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「チョコテリーヌおいし〜」
「緩名は本気で美味そうに食ってくれるから作りがいがあるぜ!」
「砂藤くんありがと、将来結婚しようね」
「おっ、ありがとな!」
チョコテリーヌ美味すぎる。高級店のものではないけど、砂藤くんの作るものは勝るとも劣らないレベルだ。うま〜! 求婚、最初の頃は動揺したり照れたりしてたけど、最近はサラッと流されるようになった。プロポーズ、101回目どころじゃない。
「紅茶もおいし〜。茶葉いいやつだよね」
「まあ、流石磨さん! 今日の紅茶は、幻の紅茶、ゴールドティップスインペリアルですの!」
「いい匂い〜。百ありがとう、将来結婚しようね」
「ええ、ぜひ!」
「誰にでもプロポーズすんのやめい」
「ふんません」
ぷすっ、響香のイヤホンジャックが私の頬をつついた。百はなんか言い続ければガチで嫁にもらってくれそう感あるんだよね。大富豪の娘に飼われたらラッキーなんだけど。最高。
「お、かっちゃん。食べる?」
「おー」
ガタッ、と音を立てて私の隣に座った爆豪くん。人のフォークを使ってひょい、っとチョコテリーヌをさらっていく。一口デカ。え〜爆豪くんのちっちゃい口が見たい。
「かっちゃん、ウってして、ウ、って」
「やるか」
「やってやってやってやって」
「いやだね」
ハン、と鼻で笑ってべ、て舌を見せられた。チョコでちょっと茶色くなってる。キーッ。やってやって、と駄々をこねるていると、とんとん、と逆隣に座った上鳴くんが肩を叩いてくる。
「俺がウ、ってしてあげようか?」
「ん、はい、どーぞ」
「ウ」
「う〜ん……」
「やらせといて微妙な反応すんなよ〜!」
「ふふ」
う、と口を窄めた上鳴くん。やっぱ違った。だって見たいの、口の大きい爆豪くんのだもん。上鳴くんも悪いわけじゃないけど。あ〜でも見たかった気持ちが落ち着いてきた。駄々っ子終了です。
膝を抱えて、ころんと寝転がって丸くなる。頭のてっぺんに上鳴くんの膝が当たった。爆豪くんの肩をグイグイと足で押すとオイ、と一言だけ諌められた。初期ならブチ切れお冠だったと思うのに、爆豪くんがどんどん私に慣れてきてる感あるよね。猛獣手懐けた気分。
「食ってすぐ寝るとデブになんぞ」
「なりません〜、逆流性食道炎にしかなりません〜」
「そっちの方がやばくね?」
「まあやばい」
若いからいけるっしょ。多分。
真上にある上鳴くんの顔を、ジッと見つめた。なに? て顔で見下ろしてくる。上鳴くんもキレーな顔してるよね? イケナイ太陽なーなーなーなななーななー系の。
「でんき」
「ん? 漏れてた?」
「ん? や、名前呼んだだけ」
「お……ぉ、そっか、そっかぁ……」
「電気くん」
「……なんだよお」
「ふふふ、呼んだだけ〜」
名前呼びたい気分になるとき、たまに来るよね。来た。私は。上鳴くんがちょっと照れた顔をする。こういう顔、超男子高校生でかわい〜。
「照れてんの? かわいいね、電気くん」
「……も〜〜! かっちゃんこの小悪魔どうにかして!」
「ア? 知るか」
「そうだよ、電気くん」
「自分で何とかしろや、電気クン?」
「爆豪までェ!?」
かっちゃんがノった。普段名前どころか苗字すら呼ばない爆豪くんに、あからさまにからかいだけど名前を呼ばれて、上鳴くんがよけいに照れてる。ウケる〜。
「勝己くん」
「ンだよ」
「あれ、動揺しないんだ」
「この流れでするか」
「ふ〜ん」
腹筋に力を込めて、グッと起き上がる。体育座りの状態で、爆豪くんを見つめた。さっきからスマホでキャンプ用品? っぽい物を見ていて、あんまりこっちに構ってくれない。抱えた膝に頬を乗せて、いわゆるあざとい斜め45度上目遣いで爆豪くんを見上げた。
「勝己くん」
「……」
「勝己くん、無視しないで、こっち見て」
「……るせェなてめェは」
ハァ、と面倒くさそ〜に息を吐いて、渋々爆豪くんが私を見た。面倒くさい女の自覚はあるけど面倒くさい女最高〜のメンタルで生きてるからイケてる。
「勝己くん」
「……近ェ」
「ええ? 自分からこれくらい近付いてくることあるじゃん」
「ねえわ」
「あるもん」
息が触れ合うくらいの距離にお互いの顔がある。爆豪くんわりと距離近いしスキンシップ多いから、本当にあるんだけど。だから、めちゃくちゃ肌が綺麗なのも知ってる。個性の影響らしい。いいな〜。
「で、どうすりゃ満足なんだよ」
「え〜……じゃあ名前呼んで」
「……磨」
「素直だ!」
「めんどくせンだよ」
「爆豪に呆れられるってよっぽどだぜ、磨ちゃん」
「かみ……電気くんも呼んでくれるの?」
「忘れてたっしょ今」
うるせェっショ。グリグリと上鳴くんが後ろから緩く下痢ツボを押してくる。頂点取られたッショ。ぺいっと頭を押す手を払い除けて、逆に手を取って親指の付け根を押していく。ここ押すとなんか痛いよね。
「爆豪くんって私の名前とか覚えてたんだね〜」
「あ、それ俺も思った!」
「アホか」
一蹴された。だって爆豪くん、最初の態度やばかったんだもん。ヤンキーだったよね。
「なに、楽しそうじゃん」
「あ、 範太くん」
「範太ー範太ー」
「連載再開!?」
「人の名前で大喜利始めないの。あーでもだいたい分かったわ」
「なにが?」
「磨チャンの構ってちゃんだろ?」
「言い方〜」
「その通り」
構ってちゃんでなにが悪い! 瀬呂くんも察する能力凄いよね。察しの男瀬呂。
「なんかさー名前で呼びたい気分になることない?」
「や、俺は分かんねえ」
「俺も分からんけど緩名がそうなりそうなのは分かる」
「え、やば。瀬呂くん理解のある彼くんじゃん」
「なによそれ」
分かられた。理解のある彼くんだよ。えーもっと動揺して欲しい。瀬呂くん、前はちょっと照れてたのに。慣れられてしまった。つまんない。上鳴くんはちょっと面白かったけど。うん。
「標的変〜えよ」
「今日はいつにも増して構ってちゃんネ、磨チャン」
「ん〜……そうなのかも。ちょっと行ってくる」
「行ってらー」
「程々になー」
文化祭の練習終わりだから、だいたい皆共有スペースにいんだよね。誰にしようかな〜。本当に今日凄い構われたい気分なのかもしれない。わりといつも。
「ましらお」
「わっ、緩名さん? どうしたの」
「ん〜……天哉くん」
「うん? どうかしたか?」
「……目蔵くん」
「どうした、緩名」
「むーーーー」
尾白くん、飯田くん、障子くんで座ってるところに突撃したけど、皆冷静だった。スリーアウトバッターチェンジ。尾白くんの場合は普段から私に名前呼ばれ慣れすぎてるわ。障子くんが隣の椅子を引いてくれたので、遠慮なく腰掛ける。紳士。
「なんかさあ、名前で呼びたくなる時ない?」
「あー、そういうことね」
「緩名くんはいつも唐突だな! だが名前で呼ぶのもコミュニケーションの一種……絆を深める為にもいい方法だと思うぞ!」
「そうそう、本番までもうすぐだしコミュニケーションコミュニケーション〜」
全く思ってなかったけどそう言われるとそうな気がしてきた。コミュニケーションは大事だ。うんうん、と頷くと尾白くんが苦笑いした。絶対んなこと思ってないだろ、の苦笑いだ。正解。
「ということで私の名前も呼んで」
「ああ、磨くん!」
「くん付けなしでは?」
「むっ……磨、か? これは少し……なんというか照れるな」
「ありあり大アリ、大穴最高」
「どうした緩名」
くん付けだと普通に呼べるのに、呼び捨てだと照れる飯田くんめちゃくちゃ良い。10点。パーフェクト。結婚。最高じゃん。これ、こういうの求めてた。乙女ゲームやってろって話かもしれん。さ、気を取り直して尾白くんどうぞ。
「え、ええ……磨、ちゃん」
「普通に照れてるじゃん」
「そりゃ照れるよ」
普通に照れられた。予想の範疇だ。尾白くん一番普通の男子高校生って感じするよね。
くるっ、と視線を障子くんに向ける。
「……磨」
「ぎえー! めっちゃいい。もう障子くんと結婚する」
「あはは……」
複製腕から生やした口ではない、マスクで隠された本物の口で障子くんが私の名前を呼んだ。やっぱ障子くんしか勝たん。飛び付いても危なげなく受け止められるこの安定感。目蔵しか勝たんぴえんぱんち。
「緩名くんのプロポーズを聞くのは今日3回目だな!」
「A組全員と結婚しようかな」
「緩名が嫁か……イイぜ!」
「あ、峰田くんはちょっと……」
「なんでだよ!」
なんだろう、私だって下心わりとある人間だけど、露骨に向けられると萎えちゃうっていうかそんな感じかも。峰田くん絶対かわいい系で売った方がいいよね。被害者増やすのいやだから教えないけど。
ふあぁ、とあくびをすると、少しして尾白くんもくわあ、とあくびをした。移った。
「あくびって移るよね、なんか」
「ああ、言われてみれば確かにそうかも」
「そうか?」
「単純な人は移りやすい傾向らしいよ」
「え、そうなの!?」
「らしい」
親しい人のだと移りやすいとか、色々諸説あるけど。間接的に尾白くんをdisってしまった。てかねむ。チョコ食べたから糖質気絶来てるわ。
「ねむい」
「ああ、そろそろ休もうか。明日も学校だ!」
「……なんか、飯田くんパパっぽいよね」
尾白くんが小さく噴き出していた。飯田パパ。
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