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 一夜明け。昨日、今回の怪我人の病室を回り終えてから、サーの訃報を聞いた。サーの状態を見た瞬間から覚悟は出来ていたけれど、やっぱりそれなりに喪失感はある。泣いてしまうほどでは、ないんだけど。リカバリーガールと合流して、患者の様態を伝えた後手配されたホテルに戻った。モヤモヤしていたけど、疲れが出たのかちゃんとぐっすり寝れてしまった。図太いな〜、私。図太いのは良いことだ。

「せんせ〜おはやう」
「ちゃんとした日本語を喋れ。おはよう」
「ある意味ちゃんとした日本語じゃない?」
「いつの時代に生きてんだ」

 歴史的仮名遣いはお気に召さなかったらしい。セメントス先生は趣があってたまにはいいですねって言ってくれたのに。現代文だけど。呼び出しに応じて来たけれど、病院のロビーには先生しかいなかった。リカバリーガールは病院の患者さんを治癒して回っているらしい。着いていけばよかった〜! 経験を積みたいお年頃なので。

「他のみんなは?」
「もう来る」
「え〜私一番乗りだ」

 通形先輩以外の生徒は退院。リューキュウ事務所の面々は、事務所単位で動くので、帰りは別になるようだ。緑谷くんが先に来て、荷物を置いて通形先輩に挨拶に行っているらしい。

「お、緩名! と先生!」
「どうも……」
「切島くん、天喰先輩。おはよ〜」

 制服に着替えた切島くんと天喰先輩が降りてきた。そうそう、みんなは私と違って入院してたんだもんね。包帯もなく、もうすっかり傷も治っていそうで安心した。超常社会、便利。
 それから緑谷くんと、オールマイトも直ぐに来た。リカバリーガールは病院をもう少し回るので、先に帰っていいよ、とのこと。どうやって帰るのかと思えば、オールマイトと先生がそれぞれ運転するらしい。先生病み上がりなのに大丈夫なのか。どっちも車は4人乗りで、先生、オールマイト、あとは私含めて生徒が4人。

「オールマイトの助手席乗りた〜い!」
「ハハハ、乗るかい?」
「乗りたい乗りたい乗りたい」
「うるせェ」
「駄々っ子炸裂してんな〜」
「だって超プレミアじゃない?」

 こんなんオールマイト一択だ。オールマイトの助手席、オークションに出したら下手したら億いくじゃん? 元NO.1ヒーローはオタクも濃いの多いし。

「オールマイトさん、こいつはこっちに乗せるので後は適当に」
「えー!!」
「緩名、黙れ」
「ひょめんなひゃい」
「飼い主と犬……」
「あっ確かに。言い得て妙っすね!」
「あはは……」
「がう!」
「ヒッ……!」
「吠えんな」

 先生がどうやら私を独占したいらしい。おこ。抗議の声を上げるとほっぺたを潰された。先生の手ゴツゴツしてて、地味に痛いんだよ。言葉を封じるための手段としてはわりと合理的だ。すみませんでした。天喰先輩に切島くんが同意して、緑谷くんが苦笑いしている。平和か? 天喰先輩に吠えるとビビってた。やーい。

「オールマイトの彼女気分の動画撮ってオールマイトオタクへの今後の交渉材料にしたかったのに……」
「オイ」

 SNSに流したら万バズ確定じゃん。しないけど。仕方ないからイレイザーヘッドの彼氏とドライブなうに使っていいよ動画第2段で我慢しよう。と思ってたら、口に出してないのにデコピンされてしまった。先生私の考えてること最近お見通しすぎじゃない? なんで? もしかして禁断のラブ!?

「緩名おまえいい加減にしとけよ」
「いたたたすみません! ……オールマイト今度助手席乗せてね」
「もちろんさ! 相澤くんには内緒でね」
「オールマイトさん、あなたもこいつを甘やかさないでください」
「はは、いいじゃないか」
「今日のところはオールマイトの彼女ポジション緑谷くんに譲ってあげるか……」
「ええ!?」
「喜び隠しきれてねぇぞ緑谷ー」
「騒がしい……」

 車は結局、先生、私、切島くん。オールマイト、緑谷くん、天喰先輩の分かれ方になった。天喰先輩を一緒にすると私がいじり倒すからダメらしい。ある意味信用がありすぎない? ふて寝してやる。



「緩名、緩名。そろそろ学校着くぞー」
「ん〜……あと3時間……」
「結構ガッツリ寝るな〜。昨日寝れなかったのか?」
「ん、10時間……」
「「寝すぎだろ」」
「ハッピーアイスクリーム……」

 先生と切島くんがハモってる。ハッピーアイスクリーム、通じなかったようで首を傾げられたしまった。え? 言わない?

「せんせ〜アイス食べたい」
「……サルミアッキなら」
「それはいらない」
「緩名の物怖じしなさ、俺、尊敬するぜ」

 わーい、褒められた。ふて寝してやる、と思ってたらいつの間にか隣の切島くんに寄っかかって寝ていたみたいだ。乗り物乗ると気絶するのか? って思うくらい寝てるな、私。ブルブルと首を振って眠気を覚ます。ちょっとスッキリしたあ。

「車から外見るの好きなんだよね!」
「ほとんど寝てたけどな、お前」
「あーおーいあおーいーしずかーなー」
「うわっ、歌い出した」
「もう好きにさせとけ……」

 真っ昼間から放置プレイだ。寮で歌い出すと切島くんとか上鳴くんとか三奈はわりとノってくるタイプなのに。



 学校に着いてからは、直ぐに寮に戻るわけではなく、調査や手続きが立て続けだ。終わる頃には、もうすっかり夜だった。やっと終わって寮に帰ろうと思ったら、先生に呼び止められる。

「緑谷達は先帰ってろ」
「はい」
「気を付けて〜」
「そんな長くはならん」

 なんじゃらほい。

「エリちゃんの件でな。万が一エリちゃんの個性が暴走した時に「抹消」出来る俺が、当面の面倒を見るのは聞いてるな」
「うん」
「で、だ。消せなくとも「弱体化」である程度弱められる、かつ最悪エリちゃんの意識を奪える緩名もエリちゃんの側にいるのに向いてるんじゃないか、と提案が上がってな」
「ほどなる〜。いいよ〜行く行く」
「……相変わらず結論が早いな」
「合理的でいいでしょ?」
「こっちは助かるが……いいのか。正直、学生のおまえに頼む事でもないんだぞ」

 先生はそう言うけど、提案したら私が断らないのなんて知ってるだろうに。嫌なことは嫌って言うけどね。駄々っ子なもので。

「同性がいた方が何かと便利でしょ。私は事情も知ってるし……現場にはいなかったから、エリちゃんとの面識もない。うってつけじゃんね〜」

 まあだから話が回ってきたんだろうけど。傷付けられた子に対して、過度な同情はしたくないが、私だって思うところはある。作戦に参加はしていたのに、直接現場に赴けなかったのも、少しは心残りだしね。

「毎日とか、そんな頻度じゃないんでしょ?」
「ああ。エリちゃんの体調もあるから、多くても週に2日程だ」
「全然いいよ。先生、ちっちゃい女の子の相手とか苦手そうだし」
「……まァ得意とは言わん」
「んふふ、顔ヤクザだもんね」
「誰がヤクザだ」

 ちっちゃい女の子と先生の図、想像したらちょっと和むかも。かわいい。

「まだエリちゃんの意識も戻っていないから、詳細は追って伝える。おまえはインターンも、補習もあるしな」
「あ〜補習……補習ね、うん補習」
「どうかしたか」
「なんでもなーいよ」

 補習、ロマンを感じていたけど実際普通に面倒臭いよね〜。へへ。

「すまん、遅くなったな。行くぞ」
「敷地内なのに」

 先生と暗くなった道を歩きながら、渡された資料の上での情報しか知らないエリちゃんについて考える。エリちゃん、好きな物とかあるのかな。

「6歳って何好きなんだろー……」
「あー……プリなんたらとかか」
「それも好みがあるからなあ。ゲームとかするかな」

 6歳の資料が欲しい。マジ。切実に。乙女ゲームとか教えて万が一エリちゃんがハマっちゃったら先生にどつき回されそうだしな。

「一日子ども触れ合い体験欲しい」
「触れ合い……そういえば、仮免講習でするって言ってたな」
「……え? マジ?」
「俺もちゃんとは聞いてないが確か」
「いつのやつ? 明日講習って轟くん言ってたような……着いて行こっかな〜」
「おまえなら多分許可出るだろうしいいぞ」
「いいの!? やった〜」
「後で俺から許可を取っておく。付き添いは別の奴になるかもしれんが……まァ大丈夫だろ」
「子ども心学んでこよ」
「悪いな」
「全然オッケー」

 明日の仮免講習に行くことが決定した。ゲ、朝結構早そう。寮帰ったらお風呂入って即寝しよ。



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