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どうやらアスレチックチャレンジをするらしいみんなと、心霊迷宮に向かう三奈とバイバイして、クレープ屋さんの前に行くとちょうどエリちゃん達を見つけた。真っ黒な保護者に、忍び足でそっと後ろから近付く。
「先生は何にするの?」
「俺は食わん」
「……ちょっとは驚いてよ〜」
「足音を殺す訓練も必要だな」
「あ待って文化祭で課題増やさないで」
ひょい、っと小脇から顔をのぞかせる。なんとなく分かってはいたが全く驚いてはくれなかった。それどころかかわいいイタズラに対してヒーローとしての課題を発見される始末で墓穴。韻踏んだ。
「あ、磨ちゃんや」
「おねえちゃん」
「はあい、おじゃま〜」
「緩名さんもクレープ食べるかい?」
「ん〜どうしよっかな〜」
食料品、飽和してんだよね。でもクレープ食べたさある。一つ丸々は入らない気がする。結構さっきのアスレチックグループが減らしてくれたけど、それでもまだまだある貢物の袋を見て、お茶子ちゃんが買い込んだなあ、と目を丸くした。貢物ですの。
「食べよっかな、先輩の奢りでしょ?」
「えっ」
「おっ、かわいい女の子にそこまで言われちゃ仕方ないんだよね!」
「きゃー通形先輩かっこいい!」
「へへっよせやい」
素敵ー! 抱いてー! は流石にエリちゃんの前だと言わないけれど、やんやと囃し立てると全員分奢ってくれることになった。ゴチ。最高。流石ルミリオン。
「ハハ、緩名さんのスキル本当にすごいや……」
「磨ちゃんにしか出来んよなあ」
「ケロ、ありがとう先輩」
「ルミリオンさん、ありがとう」
「どういたしましてなんだよね!」
「エリちゃんエリちゃん」
「?」
呼び寄せたエリちゃんの耳元に口を寄せて、ごにょごにょと吹き込む。先生がめちゃくちゃジト目で見てくる。信用ないなあ。
「えっと……ルミリオンさん、かっこいい、イケメン、こんなおもしろいひとはじめて?」
「エリちゃん、……ありがとう!」
「アハハ……」
「ァイタ!」
「何教えてんだ」
ぱこん、と後頭部をはたかれた。将来のためのおねだり方法を伝授しようと思って。便利なので。
クレープはエリちゃんはイチゴチョコ、私はブルーベリークリームチーズだ。雄英とはいえ学祭にりんご系は流石になかった。
「今度りんごのクレープも一緒に作ろうか」
「いっしょに?」
「そう、一緒に」
こくこく、と頷いたエリちゃんのサラサラの髪を撫でた。
出来たてのクレープをお茶子ちゃんがエリちゃんに渡すと、赤い瞳がキラキラと輝く。かわいい。和む。イートインスペースのベンチに腰掛けたエリちゃんがぱく、と小さな一口を食べると、ほわっ、と頬に赤が広がる。かわいいな〜。先輩にごちそうさまで〜す、と声をかけて、私も受け取ったクレープに口をつけた。クリームチーズうま。
「エリちゃん、あーん」
「? あー……おいしい」
「ふふ、よかった」
自分のクレープを近付けると、意図を察してくれたエリちゃんが、小さく口を開いた。甘いもの、わりとなんでも食べれるもんね。お返しに、とエリちゃんが私に、自分のクレープを差し出してくれたから、少しだけ齧った。いちごチョコもいい。
「先生もど?」
「いや俺は……ああ」
エリちゃんがキラキラした目で自分のを差し出したから、しゃがみ込んだ先生が差し出されたクレープに噛み付いた。あの目はね。無視できないよね。美味しいよ、ありがとう。とエリちゃんの頭を先生が優しく撫でる。和むわ。私のも差し出すと、それも一口。クリームチーズなのでいちごチョコよりはさっぱりしてるだろう。エリちゃんの口元に付いたチョコホイップをティッシュで拭うと、照れたようにはにかんだ。かわいい〜!
「あの三人、たまに家族みたいに見えるわ」
「梅雨ちゃん、私も今それ思った」
「緩名さんが絶妙に人妻感あるんだよね!」
先輩へ、人妻感はない。断じて。
クレープ組と別れて、一人でフラフラと歩いていたらまた差し入れが溜まった。めちゃくちゃ貰うんだけどまじで。ちょっと手を振ったり投げキスを振りまくといろいろくれるけど、雄英の人男女問わず貢ぎ癖でもあるのかな……将来ホステスに入り込まないように気を付けてね、と心より思うばかりだ。せっかくの文化祭を一人で徘徊するのもどうかと思うけど、声をかけてくれる人が多くいるので、むしろ賑やかなぐらいだ。一人行動結構好きなんだよね〜。
いろんなクラスや部活の展示をのぞいて冷やかしていると、心霊迷宮の前を通りがかった。結構悲鳴とか聞こえてくる。うーん、迷うな〜。
「ねえ、心操くんいる〜?」
「緩名さん!? あ、心操なら今ちょうどおばけしてるはず、だけど」
「よっ、呼んでこようか?」
「中行ったら会える?」
「たぶん……!」
「じゃあ入っちゃお。ありがとね〜」
「こちらこそ! 握手してください!」
「お」
受付の人に話しかけると、手厚い待遇を受けた。差し出された手を握ると、座ったままなのにぴょん、と跳ねて喜ばれた。バネの個性らしい。いいね。ホラーは苦手だけど、まあ言うても文化祭レベルなのでね。戦慄迷宮とかトラウマ病棟に比べたら大丈夫でしょ。
「ひゃ〜わりと本格的……わっ」
ばんっ、と飛び出てくる火の玉。触れても熱さを感じないから、おそらく個性だろう。貞子、ゾンビ、チャッキー、ジェイソンとわりと取り留めのない登場キャラクター達で、コミカルホラーって感じだ。マイルドに驚かされるけど次いで組み合わせの謎さに若干の笑いがくる。とはいえ油断せず行こう、と自分に言い聞かせながら進んでいくと、おそらく終盤。
「わあっ」
「……あ」
バンッ、と天井が開いて、勢いよく逆さ吊りの人が落ちてきた。普通にびびった。……あ、心操くんだ。
「なんでいるの」
「うふふ、来ちゃった」
「やめてくれ、シンプルに鳥肌立つ」
「ンだと」
きゃっ、とかわいこぶると、二の腕をするフリをされた。失礼だからなそれ! 心操くんって意外とフランクだよね。
「吊ってんの?」
「ん」
「体幹と筋肉ついたねえ」
「まあ。まだまだだけどね」
「あ、これあげる」
「なにそれ」
「なんかいろいろ貰ったの。差し入れ」
「再譲渡するなよ……」
「みんなで食べてねって言われたからいいのいいの」
「そう……まあ、ありがとう」
手渡すと、片手で持ったままググッと腹筋を起こして天井へ戻って行った。忍者か。
「結果発表もうすぐだねー!」
「うぅ……ドキドキする」
「私より三奈の方が緊張してるのウケる」
空がオレンジに染まり始めた頃、再びミスコンステージに集まる。心臓を抑えて、ライブ開始前よりも緊張している様子の三奈。なんで私より緊張してんの?
発表された結果、惜しくもミスコンは準優勝だった。一番じゃなかったのは悔しいけど、銀トロいえい。ちっちゃいティアラもらった。かわいい。
「やっぱ私も飛んだ方が良かったかな〜」
「たしかに! 後ろの方見えにくかったかも?」
「世界観ありすぎてちょっとひいちゃったもん俺」
「ひかんといて〜」
上鳴くんのほっぺを人差し指でグリグリと押し込む。地味に痛いやつ。ほっぺ赤くしてピカチュウにしてやる。
「ま、楽しかったからいいや」
「ね! 来年こそ一位……!」
「あ、来年はいいです〜」
「えー!?」
2年連続はしんどい。
「今日はありがとう! 楽しかった!」
「また遊ぼうね」
「……うん」
緑谷くんと並んで、校門のところでエリちゃんとバイバイする。とは言っても、近いうちにエリちゃん雄英預かりになるらしいし、ちょっとのお別れだ。寂しそうに俯くエリちゃんに、緑谷くんが声をかけた。
「サプライズ!」
スッ、と差し出したのは、リンゴ飴。おお、いつの間に。
「リンゴアメ!? 売ってた!? 俺探したよ!?」
どうぞ、と通形先輩にも渡している。どうやらリンゴ飴がないらしい、と思った緑谷くんが、エリちゃんのために自作したようだ。優男だ。
「じゃ、私もこれあげる」
「てぃあら?」
「そうそう、よく知ってるね」
「マリィさんがしてたの」
「ああ、ローズクイーンがね……」
ミスコンでもらった小さなティアラを、エリちゃんの頭にちょこんと乗せた。貰い物だけど、記念トロフィーみたいなもんだし、誰かにプレゼントしちゃうのも私の勝手だろう。私調べ女児は光り物が大好き。セボンスターとかも。ありがとう、と赤く染まった頬を、優しくもちもちした。
「フフ……さらに甘い」
エリちゃんが、リンゴ飴を一口齧って、笑った。
「指痛いの?」
「え? あ、アハハ、いや、大丈夫だよ」
「へえ〜」
エリちゃん達とバイバイして、緑谷くんと二人寮までの道を歩く。右手の中指を、ピシピシと確かめるように弾いた緑谷くん。尋ねると、あからさまに目をそらされた。ライブが始まる直前、ギリギリに帰ってきた緑谷くんがまあまあボロボロだったので、どうせまた何かしらのトラブルにでも巻き込まれたんだろうな、って予想はついた。深追いは、別にしないけど。
「まあ、やんちゃはほどほどにね」
「ハハ、気をつけます……」
サア、と吹いた風に、くるくると巻いた髪が攫われる。虫の報せというのか、なあーんかムズムズザワザワする。花粉かな。
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