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 久しぶりの授業は、ずっと発動してる個性のせいで眠さが少し増したけれど、特にこれということもなくつつがなく終わった。お昼休みまでなのに、なんかいつもより体力消費が激しい気はする。それよりも、クラス外の人からの視線がうざい。普段からわりと注目されることには慣れてはいるけど、全国テレビで放送されたトップヒーローと大注目の敵連合との戦いの真っ只中に死にかけの姿が映っていたからその比ではないくらい見られる。しかも遠巻きに。そりゃ声はかけにくいよね。でもなーんか、なーんか種類が違うのが混ざってる気がする。主に女の子から。なんなんだろう。まあ話しかけられない限り話さない、そもそも今話せないので、そんなこともあるよね〜と流しておく。
 お昼はリカバリーガールのとこへ行って、検診や薬塗って包帯巻き直したりだ。朝もしたけど、治るスピードが早いので定期検診のスピードも早い。早く治るのはいいこと、ラッキー。それから午後の演習のことで職員室に呼ばれているので、少し早いけどレトルトのお粥と使い捨てのお皿とスプーン、ぽん酢とタッパーを持って入った。

「よ、緩名。イレイザーか?」
「ん!」
「なに……お粥ゥ? ああ、電子レンジか」

 食堂にもあるけど、職員室にもあるしそっちの方が空いてる。どうせ先生に呼ばれてるしここで食べてもいいよね? ソファあるし。百が作ってくれた丈夫な紐で首から下げているお絵描きボードにそう書くと、まァいいぜ! と許可が出た。パックのままチンして、お皿に移して食べる。うん、美味しいけど薄い。ぽん酢うま。

「……俺、数年教師やってるけど職員室でレトルトチンして食い出す生徒初めてかもしんねェ」
「奇遇ね、私もよ」
「調味料まで持参する生徒はなかなかですね」
「……緩名、呼んだのは俺だがそれでいいのか、おまえ」

 珍獣扱いされてない? 不服。異議申し上げ奉りそうろう〜。飲み物はお水を持ってきたけどお湯も欲しいな。コーヒーを入れているセメントス先生をジッと見つめると、意図に気付いたらしい先生が使うかい? とポットを開けてくれた。やったね。あ、でもマグカップないわ。ギブミーマグカップ、と掲げてみた。エンディングのタマみたいに踊っとこ。

「マグカップの要求までしてきたぞアイツ」
「肝が据わっててイイわ〜」
「僕のグッズでよければ使いますか?」
「13号、こいつをあまり甘やかすな」

 やった、13号先生のグッズゲット。プラネタリウムコラボの非売品らしい。しかも新品。しかもいくつかあるので持って行っていいですよ、と貰った。やったあ〜自慢しよ。職員室、実際に売り出されてるものや非売品に限らず、いろいろとプロヒーローのグッズがあっていい。豊富。

「せんせい、は、グッズ、ないの? だってよ、イレイザー」
「相澤くんはメディア嫌いだものね〜」
「個性や活躍する方面によっても結構違いますよね」
「俺は献血コラボが稀にあるな」
「あー」

 ブラド先生、血だもんね。マイク先生はラジオもしてるし、音響関係のグッズも多いみたいだ。13号先生は宇宙関連。ロマンチックで素敵。少し離れたところから若干私の素行に目を光らせているハウンドドッグ先生は、やっぱりわんちゃん系なのかな? それから、ミッドナイト先生。本人需要も高いので、クリアファイル、アクキー、アクスタやホテルキーとかまで。鞭やメガネもコラボアイテムとしてあるらしい。はへえ、すごい。あとミッドナイト先生といえば18禁ヒーローだ。その名を冠する物も、多分きっとあるんだろうなあ。パロディ……とか、まああるんだろう、きっと。本人グッズではないけど。

「緩名」
「Heyリスナー、それ以上はノーノーだぜ」
「!」

 なんにも言ってないしもちろん書いてもないのに、注意するように名前を呼ばれた。なんで分かったの?

「顔を見たらわかる」

 驚いた顔をすると、先生が不満げに答えた。やん、愛じゃん。これってディスティニー? たぶんこれもだいたい察されたみたいで、先生が少しイラッとした顔をした。どうどう、落ち着いて。猫ちゃんあげるから。そっ、と先生のデスクの上に小さな人形を置く。かわいい。

「……なんだこれは」
「ブッ」
「あら、かわいいじゃない」

 某バニアほしぞらネコの赤ちゃん、イレイザーヘッドスタイルだ。イレイザーキャット。えりちゃんにあげよ、と思って着せ替え作ってたんだけど、一緒に作った方がいいかと思って持て余してたのだ。チャコール猫のパパと迷ったけど、ちいこければちいこいほどかわいい。もぐらの赤ちゃんでもあり。部屋に置いていてもいいけど、せっかくだし先生にあげることにしよ。

「え、衣装自作なんですか? すごい」
「ヘェ、器用に作んなァ」
「最近女生徒の間で流行ってますよね」
「流行ってんのか」
「私も普通科の子が持ってるのたまに見かけるわ」

 リバイバルブームだからね。とはいえ、先生の衣装めちゃくちゃ簡単だ。真っ黒だし。先生のはツナギじゃなくてセパレートだけど、バニアの方はツナギだし。ゴーグルは市販の物に軽く色を塗ってプラモ用の部品をくっつけたら出来た。ゾンアマにはなんでもある。まじまじと先生がちいこ命を手に取って眺めていた。絵面がかわいくてウケる。「あげる」と書くと、ええ、みたいな顔をした。基本的に私は引かないことを知ってるので、受け取ってはくれるはずだ。目力鬼つよガンリキ猫先輩よりはキュートだと思うんだけど。

「学業に関係ない物を学校に持ってきてはいけません」

 ハァ、とため息を一つ。ヘビー級の恋は見事に角砂糖と一緒に溶けそう。それから、めちゃくちゃ教師っぽい説教をされた。いやいや、心の安寧を保つためだから、ある意味学業にも必要だよ。

「……まァ、あんがとね」

 気に入ってくれたっぽい。やったね。



「失礼します」
「ああ、来たか」

 コンコン、とノックの音がして、心操くんが入ってくる。のろのろとお粥を食べながら手を振れば、ぎょっとした顔をされた。ギョギョ。

「何してんの、緩名」

 え? ご飯食べてる。もうぬるくなったお粥とぬるくなりすぎたお湯と。あと薬。

「そいつのやることに疑問を抱いても無駄だ、放っとけ」
「はい」

 はい、で流された。え〜んドヒドイデ。仕方ないのであと少しの食事を進めることにする。まだ本調子ではないので、とにかく食べるのが遅いのだ。食べながら、先生が心操くんに演習内容の説明をしているのを眺めた。演習の舞台は運動場γ。入り組んだ場所なのでヒーロー科は救助訓練とかレースとかで使うことが多いけど、普通科の心操くんは初めてだと思う。心操くんはコス作ってないからジャージらしい。先生たちも用意とかいろいろとあるので、着替え終わった心操くんの案内が私の役目だ。あと授業内容への講評レポートも出さなきゃみたいで、ん、とレポート用紙を貰った。レポート苦手〜。
 食べ終わった容器をビニールで纏めてゴミ箱へ。立ち上がってタッパーを開き、職員室の水道で中身を軽く濯いだ。タッパーの中身はいちごだ。秋だけど。プレゼントばいホークス。なんか博多弁っぽくなったね。

「まァ、後は分からないことがあったら緩名に聞け」
「はい」

 ん、呼ばれた。まかせろ! とフリップで主張していく。心操くんは私をジッと見下ろして、なんとも言えない顔をした。なん、なんの表情? いちご食べる?

「……大丈夫なの」

 タッパーを差し出そうとすると、心操くんがポツリ、呟いた。一応メッセージには返信していたけど、事件後会うのは初めてだもんなあ。帰ってきたのそもそも昨日だしな。げんき、と返すと、そう、とだけ。沈黙。……ヒーローとか、怖くなっちゃったかな。うーん、そうだとしたら、申し訳ないような気もする。率直にこわい? と聞くと、そうじゃなくて、と心操くんが首を振った。

「元気そうで、まァ……安心した」
「ん!」

 そっか。まあそりゃあ、ヒーローとか関係なく友達が死にそうだったら動揺するよね。誰だってそーする。私もそーする。死にかけてた人間が元気に職員室でいちご食べてたらそりゃ引く。いや引かないで。いたいけな青少年に消えないトラウマを植え付けたかと思ってちょっと怖くなったけど、一安心だ。うん。先生にタッパーを差し出すと、一瞥して一つだけいちごを摘んでいった。この人全然ビタミン取らないから、エリちゃんと一緒に食育することがたまにある。その成果である。

「本当にいつも通りだな」
「んふ」

 そうでしょ。心操くんもひとつどうぞ、とジェスチャーすると、少し考えてからありがとうと摘んだ。

「果物久しぶりに食べるかも」

 まじ? 男の人ってたしかにあんまり食べないかもしれない。うちにはお菓子作りのプロがいるし果物なんだかんだたくさんあるのでよく食べるけど……。ホークスにもらった、と書くと、ああ、と納得された。

「付き合ってるんだっけ」
「……え゙!? ぅげほっ、こほっ、ぇ!?」

 ホークスと!? 寝耳に水なんだけど。何言われたか一瞬理解できなかった。鼻からいちごのつぶつぶ出るかと思った、ビビる。え、なぜそんな……なんで? 一緒にいるところなんて、死にかけ抱えられてるくらいしかテレビとかでは写ってなかったはずだけど。思わず声を上げてしまったせいで大袈裟に噎せる背中を、心操くんが摩ってくれた。

「やっぱデマだったか」
「……そんな噂になってんのか」
「他の学年は分からないんですけど、普通科ではまあ、それなりに」

 なんか先生も知ってるっぽいんだけどマジで何。なんで? 出処どこ。ウィキは出典に認めないからな。ていうか、今日一日の女の子達からの謎の視線はそれか。なんで教えてくれなかったん、と先生をじろりと見ると目を逸らされた。

「緩名が知らなかったことの方が驚いたけど」

 これ、と心操くんに見せられたのは、SNS、そこそこ大きなニュースサイトに速すぎる男、熱愛発覚!? なんて謳い文句で載せられている、ホークスと手を繋ぐ女の姿。女の方、一応目線は入ってるけど、うん……これはバッチリ私だな。見る人が見ればわかるだろう。こんな時ばかりは整って転生したことが憎い。背景は駅……ああ、帰ってくる前お土産屋さん物色してたから……。いや、まさか撮られてるとは思わなかったけど、なるほど。はー、なるほどねえ。昨日は早々に寝ちゃって、今日もなんだかんだとしてたからスマホ自体全然見てなかったから全然知らなかった。いや、迂闊だったな。ヒーローが身近になっていたけど、そういえばこの世界のヒーローは芸能人みたいな人気あるもんなあ。ホークスなんて、若い強いかっこいい愛嬌ある、なんだからそりゃ人気に決まってる。完全にやらかした。同時に、朝の先生のホークスへのやや過剰な警戒も頷けた。完全なるデマではあるけど未成年との熱愛すっぱ抜かれる成人なんて警戒するよね。先生達もデマだって理解はしてるだろうから、朝のちょっとの糾弾で済んだんだろうけど。ホークスの方にはなんか行ってるかもしれない。半ば自業自得なとこあるから丸投げしちゃお。サイドキックの人達には謝りたい。

「ごめん、言わない方がよかった」

 心操くんが気まずそうにそう言うけど、遅かれ早かれ知ることだろうし、むしろ今のうちに教えてくれてありがとうだ。感謝。謝謝。ニイハオ。

「まァ、そんなわけだから必要以上にホークスに近付くなよ」

 了解であります。



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