんね。

「ど?」
「チョコが少ねェわ」
「え〜、そっかな」

 それなりに浸したつもりだ。片側に。全面にチョコ浸すと重くなるからね。頬を膨らませてモグモグと咀嚼する爆豪くんの頭に、スキあり! とサンタ帽を被せた。眉間の皺がギュッと深くなる。

「そんなやだぁ?」
「……別に」
「んふ、じゃあお揃いしよーよ。ね」
「貸しイチな」
「げ、まじかあ。しゃあなしだよ〜」

 貸しになってしまった。まあいっか。大人しくなったし。爆豪くんの隣に座ると、砂藤くんがやって来て爆豪くんにチキンを差し出した。大人しく差し出されるまま爆豪くんがかぶりつく。

「かわい」
「わかる、凶暴な猫に懐かれた気分」
「ね」
「誰が猫だボケ」

 爆豪くんって多分私とか砂藤くんとか、寮内で料理を比較的する人に懐く傾向があるのかもしれない。後で緑谷くんに教えてあげよ。



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