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今日は土曜日。休日だ。日々忙しいので昼過ぎまで寝てやろうと企んでいたら、容赦なく三奈に叩き起された。ダンスの練習ね、了解。リズム感も運動神経も悪くないので、わりと得意だ。途中から演出に回ることになったので、ダンスパートも長くない。これはミスコン出るし、練習期間取りにくいだろうっていう気使いだ。ありがてえ。
寮の外で練習していると、見慣れた影が。
「おっ」
「どうれ……登場一発ギャグで一笑いかっさらって……」
「ん? あ!通形先輩!」
クイクイと隣にいた緑谷くんの袖を引いて、その存在を教えた。エリちゃんに通形先輩、それから引率の相澤先生だ。今日だったか、そっか。
「エッ……エリちゃん!!」
「デクさん」
「やほ、こんにちは、エリちゃん」
「こんにちは、磨お姉ちゃん」
「え!? 何なに先輩の子ども……!?」
「素敵なおべべね」
「かっかっ可愛〜」
エリちゃんと目線を合わせてしゃがむと、ててっと走ってきたエリちゃんが控えめに抱き着いてきた。懐かれてる最高。かわいいでしょ、私が選びました! よいしょっと抱き上げると、エリちゃんがみんなに向かって小さくぺこ、と頭を下げた。10年後が楽しみだ、なんて小さい女の子に向かって最低すぎる峰田くんは軽く蹴っておく。流石に最低。
「エリちゃん、飯田くんいい人だよ。メガネだし」
「……つんでれの?」
「や、真面目系かな」
やばいやばい。エリちゃんの知識が偏ってる。先生の目がやばい。子どもなんてゲームとかアニメから知識得るものじゃん、ね?
「というわけでこれから俺エリちゃんと雄英内を回ろうと思ってんだけど、緩名さんと緑谷くんもどうだい!?」
「おーいダンス隊! ちょっと話が……ってエリちゃん!?」
通形先輩からのお誘いだ。寮の扉が開いて、大きな音に驚いたエリちゃんが首元にキュッと抱き着いてきた。びっくりするよね〜。目が丸くなっている。近寄ってくる切島くんに、エリちゃんの手をとって小さく振った。演出隊がなにやら話があるみたいだし、ちょうどいいので一旦休憩、となった。
校内を回るので制服に着替えて、エリちゃんと手を繋いで出発だ。反対の手は通形先輩と繋がっている。緑谷くんネクタイ結ぶの相変わらず下手だな。休日でもいつもそれなりに人がいるけど、文化祭前だけあって今日は更に多いな。文化祭準備って楽しいよね。
「今日は休日だけど寮制になったこともあって、たくさんの人が準備を進めてる」
「通形じゃん。あ、緩名さん!」
「子ども!? 休学っておまえ……! まさかそういう……」
三年生らしき人達にからかわれて、ニコッと言葉なく笑った通形先輩。エリちゃんが突然の大声にビクッとしていた。外は刺激が多いねえ。フライヤーを頂いたけど、めちゃくちゃガチである。I組なので経営科かな? サポート科と経営科は体育祭よりも文化祭がメインだろうしな〜。当日回るのが楽しみになってくる。準備してる姿を見ると、ワクワクするよね。去り際に、ミスコン頑張って、とお言葉をいただいたので、笑って手を振っておいた。
「緩名さんだ」
「こんにちは」
「ミスコン出るんだよね!? 超応援してます!」
「ありがとう〜」
校舎の前まで、文化祭準備の学生でいつになく賑わっている。お祭りの気分になってくる〜! 今すぐ文化祭開催してほしい。ラリったうさぎの看板とか何に使うんだろう。ラリってる。あと知らない人とかなんとなく見覚えのある人とかに、やたらと声をかけられる。男女問わず。ミスコン出るのそこまで広まってんの? 照れなんだけど。
「まだ一ヶ月前なのに慌ただしいですね!」
「皆去年よりもすごいものを……「プルスウルトラ」で臨んでるんだよね」
てこてこと歩きながら見回っていたら、私の指を握るエリちゃんの手に、少し力が篭った。知らない人いっぱいで怖くなったかな。抱っこする? と聞いたら、小さく頷いたので、よっと抱き上げた。
「おっ、エリちゃん、いいね!」
「通形先輩も抱っこしてあげましょうか〜?」
「ハハハ、俺かなり体重あるんだよね!」
「個性使えば余裕だもん。ね〜」
コテン、と首を傾げると、エリちゃんもコテン、と反対方向へ首を傾けた。かわい。緑谷くんと通形先輩がほわほわしている。分かる。通形先輩が私ごとエリちゃんを持ち上げようとするのを避けていたら、緑谷くんが悲鳴を上げた。急。
「うわぁ!」
「すンません……ってA組の緑谷じゃねェか!!」
「あ、鉄哲くん」
「オウ、緩名も」
「アレアレアレー!? こんなところで油売ってるなんて余裕ですかあァア!?」
「エリちゃん平気!?」
「びっくりしたねえ」
「ふってきた人かと思った」
「ああ、リューキュウさん」
「オヤオヤ無視かい!? いいのかい!?」
たしかに、エリちゃんの中ではドラゴンと言えばリューキュウさんだろう。今度ファンタジー系のゲームも持っていこ。ドラクエとかのRPG系か、モンハン系か……刺激強いかな? ドラゴンが擬人化する系でもいいかもしれない。恋シュミは許されるから。
なんか物間くんがずっと喋ってる。B組はなんじゃそら詰め込みすぎでしょ、みたいな劇をするらしい。え、楽しそう〜。そういうしっちゃかめっちゃかしてるの好きだよ。
「へえ、面白そう」
「準備しといた方がいいよ! B組に、」
「物間くん」
物間くんの大声に微妙に緊張してるエリちゃんを通形先輩にパスして、物間くんにズイッと近寄る。突然距離を詰められて思わず、と言ったふうに仰け反る物間くんに構わず、至近距離まで接近。人の顔見てウッ、と言葉を詰まらせた。失礼だな。
「な、んだい!? だいたい君ちょっと近、」
「しーっ。静かに」
「っ……!」
「ワオ!」
口の前で立てた人差し指を、ギリギリ触れるくらいに、物間くんの唇に押し当てた。動きを止めた物間くんの目を、少し下から見上げる。吐息も触れ合いそうな距離。瞬きはゆっくり。じっと視線を逸らさず見つめた。ジワジワと物間くんの顔が赤くなっていくのが分かる。はは、普段憎まれ口ばっかのわりにはかわいい反応するなあ。唇に当てた指を、つぅ、とゆっくりなぞらせてから、ふ、口元を緩めて笑うと、フラフラと力が抜けたように物間くんがその場に崩れ落ちた。いや、かわいいじゃん。いいね〜。
「ヨシ、私の勝ち〜」
「すごいや緩名さん、自分の容姿を完璧に利用してる……!」
「お褒めいただきありがとう」
「も、物間……大丈夫か?」
放心状態の物間くんに、物間くんを止めようと角材を構えていた泡瀬くんが声をかけた。生まれ持った容姿は利用してこそなんだわ。
「エリちゃん、これが美で勝つってやつだよ」
「ビデカツ?」
「トンカツみたいになっちゃった」
美味しそう。エビカツ食べたい。
腰を抜かした物間くんを背負いながら、泡瀬くんが謝ってきた。本人以外が謝ることじゃないから気にしなくていいのに。
「ごめんよA組、拳藤がいねーからハドメがきかねー」
「いいってことよ」
「にしても緩名、すげぇわ」
「せやろがい」
せやろがい、なんか使い勝手いいよね。こういう時はせやろがい、って言うんだよ、エリちゃん。いいかい。
「拳藤さん、物間くんとセットのイメージあったけど……」
「今回は別! アイツはミスコン出るのよ! ムリヤリエントリーさせられて」
「お」
「あ、緩名も出るんだよな! 応援……したら物間に怒られるけどしてる!」
「あはは、ありがとう」
一佳もミスコン出るんだ。仲間だ。緑谷くんと顔を見合わせる。ああ〜。これ帰ったら、私も宣材とかいろいろしないとなんだよね。メンディー。お互い頑張ろ、って感じの泡瀬くんに、エリちゃんの手を拝借してバイバイと手を振った。
「ミスコンと言えばそうだ! あの人も今年は気合い入ってるよ」
「あの人?」
誰だろう。再び緑谷くんと目を合わせて、首を傾げた。私達の知ってる人……ねじれちゃん先輩かなあ。
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