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「ただい」
「磨ー!!!!」
「磨さん! おかえりなさい!」
「圧〜」

 寮の扉を開くとパーティだった。ワッ! とみんながおかえりー! と押し寄せてくる。ドウドウ。荷物を下ろしながら、とりあえずソファへと向かう。玄関前でパーティしないしない。

「大丈夫だったか?」
「私は突入組じゃなかったし余裕だよ、ありがとう」
「ガトーショコラおたべ」
「やった〜ラッキー」

 砂藤くん作ガトーショコラだ。やった〜。食べさせて、と口を開くと、最近みんな抵抗なくなってきた。私のことをよく分かっている障子くんは、小さく切って差し出してくる。優。優秀と優しいのダブル優だ。うま。ガトーショコラにかかってる粉砂糖一生食べたい。お皿についたの舐め回したくなるよね。

「緩名、おかえり」
「あ、轟くん。ただいま〜」
「頑張ったな」
「がんばった〜! 褒めて」
「おお。なんか……すげぇぞ。偉い。かわいいな」
「雑」

 急に語彙力低下するのなんなん? いいんだけど。もっと褒められて〜。モアプリーズ。

「お」
「どうした」
「まぁ、どうされました?」
「出たよ甘えた」
「……!」

 轟くんの手を取って、自分の頭に乗せる。即座に始まる撫でタイム。近くにいた障子くん、百、響香、口田くんの手を次々と頭の上に乗せていった。存分に撫でてくれ。

「頭の上大渋滞してるぞ」
「みんな私のこと褒めたいでしょ? いいよ、褒めて」
「緩名やっぱスゲェわ」
「な、死ぬほど上からなのになんかかわいいんだよな〜」

 瀬呂くんと上鳴くんも寄ってきた。既に頭上大パニック状態だから、ぽんぽんと肩を叩かれる。あ〜揉みくちゃ落ち着く〜。

「ねむなてきた」
「眠そうだね」
「緩名車であんだけ爆睡してたろ」
「何時間前の話してんの〜……」

 人の体温で安心すると眠くなってこない? お茶子ちゃんが揉みくちゃの私を見てブッ、と噴き出していた。元気なさそうだったし、笑ってくれてよかった。

「あ」
「逃げた」
「自分から構われに来て構われたら逃げるよな〜」
「猫か?」
「磨ちゃん、凄いことになっているわ」

 スルッとしゃがんでみんなの手から逃れる。自分から始めたことだろって? だって満足したんだもん。くしゃくしゃになった髪を、あらあら、と笑いながら梅雨ちゃんに直される。お姉ちゃんだ……。

「爆豪くん」
「あ゙ぁ?」

 一人ポツンと座っていた爆豪くんの隣に行くと、メンチを切られた。なんでやねん。

「あじふらい」
「は?」
「服」
「だからなンだよ」
「読み上げただけ〜」
「ガキか」

 ころん、と隣に寝転んで、爆豪くんのTシャツを指差す。緑谷くんとか尾白くんも謎な服着るけど、爆豪くんもたまに謎チョイスあるよね。幼なじみってセンス似るのかな? その地域での流行り?

「褒めてくんないの?」
「……知るか」
「あたっ」

 パチン、と額を弾かれた。ひっど。ドヒドイデ〜。フン、と鼻を鳴らして離れて行く腕にしがみついて、無理矢理頭の上に持っていく。意地の強さなら負けない自信がある。意地の強さ決定戦、ファイッ。

「離せやコラ!」
「や〜だっ褒められるまではなさな〜いっ」
「ッゼェ! 爆破されてェんか!」
「されたら泣き喚いてやるかんな」
「あ〜! うっぜェ!」

 とかなんとか言いつつ、爆豪くんに爆破を向けられたことってそんなにない。意外とやさし〜よね。優しさの基準低くなってる感もある。

「おわっ」

 ヂィッっと舌がちぎれそうな舌打ちをした後、ガシガシと頭を撫でられる。揺れてる揺れてる。脳みそバターになっちゃう。ハゲるて。

「オラ、これでいンだろ」
「雑〜……」
「ッハ、すげェ頭」
「かっちゃんがしたのに〜」
「かっちゃん言うな」

 今度は髪がボッサボサになった。私のキューティクルが。手ぐしで整えていると、ジロッと爆豪くんが私を横目で睨み付けてくる。なに。

「なに? かわいいって?」
「強がり女」
「……強がりじゃないもん」
「言ってろ」

 爆豪くんの観察眼、たまに油断出来ないよね。確かに昨日、知ってる人の死に直面して、私は何にも出来なかった。多少の無力感はあれど、元々自分の力を過信しているわけでもない。だから、別に平気なんだけど。うん、寝たら結構直るし。ただ、ちょっとみんなに構われたかっただけだ。落ち着くから。
 少し目にかかる前髪を、爆豪くんの指先が攫った。仰向けに寝そべって、反対に映る爆豪くんと見つめ合う。赤い瞳が綺麗でおいしそうで、そっと手を伸ばす。イチゴ食べたくなってきた。

「いちご……」
「おーいかっちゃん!何をフテクサレ……って……」
「あ、上鳴くん」

 ひょいっ、とソファの向こうから現れた上鳴くん。寝転んでいる私に気付いてなかったみたいで、私の存在を見て目を丸くしている。それから、アワワワ、と分かりやすく慌てて、口元に手を当てた。なによ。

「寝る」
「えー早くね!? 老人かよ!?」
「どっちかって言うとバブちゃんだね」

 上鳴くんを自分が座っていた場所に投げて、スタスタと立ち去る爆豪くん。声をかけた尾白くん達に吠えている。それから轟くんも、悪ィが、と部屋に戻っていった。明日講習だもんね、私も早めに寝なきゃ。

「……俺、お邪魔した?」
「え? 別にしてないよ」
「え〜……絶対かっちゃん怒ったって」
「んなことないって〜」

 爆豪くんが怒る理由ないし。うそ、怒る理由なくてもわりと怒るわ。うえうえ言ってる上鳴くんを見て、そうだ、とがばっと身体を起こした。

「ねえ、髪いじっていい?」
「髪ぃ? いいぜ」
「わあい。いじりたかったの」
「つか緩名ボサボサじゃん」
「爆豪くんによごされたぁ」
「言い方よ」

 膝立ちになって、上鳴くんににじり寄る。にじり寄るほど離れてないけど。メッシュの入っている髪は、わりと毎日ちゃんとセットされている。

「パリパリ」
「ワックスで固めてるからなあ」
「下ろしてる方が好き」
「マジ? そんなん言われると俺惚れちゃうよ?」
「うはは惚れられちゃう」

 パリパリに固まった髪を指先で解しながら梳く。普段セットしてる人の下ろしてる髪好きなんだよね。切島くんとか青山くんとか。逆に普段下ろしてる人が上げてたりするとそれも好き。要はギャップ萌えだ。だいたい固まっていたのが取れて、無造作ヘアーになった上鳴くん。よし。え〜やっぱ下ろしてる方がかっこいいよね。

「うん、かっこいい」
「ッアーー! 小悪魔! この!」
「なに、こわ……発作……?」
「いや今のは緩名が……なあ!?」
「なになに、どしたどした」
「どうした上鳴ー暴れんな〜」
「アンタまた阿呆したの?」

 上鳴くんが呼びかけると、瀬呂くん、切島くん、響香が寄ってくる。みんな呆れた顔をしてて、上鳴くんの信頼のなさにウケた。キャッキャ。

「この際だから言うけどさァ……緩名! おまえは小悪魔すぎんだよ!」
「いえーいリトルデビル〜」
「あ、聞いてないね」
「緩名に弄ばれたん?」
「そうそう、そうなんだよ聞いてくれよ切島ァ!」

 うるせ〜。元気ね。ビシッと私を指差す上鳴くん。人を指差しちゃいけません。差し出された手をパーにして、くるっと上を向かせる。その上に顎を乗せた。犬とか猫でよくあるやつ。猫はないか。

「上鳴くん元気だね」
「ほらこれ、こういうの! 俺ヤバいって、マジで好きになっちゃう!」
「とか言いながら撫でるのな」
「かわいいんだもん」
 
 スッと顔を引いて、呆れた顔をしてる響香に擦り寄る。あ……、と上鳴くんの手がちょっと追ってきたが、もう上鳴くんのターンは終了だ。ターンエンド。俺のターン! ドロー! 響香!響香の撫で方も結構雑なんだよね。わしゃわしゃしてくる。イヤホンジャックでつんつんされるのが好きだ。

「おまえらナチュラルに距離近いからたまに付き合ってるのかと思うわ」
「そう?」
「俺的には嬉しいぜ」
「上鳴くん女ならだいたい誰でもいいでしょ」
「でも瀬呂も磨と距離近いじゃん」
「……そう?」
「無自覚なんかい」

 ソファの肘掛に座った響香の膝の上に顔を乗せると、手のひらでほっぺをモチモチとされた。クッションかなんかと勘違いしてるかも。楽器を演奏するから、指先が少し固くなっているのが響香らしくて好き。いいよね、ベースを弾く指先ってをめちゃくちゃえろくて弄ばれたくなる。

「緩名誰とでも距離近いよな」
「ん゙ー」
「聞いてねえわ」
「常に誰かしらに引っ付いてるよな〜」
「構ってちゃん」
「寂しがり」
「まあ磨、甘えん坊ではあるよね」

 好き放題言われている。いいけど。ぷくーと頬を膨らますと、イヤホンジャックでつつかれる。ふはは、くすぐったい。ころん、と響香の膝の上で向きを変えて、にや、と口角を上げた。

「でも好きでしょ?」

 そう言うと、ゔあ゙〜とダミ声かける3と、頭上からは呆れたような溜め息。好きぃ、と返されるゾンビみたいな声に、ふふ、と噴き出した。



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