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「あ、轟。おはよ」
「ああ、おはよう」

 来た。制服に着替えたりなんだりして、共有スペースでお土産を物色しながら待っていた人が、いつもよりも遅い時間に降りてきた。拗れる前に終わらせるに限る。っていうか私がいやだ。立ち上がって半ば小走りでぴゅん、と距離を詰めたら、後ろからあ、磨……、と響香の呼び止めたそうな声。ごめん、後にして。

「お」

 轟くんの目の前で止まると、内斜視気味の目を少し見開く。内斜視の人ってめちゃくちゃ美形多いよね、なんなんだろ。おはよう、と少しだけ綻ばせた顔で挨拶をしてくる轟くん。普通だ。普通では、あるんだけど。

「……緩名、俺は大丈夫だ。わかってる」

 昨日の私の反応は、いくらこう……トラウマ的なものを刺激されたにしても、轟くんにはなんの罪もない、一方的に怯えられた被害者だ。聞きかじった程度だけど、彼の過去も勘定すると、あまりにも私は大人としてダメだったんじゃないかと反省した。喋れないんだけども話をしたくて、轟くんの腕を掴むと、やんわりと離された。掴んだ腕もだけど、距離も。精神的なやつ。大丈夫だ、って言うけど。大丈夫、なんだろうけど。なにこれ、謝りたいって思うのも一方的な押し付けなんだろうか。いや、そう。謝罪なんてものは、大概一方的なものだ。そうなんだけどさあ。

「早く良くなるといいな」

 そう言って、緑谷くん達の元へ行ってしまった。別に、普段とそこまで変わりがない、違和感がないと言えばそうかもしれないんだけど、何かがやっぱり違う。あーあ、と響香といつのまに観客に加わったのか三奈、お茶子ちゃんまで首を振られた。悔しい。



「緩名、起きてるか……なんだその顔」
「あ、先生ーおはようございます!」
「はいおはよう。さっさと準備して登校しろよ」
「はーい!」

 みんなに慰められてぶすっ、と不貞腐れていたら、寮に顔を出した先生に呼ばれる。そういえばなんか朝来るって言ってたような気がする。言ってたな。てってこ向かって一旦寮の外へ。登校してからじゃだめなのかな、と思うけど、合理主義の先生がやることなんだから登校前に確認しておいた方がいいんだろう。

「身体の調子は?」

 ぼちぼち。声は明日か明後日くらい、火傷痕も多分それくらい。熱も多分もう出ない、と思う。身体の回復に割く個性の具合によるけど。一つ一つ尋ねられることにボードに書いて伝えると、概ね納得されたらしい。眼前に差し出された先生の手が、熱を確かめるためか急に額に触れて、思わず肩が跳ねる。びっくりした。見上げると、ほんの一瞬だけ、先生が驚いた顔をしていた。

「……悪い、軽率だった」

 ふるふると首を振る。本当に、ただ驚いただけだ。普段の私が誰にでも比較的スキンシップ多いから、それに慣れてる先生は驚いただろうなあ。これはトラウマとか、そういうのじゃなくて。多分、きっと。時間が経てば、慣れれば大丈夫になるはずだから大丈夫だ。大丈夫!!!! と伝えるけれど、先生の表情は渋いままだ。

「一応、カウンセリングも用意してある」

 包み隠さず言うなあ。先生らしいけど。受けるか、と言う問いに、またふるふると頭を振った。どっちかって言うと強いのは痛みの記憶だ。……正直、お母さんが脳無に、って言うの、まあショックと言えばショックだけども、あの痛みでメンタルまでベコベコに叩きおられた時にはショックだったけども! 全くのノーダメ、ってわけじゃないけど、私の中でほとんど過去になってしまった、血の繋がった他人だ。非常に冷たい、薄情な考えかも、しれないけど。どちらかと言うと自分の薄情さにショックが大きいかもしれない。人間、そんなもんだよね。

「緩名」
「ん……?」
「触るぞ」
「ぇ、わ、」

 ワンクッション、前置きを挟んで、先生の手が私の頭に乗った。考えていたことを見透かされたのかもしれない。ゆっくりと左右に、いつになく優しく撫でられる。子ども扱い、いや、正しく生徒扱いだ。

「良い子だな」
「……? ……ん!? けほっ、」

 な、なになになになに。急になに!? 少し屈んで目線を合わせた先生が、先生らしくない率直な言葉で褒めてきた。動揺なんだけど。大混乱大混乱。ドサクサ妖精舞う。撫でていた手をスっとどけて、たまにするあのニヤッとした笑い方をした。

「好きだろ、おまえ。こういうの」
「っ、!」

 好きだけどさあ! マジで急になにすぎて若干鳥肌が立っている。引いてるとかじゃない、先生の低音が良すぎてだ。さっきまでのちょっとした自己嫌悪吹っ飛んだわ。威力高すぎ高杉晋助。晋作か。いや冷静に混乱してんな、私。にしても先生流石だ。生徒の沈んだ気持ち吹き飛ばすために普段やらないことするの、合理的と言えば合理的なのかも。はー、顔熱い。熱ぶり返したかも。あともっかいやって欲しい、録画録音するから。パタパタと顔を仰いで熱を冷ましていると、先生の空気が真面目な物に切り替わった。

「いいか、変なこと考えんなよ。今回の件、いくら仮免を持っているとはいえおまえは被害者にも当たるんだ」

 まだ、私が未成年だから。仮のヒーローだから。

「俺じゃなくてもいい。リカバリーガールでもミッドナイトさんでも……少しでも思い詰めるなら、誰か信頼の出来る大人に相談しろ」

 真剣な顔でそういう先生に、こく、と小さく頷いた。相談、かあ。私が一番この世界で信頼してる大人は、多分きっと先生だろうなあ。

「……ホークス以外なら、誰でもいい」
「?」

 付け加えられた言葉に、首を傾げる。ホークス、ダメだってよ。別に相談するほどベリーフレンドって感じではないんだけど、名指しで拒否されてるのはウケる。なんでだ。

「分かってると思うが、おまえのインターンは暫く中止だ」

 うん、それはそうなるだろうなと思っていた。まだいろいろと、分かってないことが多すぎるし。仮に目的のひとつが私だったとしたら、巻き込む範囲が広がってしまう。とはいえ、雄英の方針的には、そのまで長期にインターンが遮断されるわけでもないんじゃないかな〜って予想だ。なんかお仕事大好きみたいになってない? 全然違う。楽して生きたいタイプ、だったはず。でもお給料はハッピースだ。思考が逸れてきた。まだ何かあんのかな、とパッと先生を見上げると、思案顔。

「……おまえ、向こうでホークスに何もされてないだろうな」

 なにか? なにか……ああ、そういえばあの人先生達の見てる前で急に指にキス、のフリとかしてきたな。それで警戒してるのかな。え〜ウケる。いや、未成年相手だから問題になりそうではあるねど、指キスくらいならまあ平気……なのかな? 挨拶みたいなもんだし。そういえばプロポーズされたな。完全に冗談半分、いや冗談全部だったけど。うーん、と首を傾げると、納得のいってなさそうな先生。とにかく、と続けられた。

「ホークスに何かされたら、直ぐに俺に言え。いいな」
「ん、ん」

 やけにホークスに厳しいな。珍しい。先生がここまで厳しいのオールマイトくらいだと思ってた。わかんないけど、プロヒーロー同士なんかあったのかなあ。

「それから、今日の演習はB組との合同だが、おまえは見学だ」

 ぶぇ。めちゃくちゃ楽しそうじゃん。見学かあ……タイミングの悪さを恨む。いや、荼毘を恨む。アホバカハゲ。ヤダーっ! なんとか……なれー! と思ったけど、普通になんとかならん。あゝ無情。まあ個性そんなに使えないし、身体の方も本調子じゃない今の私が参戦したところで周りに気を使わせて終わるだけだろう。体調を整えることもヒーローの仕事の一環である。

「心操も参加するから、昼休み案内してやれ」

 マジ? 心操くんのデビュー戦、めちゃくちゃ楽しそうじゃん。参加したかった度増しちゃった。涙。



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