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 指先から凍っていくような、首元から燃えて塵になっていくような感覚に、パチリと目を覚ました。……まただ。うーん、最近どうも夢見が悪い。まあ、トラウマがそんなすぐに完治したら医者もなにもいらないよね。ただ夢見が悪いだけで、そこまで弊害はないけれど。順応力に優れていると自負してるので、もう慣れてしまった。流石私、天才。

「あぇ」
「ア?」
「緩名か。おはよう」

 眠い目を擦りながら共有スペースに降りると、早朝だと言うのに離れた席に座って朝食を食べている爆豪くんと轟くんがいた。……ああ、仮免の補講だっけ。えー、朝はやすぎない?

「おぁよ〜」
「口回ってねぇな」
「挨拶も出来ンのかボケ」
「んー」

 爆豪くんだって挨拶しないじゃん。制服姿の肩にゴス、と正拳突きをしたら犬を払うようにシッシッ、と追い払われた。朝からひで〜。
 のんびり顔と歯を洗って戻ると、食べ終わった二人とも出立準備をしている。

「早いな、今日休みじゃねえのか」
「ん……んーん、なんか、早く起きて、二度寝しよって思って」
「……二度寝の為に早起きするのか?」
「生産性のカケラもねェな」
「気持ちいいんだもん」

 二度寝って最高だけど、特に冬の二度寝はいい。一時間くらいダラダラして、ちょっと身体が冷えた頃に毛布に包まって二度寝する。これ最高。

「ほら、冬はつとめてって言うじゃん」
「ああ、雪も降ってるしな」
「え、まじ? 寒いと思った」

 そうか、雪降ってるのか。ますます最高二度寝環境だ。紅茶でも飲もうかと戸棚を開くと、ココアパウダーがあった。見ると飲みたくなるよね。

「ココア飲む?」
「飲む」
「おー」

 鍋にココアパウダーをドバッと目分量で入れると、気になるのか轟くんがてちてちとやってきた。私の肩越しに鍋を覗きこんでいる。こういうところ、高校生の男の子で微笑ましくなるよね。反抗期よろしくソファでスマホ見ながら生返事な爆豪くんとは大違いだ。砂糖もドバッと入れて、牛乳を継ぎ足しながら混ぜて、中火にかける。あ〜、いい匂い。

「すげえ甘ェな」
「ね、匂いだけで血糖値爆上がってきた。……はい、轟くん」
「ありがとう」
「爆豪くん」
「おー」

 濾してマグカップに入れると、のそのそと爆豪くんもやってきた。おーしか言わないじゃん。起きてないのかな。はい、と渡すと、指先がちょこんと触れて、一度だけこっちを見る真っ赤な瞳。なんだろ。ん? と首を傾げると、特に反応もなく逸らされた。見ただけかい。
 マグカップを持ってソファに座ると、両隣りに二人が座った。席いっぱいあるのになんでわざわざ挟むように座るの? いいけど。いや若干狭。おしくらまんじゅうか。

「あっつ」
「そうか?」
「ハ、舌まで雑魚」
「ンだとぉ?」

 それなりにあつあつだ。あ、でもおいしい。糖分ガンギマリして寝起きの脳が喜んでる。ふああ、と欠伸をすると隣から隠せブス、とシンプルな悪口が飛んできたので再び殴っておいた。

「朝イチからこんな美少女拝めるの喜んだ方がいいよ」
「てめェのソレどっから湧きでてくンだよ」
「ここ、かな……」
「ダセェ」
「美味いなこれ」
「話聞いてなさすぎてびっくりしちゃった」

 左胸に手を当ててトントン、と拳で軽く叩くけれど、爆豪くんは呆れ、轟くんに至っては一ミリも聞いてなかった。私の一番になるために私の一言一句聞き逃さないでほしい。アリーナ〜!

「朝からテンション高えな」
「そう冷静に言われるとちょっと照れる」
「羞恥心あったんか」
「それくらいあるわーい」

 私にだって人並みにある。それくらい。多分。ふー、と息を吹きかけて少しだけ冷めたとろとろのココアを迎え入れた。朝に相応しいこっくりした甘さが口内に広がる。

「今日最終日なんだっけ」
「ああ」
「テスト、頑張ってね」
「ああ、頑張ってくる」
「ハン、言われんでもやったるわ」
「ふん、減らず口を……」
「どこの雑魚敵だよ」

 最近この噛ませ敵ロールプレイちょっと流行ってんだよね。私の中で。あ、またあくびでそう。やっぱ眠いわ。甘いもの飲んだからかな? 今度は爆豪くんに馬鹿にされないように、手で口元を覆った。

「ふぁあ」
「オイボケ」
「ん、も〜、なに?」
「なに、じゃねェ! なに勝手に人の手使っとンだ!」
「そこに手があったので……ぁいたあ!」
「てんめェは朝からっとに人の事舐め腐りやがって……!」

 ちゃんと言われた通りに隠したのに。爆豪くんの手で。いや、でも誤解だ。別に朝だからってわけでもない。わかってないなあ、と人差し指を立てて顔の前で振ってみた。

「チッチッチ、朝からじゃなくてひねもす舐めてるよ」
「もっと悪いわボケァ!」
「いた! ……轟くーん! 爆豪くんがたたく! 朝から!」
「そりゃダメだな。爆豪、やめてやれ」
「命令すンな!」

 爆豪くん、朝からめっちゃ元気だな。この分だと補講もバッチリだろう。ま、元から心配はしていない。轟くんと二、三言い合いをした爆豪くんが、イライラした様子を隠しもせずに、チィッ! と舌が取れるんじゃないかと言わんばかりの音を立てて舌打ちをした。……仮免の補講、それなりに長いけど、やっぱりこの二人反りが合わないんだろうか。くあ、とまたあくびが漏れた。うん、眠い。二人もそろそろ出発だろうし、私ももっかい寝よう。出来れば次は、昼くらいまで目覚めないといいなあ。

「眠いのか?」
「うん……」
「そうか。俺達ももう出るから、ちゃんと暖かくして寝ろよ」
「うん……ふふふ、轟くん、お母さんみたいじゃん」
「そうか?」
「ん」

 目は擦んな、と目に触れようとした手首を取られて、膝の上に戻される。眠くなると目を擦りたくなるの、なんでなんだろうね。温かいものを飲んだからか、身体は結構ポカポカしてきている。数度瞬きをすると目の縁に濡れた感覚がするので、確実に今布団に入ったら寝れるわ。立ち上がって、飲み終わった自分のマグカップを取ろうと手を伸ばすと、隣から伸びてきた手にまた手首を掴まれた。でも、今度は轟くんじゃなくて。

「どしたの?」
「……」
「爆豪くん? うえ、」

 手首から降りてきた手が、私の手に触れる。するりと這わされた、爆破の衝撃に耐えるため、人よりも分厚い手の感触。温かくて、固い手のひらが私の指先を包んだ。なになになに。急になに。確かに爆豪くんは結構スキンシップ多いけど、こういうのは初めてだ。……たぶん。にしても爆豪くん手燃えるように熱いな。個性がらかな? 疑問符を浮かべたままでいると、そのままぎゅっ、ぎゅ、と何度か握って、満足したらしく鼻を鳴らす。最後に一度、親指が優しく手の甲を撫でて離れていった手は、私と自分の分のマグカップを取った。

「あ、片付けて、」
「さっさと寝てろブス」
「……ハ〜!?」

 ブスじゃないが? 一緒に片付けてくれるんだ〜、って和みそうになったところに落とされた暴言。流石にオコです。でも爆豪くんはそれ以上なにも言わなくて、轟くんの方を見てもなんだろうな、と呑気な返事。なに? 私の手握りたかったのかなあ。……なんで? 考えれば考えるほど疑問だ。キッチンからは軽く流水音がして、まあいいか、と浮かんだ疑問は宙に放った。それから、コンコン、とノックの音がして、先生が顔を覗かせる。私の顔を見て、少しだけ驚いたような顔をする。みんな私の早起きに対して反応酷くない?

「……緩名もいたのか」
「おはよお、おやすみ」
「寝るのか」
「うん、二度寝するの」
「そうか。……ちゃんと寝ろよ」
「? うん」

 言われなくてもいっぱい寝る。寝る子は育つので。目指せオールマイト……は無理そうだから、エンデヴァーさん越えだ。

「あぇ」

 どうせならお見送りに、と出ようとすると、首根っこを引かれて、ソファへ逆戻りした。見上げると爆豪くん。なによ。

「寝ろっつってンだろ」
「む、言われなくても」
「じゃあ、行ってくるな」
「ん、いってらっしゃ〜い。……爆豪くんも」
「ン」

 さっきは私の手を撫でた手が今度は頭を撫でて、寝癖、と鼻で笑った。バタン、と扉の閉まる音がする。……今日の爆豪くん、なに?



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