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 窓の外から、ナニか、が飛んで来ているのが見えた。一直線に、こっちに向かって。視力を強化して見ると、間違いない、脳無だ。こんなすぐ当たり引く?

「下がってお姉さん!」
「っ、と」

 ス、と個室の襖を開けたお姉さんを背に庇うと、私ごとホークスさんの羽に覆われた。直後に窓ガラスに脳無がぶつかって、ビルが揺れる程の衝撃。

「どレが一番強イ?」

 脳無が喋った? 思わず眉を顰めるが、避難誘導を、と指示されて、思考は一旦中止だ。やるべきことをこなす方が優先だ。

「行ってらっしゃい!」

 エンデヴァーさんの後頭部にバフを投げ付けて、一人脳無と対峙し飛び出して行ったのを見つつ、とりあえず同じ階にいる人たちを。商業ビル、平日の真っ昼間だ。他の階にも人は多くいるだろう。何よりそれなりの高層ビルだ。さっきの衝撃で、かなり建物自体が危なっかしくなっている。

「ビルの土台強化します」
「! 任せた」

 床に手を付けて、ビル全体の鉄骨にバフをかける。これで倒壊は免れるだろう。衝撃を与えられたら、そこから上はポッキリとかいきそうだけど。エンデヴァーさん、任せた。バフ自体はそこまで負担でもないけど、面積広いからちょっと疲れる。

「お姉さん、立てますか?」
「はい……!」
「なるべく下へ」

 建物の揺れに、転んだお姉さんを支えて立たせたところで、一際強い振動が。いやマジ? 脳無に寄って、ビル自体が横に叩き切られた。それは流石に無理。
 私一人なら脱出でもなんでも可能ではあるけど、流石にこの人数の避難は、と少し焦ると、ホークスさんの羽が一人一人をすくい上げていく。凄い、見えてないのに感知出来るんだ。

「ビアンカちゃん!」
「はい!」

 救助漏れがないか一応の確認。うん、大丈夫そう。被害部分の避難が済んだようで、名前を呼ばれるのと同時に窓から飛び出した。

「へえ、飛べるの?」
「や、ほぼ落ちてるだけ」
「あ〜滑空的な」
「そうそう」

 ぐん、と身体を軽くして、コスチュームの新機能発動だ。新ヒロスの、コートの背中から腕部分にかけて、薄い、軽い、超強い! のストロング素材を使ったグライダーを搭載した。薄水色が金糸で彩られている、天使のような色合いでかわいいからお披露目を少し楽しみにしていたが、まさかこのタイミングとは。ほぼ怪盗キッドみたいな。ちょっと違うか。勿論自分で飛べる訳ではないけど、壁を強く蹴って、ある程度の操縦の自由は効く。モモンガの滑空が一番近い。

「被害部分の76名全員避難完了! エンデヴァーさん!」

 ホークスさんから報告を受けたエンデヴァーさんが、ぶった切られたビルを焼き切った。こっちも凄い。やっぱNO.1なだけあるわ。

「よっとっとっとっと」
「料理! したこと! ないでしょエンデヴァーさん!」

 着地難しいんだよね。ホークスさんみたいにゴロゴロ転がりはしないけど、歌舞伎のとび六方みたいになっちゃった。
 エンデヴァーさんに合流すると、おそらく騒ぎに気付いて駆け付けた他のヒーロー達もやってきた。拳を飛ばしたヒーローやエンデヴァーさんの攻撃を受けた脳無が、身体から白い分裂体を放った。

「市民の避難に行きます」
「了解、なるべく一人にならないように!」
「はい!」

 ホークスさんに声をかけると、ホークスさんもまた別の方向へと向かった。ひらり、と一枚の羽が、私の懐へ入ってくる。位置の把握のためだろうか、よくわからないけど、とりあえず再び、ビルの上から飛び出した。



「とりあえずあっちに全速力、いけますか?」
「ハイ!」
「お、っと」
「いけるか!?」
「大丈夫です!」

 脳無の分裂体からの攻撃を避けつつ、一般の人たちを出来るだけ現場から遠ざける。攻撃力に自信はないので、分裂体の相手は現地のヒーロー達にほぼ任せてしまっているが、なんか狙われてる気がする。白くて目立つから同族意識でも持たれてるのだろうか。

「バフかけます」
「頼んだ!」

 近くに交番が見える。この近くにいる分裂体は3体かな。怪我人は今のところ、いても軽傷ってところだろうか。カッ、と眩しい程に燃えているエンデヴァーさんが見える。体温の上昇、完璧に抑えられるわけではないが、少しは役に立てるので駆け付けたいところだけど、いけるかな。

「あっ」
「エンデヴァーが……!」

 超火力のプロミネンスバーンは、直撃したように見えたけれど、おそらく従来の物よりだいぶ強化されているだろう脳無には通じず、エンデヴァーさんが撃ち落とされた。あの脳無相手ではお荷物になってしまうので引いていたが、現NO.1のエンデヴァーさんが倒れるわけには、きっといかないだろう。行くか。幸いにして、分裂体の脳無は大した強さはないみたいだし。

「ちょっと行ってきます」
「……ああ、頼んだ!」
「は、いぃっ!?」
「ビアンカ!?」

 駆け出した1歩は、横から飛んできた超スピードの物体に阻まれた。咄嗟に強化した腕でカバーしたが、これは骨まあまあ逝ったわ。クソいってえの。すぐ治るけど! 痛いもんは痛い。

「次から次へと……!」
「俺が……ぎあっ! 」

 カバーに入ってくれたヒーローが、投げ飛ばされる。目の前には、私よりも少し大きいくらいの脳無。なぜだか知らないけど、私以外には目もくれない様子だ。よく見ると髪が長かったり、身体に女性の名残が伺える。素体は女か。美しさに嫉妬されてんのかな。

「やっぱ普通の脳無も、っいるよね〜……」
「ビアンカ! 」

 市民の避難はまだ完了していない。こうなったら仕方ない、避難優先だ。この女型の脳無の標的は私らしいので、避けながらエンデヴァーさんの方、人の少ない方へと誘導していく。数人のヒーローも着いてきてくれているようだけど、傷付く側から治っていく。超再生か? 繰り出されるのは拳や脚のみ。スピードも早く打撃も重い。身体強化かな。筋肉が伸びている。筋肉増殖。近接戦闘のみの脳無か? スピード、身体能力はあるけど、エンデヴァーさんと戦っているのや、USJで見たと比べたらまだ相手出来る範囲だ。あくまで比較したら、だけど。

「ギャッ」

 顔面に向かって蹴りを繰り出すと、クリティカルヒットはしたけれど、剥き出しの尖った歯に噛みつかれそうになった。ピラニアかよ。あー、ブーツの爪先に仕込みナイフでもしとけば良かったな。改良点。

「なんか、私をっ、狙ってるみたいなんでっ」
「ああ! 狙われてるな!」
「とりあえずっ、逃げゔぁっ」

 足首を掴まれて投げ飛ばされる。めちゃくちゃ飛ぶじゃん。追撃で女脳無本体が飛んでくる。怖いって! 身体を軽くしてスピードを上げ、拾った瓦礫に強化をかける。

「ぐっ重……!」

 即席バットにして飛んできた脳無を打ち返そうとすると、くるりと空中で身体を捻った脳無が、瓦礫を蹴飛ばした。粉砕。戦闘センスあるなあ、バカクソ厄介。素になった人がそこそこの格闘家だったりするんだろうか。女性ながらに。
 でも、ふっ飛ばしてくれたおかげで、一般市民からだいぶ離れられた。

「近接クッソ! いってえバカ!」

 まあまあ重たい拳を強化した脚で受け止めて、ピタ、と脳無に触れた。脳無の動きが、ビクン、と跳ねて停止する。
 新必殺、シャットダウン。視力、聴力等の五感、身体機能、個性全てを0に極めて近く下げるデバフだ。一人相手にしかできないし、短時間ならまだしも長時間だと結構キツい。触れなくても出来るけど、効果が半減するので触れた方がいい。五感を無くして無差別に暴れられても困るので、タイミングを待っていたけれど、無事にちゃんと効いたようでよかった。

「よっ、と」

 げろ、足折れてる。ぷらんぷらんする。最悪。アドレナリンドバってるからか、あんまり痛さを感じないのだけが救いだ。脳無の動きが、だいぶ鈍っている内に、と太もものホルダーに忍ばせていたナイフを取り出して、肩、肘、肋、脇、足の付け根や膝裏に、深く深くぶっ刺していく。いくら再生能力が高くても、異物が関節に混入していたら動きをある程度無効化出来るだろう。個性のキャパ的なあれだろう、口内に血の味がする。肋が折れているのか、少し呼吸もしにくい。これぐらいならすぐ治る、とはいえ、若干ぼんやりするのは仕方ない。

「ビアンカ、無事か!?」
「ああ、はい、なんとか〜」
「良かった、避難誘導は済んだ。エンデヴァーの加勢に、ッ!?」
「今度はなに!?」

 追って来てくれたヒーロー達の姿を捉えたところで、ゴオ、と隔てるように辺りが蒼い炎に包まれた。一難去ってまた一難、ぶっちゃけ有り得ない。

「よォ、元気そうだな」
「……最っ悪」

 聞き覚えのある声。継ぎ接ぎだらけの、細身のシルエット。口元は笑っているように弧を描いているのに、ターコイズブルーの瞳はずっと冷めたままだ。敵連合、荼毘。本当に、嫌なタイミングで現れるな。
 荼毘は、私の傍らで錆び付いたように動かない脳無を一瞥して、ニヤリ、と薄い唇を吊り上げた。

「久しぶりの母娘の再会はどうだった? なァ、緩名磨」

 ……え?



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