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「お」
「緩名さんが立った」
「ああ」
「そして捕まったな!」

 よ、と轟くんから立ち上がって気絶している百の方へ行こうとすると、ひょいと首根っこを先生に掴まれた。比喩でなく襟元を捕まえられている。子猫か? 私は。クララです。でい゙ね゙ん゙ぴ゙ー!

「おまえは治るまで個性使用禁止」
「べ」
「担任に舌を出すな、引っこ抜くぞ」

 このロッテンマイヤーさんこわくない!? 除籍されないだけマシ。個性の使用禁止、いささか過保護過ぎない? とは思うものの、言い渡されては仕方ないので大人しくする。

「被害がえげつないですね」
「ヒーロー科の訓練とはこういうもんだ」

 たしかに、攻撃力高い個性ぶっぱすると壊滅状態になることが稀にある。まあ倒壊は抑えなきゃダメだから普段は基本的に建物の被害少なくする方向だけど、今回は初めての合同訓練、それも試合形式ということでみんな張り切ってるんだろう。流石に壊しすぎたということで、一佳と吹出くんが注意を受けていた。それからステージを移動するらしい。キノコまだまだ生えっぱだしね。思い出したらゾワゾワしてきた。
 第三試合まで、少しインターバルを挟むようだ。私も気になる人に絡みに行こっかな。B組、気になる人いっぱいいるもん。キョンシーのお札は絶対に「やってる?」って捲らないといけない決まりがあるので。うーん、でも。やっぱり今はこっちかな、と轟くんの元へ戻った。次の試合組だから、作戦会議をしている。邪魔にならないように、膝の上にうつ伏せに寝転がった。

「お」
「戻ってきたな」
「緩名くん! それは流石に轟くんに迷惑だろう」
「フン」
「いい、大丈夫だ飯田」
「いいんだ……」

 いいんだ……。またしても尾白くんと被った。轟くん、許容範囲広くない? 朝狭かったのに。右膝の上に頬杖を付いて、少しだけ身体を捻って見上げると、いつも通りの無表情、ではあるんだけど、轟くんがなんとなくこう、ニヤケているような気がする。え? にやけてない? 気のせい? この状況で? なにわろてんねん。そりゃ峰田くんとかは血涙を流してこっちを見てるけどさあ。先生の眼光もまあまあ鋭いけどさあ。

「あいつらって付き合ってんのか……?」
「いや、今逆に気まずくなってるんだよなー」
「あれで!?」
「緩名って距離近ェよなあ……」
「A組いいなァ……」

 なんか羨ましがられてるし。そう、私は轟くんで荼毘……をフラバして、昨夜以降こう、気まずさマシマシボタン掛け違い状態みたいな感じなんだけど、私がオラオラなのと轟くんの雰囲気がなんか朝より柔らかく? なっているのとで、よくわからないことになっている次第だ。まじでわからんね。対人において、わからないことは考えても仕方ないので、直接きいちゃうことにする。なんで?

「なんで、な……いや、悪ィ。悪いとは思うんだが、緩名が必死なのがかわいくて」
「……ん!?」
「え、やっぱ付き合ってんの……?」
「いや轟のアレは天然なんだって」

 ヒソヒソと耳に届くB組の男の子や上鳴くん達の声もスルーだ。え!? てなるじゃん、こんなの。悪ィ、と思ってなさそうに口元を腕で抑える轟くん。抑えてはいるものの、ハッキリと、口角が上がっているのが丸見えだ。エ!? あんな気まずかったのに!? ふ、と珍しく笑い声まで聞こえてきて、目を丸くする。ええ、本気の笑いじゃん。

「ああ、悪い、そうだよな。気にするよな、緩名は」
「……?」
「朝のも、そんなつもりじゃなかったんだが……難しいな」
「?」

 やばい、轟くんのことがわかんない。ゆっくりと身を起こして、ぺたんと地面の上に、轟くんと対面するように座った。つまりどういうことだってばよ。緩名、と名前を呼ばれて混乱している頭を上げると、今度はしっかりと、轟くんと目が合った。今朝は触れてこなかった指先が、跳ねていたらしい私の前髪をそっと掬う。

「おまえ、まだ治ってねェだろ?」
「ん」

 それはまあそう。昨日の今日だし。でも、外傷もそうだけど、私が轟くんに付けてしまったかもしれない心の傷も、手当するなら早い方がいいじゃん。

「気にしてンだろうなってのはわかってたんだ。……俺が近付くと、緩名は余計気になるだろ」

 そうかな、そうかもしれない。そうかな? 自分の内面って、見えているようで見えていないこともあるから、あんまりわからん。

「俺も、緩名と話せねェのも、この先気まずいままなのもいやだ。……けど、喋れねェ状態で向き合ったって、難しいだろ、そういうの」

 それはそうかもしれない。筆談、もしくはスマホに打ち込むしか出来ないんだもん。声色がないと、同じ言葉でも違って聞こえることもあるし。

「だから、話せるようになってから、話そう」
「……ん」
「……避けて悪かった」
「……ん」

 轟くんは、つまり、ちゃんと対話が出来ない時にボタンをかけ直すのは難しいから、私が治るのを待ってくれてる、ってことか。避けられてるのは避けられてたらしいけど、謝らせてもくれないわけではなかったようだ。うん、うーん、一安心、なんだろうか。和解と言うほど解決には至ってないけれど、あとは私の回復待ちだ。とにかく、今朝みたいな距離の遠さは感じなくていいらしい。良かったー! 勝訴、って紙持って走り出したい気分。髪から滑り降りてきた轟くんの手が、私の頬に触れる。

「……やっぱ付き合ってんじゃねェの?」
「やばい、俺もそう思ってきたわ」

 流されないで。頑張れ負けるなチャージズマ。

「早く、良くなってくれ」
「ん」

 目尻を親指が控えめに撫でて、すぐに離れた体温。名残惜しい気もするけど、目を細めて私を見る轟くんの姿に、安堵で力が抜けてきた。あと、なぞに羞恥が湧いてきた。それなりに人生経験があったはずなのに、大人気ないどころか駄々っ子幼児みたいなことを素でやっちゃったもん。あ、恥ずい。かなりハズイはこれ。石になりたい。その場にうずくまって、顔を隠して丸くなる。多分顔が赤いので、今見られたくない。ガチ照れはマジで無理。羞恥。

「あ、丸くなった」
「……具合が悪いのか?」
「んーん」

 私は石、と書いてボードを立てかけて置く。

「石?」
「大丈夫か? 緩名くん」
「ん」

 私は石。路傍の石。気にしないでくれ。そう思っていたのに、なにやらザッザッ、と足音が近付いてくる。やだもー、誰。

「きゅ」
「爆豪くん! 流石にその持ち方はあんまりだろう!」
「っぜェクソメガネ!」

 お腹の下に腕……篭手? が回されて、爆豪くんの小脇に抱えられる。ナンデー。お腹が凄い手榴弾型の篭手に圧迫されている。く、苦しい……。飯田くんの注意もなんのその、我が道を行くかっちゃんは私を抱えたままどこかへ進んでいく。どこ行くん。

「オイ」
「わ! っちゃん、緩名さん!? びっくりした!」
「ぁい」
「ば、爆豪少年、緩名少女がチョット苦しそうだ」
「ァア!?」

 篭手に圧迫されてるからね。あと数分このままだったら吐いてた。チッ、と舌打ちが響いて、地面に下ろされる。投げられるのかと思えば普通に丁寧に下ろされるから、こういうとこなんだよなあ、爆豪くん。んん、と縮こまっていた身体を伸ばしていたら、爆豪くんが緑谷くんとオールマイトにブチギレていた。バンバンコソコソしていたらしい。蜜月〜。この二人、わりとまじで隠す気ないよね。そら爆豪くんもキレる。

「何かあったんか。ワン・フォー・オール」

 爆豪くんの言葉に、私も首を傾げる。数日雄英を離れていたから知らないのだ。どうも、暴発させてしまったらしいけれど。個性の暴発かあ。稀によく聞くやつだ。攻撃性の低い個性ならまだしも、OFAだとシャレにならなそうだね。

「いつンなったらモノにすんだ? あ?」
「あ?」
「真似すンな引っ込んでろ」
「いぇん」

 爆豪くんと並んで同じように緑谷くんに凄むと、パチンと軽くデコピンされた。痛い。爆豪くんが連れてきたのに。いい音鳴るんだ、これが。ひぃん、とオールマイトに泣き付くと、苦笑いしながら僅かに熱を持つ額を撫でてくれる。
 緑谷くんに啖呵を切る爆豪くん、わかりにくいけどこれも爆豪くんなりの激励なんだろう。激励……とはちょっと違う気もするけど、まあ良い方に捉えとこ。で、私をこの話し合いに連行したのも、多分後から知ったら私が拗ねるだろうから、っていう気遣いもあると思うんだよね。爆豪くん、優じゃんね。怒鳴ってるけど。

「緩名少女」
「ん?」

 名前を呼ばれて顔を上げると、私に合わせて少し屈んだオールマイト。それでもまだ大分高いところに顔があるけど。

「身体の調子はどうだい?」
「ん〜……」

 まあまあ。ぼちぼち。それを表すように、手のひらを水平にして横に振る。最高、とは言い難いもの。そうか、とオールマイトの眉尻が少し下がった。まあ、BADではないからいいでしょ。

「あまり無茶をしないようにね」
「フッ」

 オールマイトに言われるとなかなか説得力がなくてちょっと面白いな。心配されてるのはわかるけど、オールマイトなんだもん。少し困らせてやろうと、じゃあだっこして、と走り書きして飛び付くと難なく受け止められる。こういうとこ、細くなってもオールマイトだ。

「あ、ああ〜いいのかな……あ、待って緩名少女、相澤くんが見てる、超見てる」
「ふふ」
「なにしてンだ脳みそゆるふわ女」
「ハハハ……」

 爆豪くんの罵倒と緑谷くんの苦笑いが響く。オールマイトで遊ぶな、と寄ってきた先生に怒られた。フン。



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