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「緑谷くんなににするか決めた?」
「ええっと、うん! 一応、なんだけど」

 先程まで、轟くんと爆豪くんが取材を受けていた共有スペースにて。爆豪くんは何回取材受けたらあの態度緩和されるかなあ。いつも怒鳴ってばっかではないし、意外と静かな面もあるのに。見てて面白いからあれはあれでいいけど。

「俺はまだだ。こういうの、どうすればいいのかわかんねぇ」
「俺もこういった催しは初めてだ! 轟くん、一緒に頑張ろう!」
「クリスマスのプレゼント交換にそこまで意気込むぅ?」
「あっ、僕もその、友達とやるのとかは初めてなんだ……!」

 プレゼント交換、ぼちぼち経験してきたけれど、なんとなく切なくなった。轟くんも緑谷くんも飯田くんも、高校でいい友達ができて心の底からよかったね。それこそが最高のプレゼントじゃん。……なに言ってんの? 私。隣に座る轟くんが、新しい試作のクッキーに手を伸ばしながら私を見た。

「緩名は決まったのか?」
「ん〜? んふふ、ま、ぼちぼちね」
「おまえこういうの得意そうだもんな」
「わりと得意かな? 普通普通」

 プレゼント選びに得手不得手があるのかはわからないけれど、まあ、高校生の予算設定なんて知れているので。良さげな候補はいくつかある。

「どう?」
「うまいぞ」
「ん、よかった」
「緩名さん、お菓子作りも得意なの凄いよね!」
「確かに緩名くんは比較的台所に立っている姿を見るな」
「まあ簡単なものだけどね。お菓子作りなら飯田くんも向いてると思うよ」
「む、そうなのか!?」

 料理はわりとアバウトでもいいけれど、お菓子作りって分量大事だし。飯田くんは細かい作業も面倒だからって端折ったりしないだろうし、向いていると思う。

「今度やってみる? ウチにはお菓子作りのプロいるし」
「そうだな……何事も経験は大事、プロのヒーローになるためには手広く経験を積んでいくことも役に立つかもしれない。緩名くんと砂藤くんには是非ご教授願いたい!」
「あはは、いいよ〜」

 俺かよ、とジャッカルのような砂藤くんのツッコミが遠くから飛んでくるけれど、君です。

「で、話戻るけど……プレゼントなんて、自分の好きなものでいいんだよ」
「そういうもんか」
「なるほど」
「そうそう、場合によることはあるけど、こういう時のなんて特にそう。価格も安めだし、物より正直、そういう楽しいことをしました〜、って想い出じゃない?」
「なるほど……!」

 流石だ緩名くん! と飯田くんが褒めてくれる。そうでしょう。人という字はなんか支え合って生きてるっぽいくらい良いこと言った。

「好きなもん、か」
「うん、好きなもの」
「好きなもの……」

 そう、考え込むように呟いた轟くんの双眸が、ジッ、と私を見た。なに。熱視線やめて。三奈の湧いてきちゃう予感がして、整った顔をてい、と押し退ける。緑谷くんが、あはは……、と苦く笑った。

「緑谷くんのはね〜、私、予想出来てるの」
「えっホント?」
「うん。クレバーでジーニアスだから」

 緑谷くん、絶対オールマイト関連でしょ。一応贈り主は伏せたプレゼント交換になっているので、周りには聞こえないように、轟くんの膝を跨いで、その隣に座っている緑谷くんに迫った。

「ヒッ!」
「ひってなに! 喧嘩売ってる?」
「いやっ、あああの、ちがいます……」

 肩を掴むと顔を赤くして悲鳴を上げられる。なんでそんなビビってる悲鳴なの? 美少女に迫られてるっぽい図なんだからもっと喜んでもろて。緑谷くんの耳に、手をそっと覆うように重ねた。こしょこしょ話のポーズだ。あはは、緑谷くんの心音うるさ。このくらいでもダメなんだ。

「オールマイト関連でしょ?」
「あっ、うん! そうなんだ……!」
「やっぱり」
「なんだ?」
「ふふ、当日までひみつー」

 ビンゴだ。轟くんにはひみつ、とぼかしておいたけれど、多分開封したら秒で分かるだろう。ドキドキ! 美少女緩名磨密着チャレンジとして緑谷くんの耳にふーっ、と弱く息を吹き込むと、キュウリに驚く猫みたいに飛び上がって、緩名さん!!! と怒られた。かわいい。

「楽しそうだな」
「緑谷くん反応一番いいからね」
「緩名! 緩名俺にも! 緩名さま! 緩名女王様!」

 緑谷くんとのやり取りを見て、ピョンピョンと存在をアピールするために跳ねている峰田くんはスルーして、轟くんの隣に再び腰を下ろす。またじい、っと見つめてくるから、なんとなく据わりの悪さを感じた。さっきと同様に手で顔を押し退けよう、とすると、その手を取られて、やんわりと下ろされてしまう。

「緩名、」

 顔の角度を少し傾けて、近付いてきた轟くんが、静かに私の名前を呼ぶ。近い距離にちょっとだけ動揺しながら、なに、と返すと、薄い唇が“う”の形をして、私の耳元へ消えていく。ふー、と熱い吐息が耳に吹き込まれて、反射的に耳を押さえ、仰け反った。な、な、なに!?

「!!!?」
「へえ。これ……すげえな」

 すげえな、じゃねえのよ。不純異性交友! 不純異性交友ゥ! と雄叫びに近いものを上げている峰田くんは置いておくとして、共有スペース内がざわつき始めているのになんて呑気な感想なんだ。私が誰かに、ならよくあることだけれど、轟くんが女子にこういうことをするのなんて、かなりレアだからそりゃあざわつきもする。びっくりしすぎて腰抜けそう。

「と……轟くん! 君たちの仲が良いのは知っているが、婦女子相手にしていい行為ではないだろう!?」

 飯田くんのぐう正論。それ。もっとやれ。

「? 緩名も緑谷にしてただろ」

 敗北。因果応報。弾丸論破。言い返せる要因がない。なので、こういう時は、話を別の方向へ逸らす。

「え〜ん緑谷くん、轟くんに意地悪された〜」

 緑谷くんの腕に引っ付くように後ろに隠れると、顔を赤くしながらも隠してくれる。私に意地悪されてんの自分なのに、こういうところ緑谷くんの優しさだ。反省。それから、耳フーにはまったのか執拗に私の耳を付け狙ってくる轟くんと、緑谷くんと飯田くんを盾に逃げ回る私の攻防戦は、先生が私と爆豪くんを呼びに来るまで続いた。



 ベストジーニストの行方不明。それが、学校の応接室まで呼び出された私達に告げられた内容だった。ジーニストは、数日を前に消息を絶っている、らしい。まだニュースにはなっていないけれど、隠し通せるものでもなく、隠し通すメリットとデメリットを取ったら、公表した方がいいんだろう。各所への確認や事情聴取が終われば、速やかに公表される手筈になっているようだ。
 私と爆豪くんは、つい最近、ジーニストから色々と受け取っている。クリスマスプレゼントと、仮免取得の祝いの品だ。爆豪くんには品も質もセンスもいいマフラーに、私はブランケット、それから、ジーニストがよくイメージモデルをしているブランドの、入手困難なクリスマスコフレ。キラキラと宝石箱のようなそれが嬉しかったのに、少しだけ寂しくなってしまう。袴田さんのばか。

「悪いな、呼び出して」
「ううん、大丈夫」

 直近でジーニストが自ら発送した物がそれだけだったらしく、事情を聞きたかったらしい聴取は本当にすぐに終わった。学生で、寮の中からほぼ出ない私たちが知っていることなんて、ほとんどないに等しい。先生はまだまだやることを抱えているみたいで、一応師、と呼べる存在が失踪した私たちを少しだけ気遣わしげにしながらも、気を付けて帰れよ、と送り出してくれた。

「爆豪」
「……ッス」

 先生と爆豪くんがアイコンタクトをして、小さく爆豪くんが顎を引いた。
 ハア、と息を吐き出すと、白く濁る。ああ、急いでいたからマフラー忘れちゃった。寒い。爆豪くんも私も、言葉もなく帰り道を歩く。とぼとぼ、という擬音は、こういう時に使うんだろうな。冷たくなった耳を、冷たい指で擦ると、摩擦で少しだけ温かった。

「寒ィんか」
「……うん。冬だからね」

 だってもう、12月だ。今までの人生で、いろいろ……本当に色々なことが起こった一年も、もう終わりに近付いている。けれど、入学早々から始まった一連の事件は、一向に止む気配もなく、むしろスピードを増している気がする。考えれば考えるほど、なんとなく胸騒ぎのするような嫌な予感が、胸の奥にへばりついて取れてくれない。……多分、今回のことも。何かしら、関わりがあるんだろう。嫌だな。焦げ付いたモヤモヤが気持ち悪くて、ハ、ともう一度浅く息を吐いた。

「……」

 もう暗くなった夕方、吹く風は冷たい。一度考え出すと、悪い方向にしか思考は進まなくて、考えないように、ただただ自分の足を見て、歩みを進めた。すると、ふと更に暗く影が落ちて、なに、と思うまもなく頭がごつんとぶつかった。痛。なんぞ、と顔を上げると、いつの間にかこっちを見ていた爆豪くんが、ぐるぐると自分のマフラーを私に巻き付けてくる。

「わ、あ。……どうしたの?」
「……寒ィんだろ」
「んあ、そりゃ寒いけど。すぐそこだし平気だよ」
「見てるこっちが寒ンだわ」

 きゅ、と顔前で器用にリボン結びにされたマフラー。髪と同じで、少しだけ色素の薄い鼻の先は薄赤く染まっていた。爆豪くんも寒いでしょ、とか、どうしたのらしくないね、とか、いろいろと。思うところはあるけれど、リボンにされたマフラーがかわいくて暖かいから。

「ありがとう」
「……おー」

 数歩、歩幅を大きくして隣に並ぶと、赤い瞳は私を向かない。
 冷たい指の先っぽが少しだけ触れ合って、密かに熱を分け合った。



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