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 緑谷くん、通形先輩がエリちゃんに会ったらしい。会いたがっている、って補習で言ってたもんね〜。よかったよかった。それはよかったんだけど。

「なに? これ」
「まだ極秘だが、エリちゃんが雄英の文化祭に来る予定でな。そのための外出着を用意した」
「高熱の時に見る悪夢のセンスじゃん……」

 ショッキングピンクを中心にごてごてビビッドカラーの、よく分かんないなんか怖い猫の描かれたフリフリの激ダサトレーナー。しかもセットアップ。タミフル飲んでもこうはならん。

「……」
「おい、その目やめろ」
「だって……なんか、可哀想で……」

 まさか先生が女児服に対してこんなクソ鬼ダサセンスを発揮すると思わなかった。まあエリちゃんのところに持っていく前に、見せてくれてよかったよ。ガチのマジで。

「先生は服飾関係一切手出ししないで」
「そんなにダメか」
「かわいそう……」

 ちょっと落ち込む先生、かわいそかわいい。ダメです。今からエリちゃんの所へ向かう予定だったが、先に女児服を買いに行くことになった。かわいいのにしよ〜。



「エリちゃんこんにちは〜!」
「お姉ちゃん……!」

 病室に入って早々、小さな身体をぎゅ〜っと抱き締める。数回目の逢瀬だけど、徐々に慣れてきたのかエリちゃんも私の背中に手を回した。回ってないけど。蛮族の考えだけど、やっぱり人間早いのは肉体言語だと思うのよ。暴力ではなく。エリちゃんを抱き上げて、ベッドに座って膝に乗せる。6歳って軽いけど、やっぱり結構重たい。私に続いて、ゆら〜っと入ってきた先生にも、エリちゃんがこんにちは、と挨拶をした。先生の手には、有名子ども服ブランドのショッパー。

「今日はね〜エリちゃんにいいもの持ってきたの」
「いいもの?」
「先生〜」
「ん」

 ショッパーを受け取って、中身を取り出す。買いたてホヤホヤの服だ。時間もそんなにないのでパパっと数着選んだけど、我ながら天才的センスだと思う。少なくとも先生が選んだ物よりはだいぶマシなはず。わあ、と受け取ったエリちゃんが、こてんと首を傾げる。かわい〜。モチモチして食べたい。

「文化祭、来るんでしょ?」
「!」
「校長から許可が出た。当日は通形と俺が付き添うよ」
「行っていいの?」
「いいよ!」

 エリちゃんの瞳が少しだけキラキラと輝く。ずっと病室にいて、外出もほとんど出来ていないようだし。まだ表情は固いままだけど、ほわ、と嬉しそうな雰囲気を感じて、膝の上のエリちゃんをぎゅっと抱き締めた。かわいい。

「磨お姉ちゃんは、何をするの?」
「ん? 文化祭? まだね〜カッチリは決まってないんだけど……ライブだっけ」
「ライブ?」
「ドーン! ってしてわああ! ってなるやつ」
「ドーンってしてわああ……」

 なんだその説明、と言いたそうな顔を先生がしているが、基本私とエリちゃんのやりとりにあんまり介入してこない。たまにオイ、とストップがかかるくらいだ。適当な方が人間って育つし? 多分。

「美味しい物もいっぱい出るよ〜」
「リンゴアメって、ルミリオンさんが言ってた」
「リンゴ飴? あるかな〜あったら嬉しいねえ」
「うん」
「他にも、クレープとか、たこ焼きとかもありそうかな〜。一緒に回ろうね!」
「うん……!」

 リンゴ飴、作るか。チョコバナナとかも作ろうかな。当日時間あるかな? IHだと鍋焦げつきそう。コンロかな。

「あと、お化け屋敷とか、あ〜ミスコンとか? オクラホマミキサーとか」
「おくらほまみきさー?」
「フォークダンスはないぞ」
「ありゃ、ないらしい。なんかね〜みんなで輪になってね、こう、ダンスするの」
「わあ」

 エリちゃんの小さな手を取って、ヨイヨイと動かす。ヨイヨイ。フォークダンス全然分かんないわ。エリちゃんの手をちょいちょいと動かして、スマホのカメラを構えている先生を呼ぶ。意図を察した先生がエリちゃんの手をそっと掴んで、なんかそれっぽく、フォークダンスっぽく動かした。癒し〜。

「みすこんはね、前、お姉ちゃんのゲームで出てきたから、知ってるよ」
「あ〜ね、乙女ゲームの定番だよね」
「何させてんだおまえ」
「なんかね、女の人がキラキラってして、ろーずくぃーんになるの」
「優勝目指すのパラ上げ難しいんだよねえ……」

 先生が何話してるのか全く分からんみたいな顔をしてる。ウケる。エリちゃんの方が現代文明に詳しくなってる。

「お姉ちゃんは、みすこんに出るの?」
「えっ私?」
「ああ、そういえばあったな……」
「え〜……」

 ジッ、と僅かに紅潮した頬で、輝いた瞳でエリちゃんが見てくる。ミスコン、準備とかめんどくさいんだよな〜……でもこんな目で見られたら断れないんだけど。かわいい子は無限に甘やかせって聞いてるし。チラ、と先生を見ると、顎を撫でながら思案している様子だ。

「いいんじゃねえか。エントリーまだだしな」
「おあ……出ます」
「わあ」

 折れた。こんなん折れる。え〜ちょっと恥ずいな、ミスコン。例年どんな感じなんだろ? 衣装とか用意しなきゃなのかな。まあ、決まったことはそれなりにやるか〜。

「どんな髪型にしようかな〜?」

 そう言いながら、エリちゃんの長い髪をクルクルと編んでいく。自分のアレンジは簡単なものくらいだけど、人の髪ならやりやすいよね。

「羊さん〜」
「かわいい……」
「器用だな」
「人にやるのはそこまで難しくないんだよね。まあ羊は簡単だから慣れたら自分でも出来るよ〜」

 サイドに編み込み三つ編み作ってクルってするだけだし。簡単。お揃いにする? と聞くと、エリちゃんがコクコクと頷くので、自分の頭でも羊さんを作った。くるんとするのだけ先生にピンを刺してもらう。自分だとやりにくい。

「お姉ちゃん、かわいい」
「ありがとう。エリちゃんもかわいいよ」
「……先生もおそろい?」
「え」
「んふっ」
「……まあいいか」
「はい、緩名セットサロン一名様ご案内〜」

 エリちゃんの無垢な瞳に、先生もすぐに折れる。いやめちゃくちゃ笑いそう。エリちゃんを一度膝から下ろして、ぽんぽんとベッドを叩いた。先生が座ると、膝立ちで艶のない黒髪を編んでいく。前髪長〜どこまでが前髪? これ。分けよ。あみあみっとしてクルクルっとして、完成だ。

「はい、相澤シープの完成〜」
「かわいい」
「……ありがとう、エリちゃん」

 かわいい、は複雑そうだけど、ちゃんとお礼を言える男相澤消太。いやおもしろ。写真撮ろ。
 コンコン、と扉がノックされる。もう時間か。そういえば、病室から見える外も薄暗くなってきている。夕暮れ時って綺麗で好きなんだよね〜。それじゃあね、と最後にぎゅっとハグをして、エリちゃんにバイバイだ。

「また来るね」
「……うん」

 へにょ、と眉の下がったエリちゃんの頭を撫でて、病室を出る。お別れの瞬間いつも長引いてしまう。

「ミスコンか〜。あるの聞いてないんだけど」
「言ってなかったからな。……おまえこういうの好きそうだと思ってたが、嫌か?」
「や、いやではないよ。準備、めんどくさ〜……ていうのくらいかなあ」

 あと時間。通常授業、補習はもうすぐ終わるけど、文化祭の出し物準備に、最近ちまちまちょくちょく公安からの依頼という体で、国立病院へのインターンにも行っている。怪我の回復だけでなく、病気治療への活用も個性で出来るっぽいので、研究に近い。病院へのインターン、めちゃくちゃ給与多くてひっくり返るかと思ったよね。

「毎年どんなかんじなの?」
「ああ、確か学校にアルバムや動画が残ってるはずだぞ」
「制服? メイドとかチャイナ服のコスプレ系? 水着? ドレス?」
「あー……俺もあんまり知らんが、ドレスの学生が多かったんじゃないか」
「ドレスか〜」
「費用は降りるから安心しろ」
「まじ? ドデカスパンコールつけたろ」
「……いいんじゃねえか」
「あっ冗談冗談、先生通じないの忘れてた」
「おい」

 先生の弱点が服飾系なの忘れてた。ミスコン、準備するか〜。



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