164



 年明けからインターンを再開するらしい。しかも、希望制だったのが今度は全員。随分急だ。……またなんかあったのかな。耳だけは稼働してぼうっと教壇の先生を眺めていると、ぱちり、と目が合った。わあ、逸らせない。眼力猫より眼力あるよ、先生。

「以上。気を付けて帰れ。……緩名はちょっと来い」
「そんな気はしってった〜」
「ご機嫌だな」
「クリスマスだからねっ」

 目が合った瞬間からそんな気はしてた。踊り歌いながら先生に寄っていくと、轟くんに感嘆されたけれど、別にご機嫌なわけではない。無理にテンションを上げてるだけだ。クリスマスだから上げていかないと、寒さのせいでミノムシになる。気持ちから上げてこ。



「インターン、行ったるからな〜!」
「まだなんも言ってねェだろ」
「だってそういうお話でしょ?」

 職員室、の隣の応接室に着いて早々宣言をした。お呼び出しの理由なんて、思い当たることならこれくらいだ。あとはリカバリーガールのお手伝いとか。要件は早い方がいいじゃんね。適当に椅子に座って机に頬杖を付く。そのまま先生を見上げると、ふー、と息を吐いてから、机にもたれかかった。あ、お行儀悪いんだ〜。脚なっが。

「今回のインターンはちょっと事情が合ってな。ヒーロー科の生徒全員が対象だ」
「うん」
「が、」
「うん?」

 一度言葉を切った先生が、鋭い目で私を見た。そこに映るのは、心配や気遣い、それから……不安、とかだろうか。平時は黒い瞳が、一瞬揺れてさ迷った。私を通して、私じゃない誰かを見ているような。先生の過去になにがあったか私は知らないけれど、何か、あったんだろうな、ということは分かる。まあ、ヒーローなんて職に就いて全てが平穏無事です、みたいな人の方が少ないと思うけれど。……これ、全部私の思い違いだったらちょっと恥ずかしいな。

「あんなことが起こった後だ。まだ日も浅い。俺としても、学校としても緩名のインターンはあまり推奨しない。特例として、インターンの延期を認める」

 特例、か。私自身を一人の未成年として見れば、教育機関や大人として当たり前の対応でもあるし、以前までの、それこそ雄英に入りたてくらいの私なら、やった〜サボれるラッキー、でも一人だけ行かないの気まずくない? え、迷う〜ってお気楽な考え方をしていたんだろうなあ。意識が低いとまでは言わないけれど、痛いのもしんどいのもなるべく避けて通りたかったし。
 少しだけ視線を落とすと、机に乗った先生の手が見えた。擦り切れて硬くなった皮膚に、皮が捲れ、怪我を重ねて少し歪になった指。思考や行動は、育ってきた環境の影響がかなり大きい。こういう人のいる環境に放り込まれたら、人間、否が応にも思考が変わるもんだよねえ。

「でも、事情があるんでしょ?」

 生徒全員がインターンに行かなければならない事情が。敵の存在が危険性が日々増していっている今、ヒーロー志望と言えど未成年の育成をそこまで急く事情って、まあ、深く考えなくともなにかあるんだ、って分かってしまう。賢いので。

「もしさ、私が行きたくないって言ったら?」
「その時は全力で“上”に抗議する」
「んん、ふふふ」

 なんとも頼もしくてかっこいいお返事を貰った。ちょっと嬉しくなっちゃうよね、こういうの。ま、行くんだけど。出遅れるの、嫌だしね。みんなが経験を積む中で、一人だけ学校に籠ってたら焦燥感半端なさそう。

「さっきも言ったけどね」
「ああ」
「インターン、行くよ」
「……そうか」

 たぶん先生も、私の返答は概ね予想出来ていたんだろう。ささくれだった指先がピクリと跳ねた程度で、特に反発も説得もなく受け入れられた。あくまで、意思確認のためだったんだろう。

「で、だ」
「んあ、はい」
「悪いがその場合の緩名のインターン先については、こちらで決めさせてもらった」
「はぁい。エンデヴァーさんとこ?」
「ああ」

 まあ、だろうなと思った。インターン経験がある子はその事務所で、ない子は体育祭の指名の中から。私はエンデヴァーさんのところへも行ったことがあるし、大きい事務所には大きい事件が回ってくる分危険も伴うけれど、優れた人員が揃ってるから下手なところへ行くよりもかえって安全だ。学ぶこともたんまりあるだろうし。

「ちゃんと、強くなって帰ってくるから」
「ああ。みっちり扱いて来てもらえ」
「え、なんか言い方やらし……デッ!」

 バコン、と無言で後頭部をしばかれた。そこに愛は、あるんか。



「心操くんおっす〜」
「……」
「は? なんで無視すんの?」
「いや、踊りながら近付かれたら誰だってこうなるでしょ」
「うそ! A組はみんなスルーするもん」
「特殊な訓練受けてンの?」
「ウチらまじ最強クラスまんじ〜」
「……」

 また無視だ。今度は呆れた眼差し付き。やめて! そんな目で見ないで! 別にダメージはない。
 今日は一応終業式なので、四限まで授業があった。終業式の日に授業ある雄英、やっぱり普通じゃないよね。とはいえいつもよりは早い終わりなので、クリスマスだし! とお世話になった人に軽めのプレゼントを配っているのだ。暮れの元気なご挨拶。心操くんには一緒にかえろー、とメッセージをしたら待っててくれた。優男。まあプレゼント、って言っても、寮で砂藤くんの傍らで焼いたクッキーだけど。事前に人の手作り食べれるかのリサーチも欠かしてない。

「はい、あげる」
「え、……なに? 急に」
「心操くん手作りいけるって言ってたからね、クリスマスのクッキー! 女子高生らしいっしょ」
「女子高生らしいかは知らないけど」

 クリスマス定番のジンジャーマン。焼いたそばから共有スペースにいる誰かしらの腹の中に吸い込まれる哀れなクッキー達だ。ラッピングに分ける分を救出するのがちょっと大変だった。女子高生らしさを発揮したいな、と思ってクッキーを焼いたけれど、隣で砂藤くんがマカロンとメレンゲクッキーを量産していたのでただのお菓子会になった。シュガーマンのシュガータイムだ。放課後ティータイム。

「砂藤くんと私の手垢がこもってるよ」
「凄いイヤな言い方するな」
「んふ、うそうそ、私の手垢だけだって」
「手垢を止めない? 普通。……まァ、ありがと」

 透明のかわいいラッピング袋を淡いラベンダー色のマステで留めている。かわいい。ちょっと視線を逸らす心操くんもかわいい。照れてる。

「ね、見てこれ、ひとつ特別製なの」
「ああ、これ?」
「それ!」

 基本は普通のジンジャーマンだけど、一つだけ「ひとし」と描いてみた。

「なんかね、かわいいかなって思ったんだけど、あれっぽくなった」
「あれって?」
「地主神社の……なんか、水に浮かべるご祈祷とかの……人形の紙」
「ああ……」

 なんかね、形が良くないのかもしれない。チョコペン足りなくて描き込みがシンプルだから余計にそう見える。

「緩名が変なこと言うからそれに見えてきたんだけど」
「でしょ?」

 なんか既視感あるな、と正体を頭の中で探せば出てきちゃったのだ。人形祓いが。ウケる。ふふ、と笑いながら心操くんを見上げると、目尻も口元も優しく綻んでいて、慌てて目線を下ろした。なんか、想像していた表情と違ってちょっとびっくりしちゃった。心臓が少しだけ鼓動を刻むテンポを上げる。顔のいい男の緩んだ顔、ズルい。

「ぁ、あ〜、ん、最近どう?」
「なにその親戚のおじさんみたいなフリ」
「たしかに」

 思わずキョドって親戚のおじさんになってしまった。なんだそれ、と心操くんの低くて控えめな笑い声が耳に響く。……なんか、やけに楽しそうだ。

「まァ、絶好調とはいかないけど自分に出来る範囲で成長出来てる、とは思うよ。実戦で課題も見えてきたし……イレイザーにも、緩名にも付き合ってもらってるから」
「ん、」
「課題だらけだけどね」
「あは、それは私もだよ」

 真面目だ。課題が多いと言われれば、私だってそうだ。ひとつひとつ積み重ねていくしかないもんね。

「まあ、帰省までまだあるし、年内でもまだ付き合うからいつでも呼んでよ」
「有難く頼らせてもらう」
「うん! あ、A組の寮にもさ、またおいでよ」
「……まァ、機会があれば」
「あれ、乗り気ではない?」
「そうじゃないけど……敵多そうだし」
「てき?」

 ライバル的なやつ? なら、まあそうだろうなあ。私だってライバルだ。好敵手と書いて〜ってやつ。心操くん、馴れ合うつもりはないって言ってた気がするし。ストイックだ。

「あ、じゃあ明後日空いてる? 朝から体育館予約してるの」
「それ、俺が行っていいの」
「うん、大丈夫なはず」
「じゃあお邪魔させてもらう」
「ん、おっけ〜。後で詳細送るわ」
「ありがと」

 私としても、むしろ一人より相手がいた方がやりやすい。三奈か緑谷くんとか切島くん、尾白くんあたり誘おうかなと思っていたからちょうどいいや。人数多い方がいいし暇そうなの招集しよっかな。あ、B組に声掛けても楽しそうかも。なんて考えていたら、寮の立ち並ぶエリアまで近付いてきた。なんとなく自然と遠回りをしていたとはいえ、学校から寮までがそこまで遠いわけじゃない。友達と別れる時って名残惜しいよねえ。普通科とヒーロー科のエリアは違うので、ここでバイバイだ。

「んじゃあ明後日、」
「……緩名」
「ん?」
「これ」
「んえ?」

 向き直った心操くんに差し出されたのは、パステルピンクの小さな箱。チュールの白いリボンでラッピングされていて、箱の表には私もよく知るブランド名が書いていた。

「?」
「その……いろいろと世話になったから、その分」
「えー! ありがとう」
「ごめん、俺緩名の欲しい物あんま知らなくて、……迷惑だったら、」
「いやいやいや、嬉しい! ほんとうに、めっちゃ嬉しい」

 クリスマスプレゼントなんて、なに貰っても嬉しい。し、包装までかわいいんだから、嬉しくないはずがない。というか、私のあげたものが全然釣り合い取れてない気がする。気がするっていうかそう。

「むしろ私こそなんかごめん」
「いや、俺も……嬉しかったから」
「……う、あ、そっか。うん、そっか」
「……うん」

 向かい合ったまま、なんとなく言葉が途切れた。気まずい、とかじゃないんだけど、なんとなくこう、照れる。うん。なんとなくね。照れるよね。考えてること似てたからかなあ。へへ、と笑いをこぼして頬を掻くと、オッ! とデカい声が聞こえた。

「青春してんねェお二人さん!」

 デカい声の黄色い鶏冠のデカい男はそのままB組の寮に入って言って、心操くんと見つめ合う。なに今の。急な一般通過マイク先生に茶化された。腹立つ。でもいい感じに力が抜けたわ。ありがとうマイク先生。山田、タイキック。

「帰ろっか」
「そうだな」
「ふふ、じゃあ、また明後日」
「うん、また」

 ちっちゃく手を振ると、片手を上げた心操くんが向きを変えて、C組の寮へと歩き出した。
 小さなクリスマスプレゼントは、キラキラした、宝石みたいな入れ物の、リップバームだった。




PREVNEXT

- ナノ -