act26 よごれること






「桜庭て何でテニス部入ってへんの?」




そう言ったのは瑞香に嫌われていることを自他共に認められている忍足だった。
それは朝練が終わり皆で教室へ向かっている最中のことで、それを聞いていたのは聞いた本人の忍足と宍戸、跡部、そして理沙と優子だけだ。優子は忍足の質問を受けてから、首を捻る。



「テニスは好きだけど、バスケ部に入る、って」

「せやけど皆谷が言うのを信じるとしたら相当強いやろ」

「何だメガネその言い方はっ!メガネ割るよ!!」



最近どんどん瑞香に似てきている理沙である。



「強いよ、すっごく。……まぁダブルスは私たちのほうが強いはずだけどね!ね、理沙?」

「もっちろんさ」



そう言って二人でにこーっと顔を合わせて並んで歩いていく。残る男三人は横に並んだままにその後ろ姿を見送る。



「…何やよお分からんな」

「事実なような事実じゃねーような」

「あんま余計なことに首突っ込んでんじゃねーぞ、あーん?」



跡部はそれだけ言うと二人より一足先に足を動かして進む。
忍足と宍戸もまた歩き出す。この話しはこれで終わりとなったようだった。











「瑞香ー、明日カラオケいこーよ」

「わりー明日はパス!次行くとき連れてって」



放課後、語尾にハートでもつきそうな言い方でそう言えば、バスケ部の仲間は次は絶対ということを強く、つよーく約束してから皆散っていった。先ほどの声のトーンは我ながら気持ち悪い。
部活は週に三回が平均だった。俺はどうせ長くて四ヶ月、短くて二ヶ月しかこの部活に居ることができないからその差を実感することは出来ないが、時に寄って増えたり減ったりらしい。

6月の中間テストが終わった後は大会が迫ってくるのでほぼ毎日部活だとか。まぁ、バスケしてんのは楽しいから良いけど。
帰ろうとしていた足は、何でかテニスコートへ向かっていた。今日は確か練習があったはずだ。(…ちょっとだけ見てくか)遠くからこっそりと覗いてみる。




「いた」




コートを小走りで回る理沙と、ベンチで何か書きこんでいる優子だ。三つのなかのコートの二つはレギュラー、一つは準レギュラーが使っているようで一年は球拾いやら素振りやらをしている。


(お、ジロー……珍しい、起きてる。で、あの髪は宍戸か。あれは優子のクラスのメガネ)


知っている人間がいると中々面白い。更に言うと、あいつ等全員、上手い。伊達にいつも偉そうな態度をとっている訳ではないということだろう。
「いって……ちょっとVカット今わざと理沙に当てたでしょ!着地に失敗しろ!」「お前こそボールにつまずいて転べっ!」理沙と赤い髪をしたVカットが言い争っていて、優子がそれを見て少し笑ったのが見えた。



(……くそ、)



ボールを打つ姿と、音と、全てを見ながら左手で右腕を抑えるようにしてつかんだ。バスケは好きだ、心から。

でも、一番じゃ、ない。

異世界に来て。周りを見て、常に何か情報がないか、色んな人を疑いつつ警戒していかなければならないということを少なくとも俺は理解していたから、それを実行せねばと思っている。優子は誰かを疑うことなんてできない、誰より人を信じたがるから。理沙も無理だ、隠し事の出来ない奴だし、純粋だから。


だから、汚いことは、俺がやる。


こっちでもテニス部に入って、テニスをして、テニスにのめりこんじゃいけない、そちらが疎かになってしまう。(…でも、)テニスコートを眺めながら、今俺はどういう顔をしているのか分からなかった。



(どうして、こんなにテニスがしたいって思うんだよ……!)



ボールを追いかけて打つ奴らを見るだけで体が疼く。誰かと競いあって、高めあって、最後に勝って皆で一緒に笑うあの快感は忘れられない。多分優子も理沙も、テニスをやって良いと言うと思う、笑いながら。
でもダメなんだ、そんなんじゃ。そんなに甘くされてしまったら。右腕を掴む左手に力が入る。何となく軋むような音が聞こえてきそうだった。


(テニスはもう良いんだ、十分やったろ)


かたかたと震える腕を抑えるためにまた強く握った。



「っ……!?」



がっと左手が何かによって外される。勢い良く顔をあげてから、俺は思わず目を丸くした。



「………跡部、」



右横に居たのは大嫌いな跡部だった。
そういえばコートにこの男の姿はなかった、今までどこ行ってたんだ。……ってそんな事はどうでもいい。跡部は視線を落として俺の右腕を見ると、外人みたいに整った顔を少し歪めた。



「自分に怪我させてんじゃねえよ、内出血してるぜ」

「は?あ、……ああ」



確かに見ると掴んでいた部分の右腕は内出血していて、少し痛々しいものとなっていた。跡部はまだ俺の左手を掴んでいて、どうするべきか俺は少し困った。




「おい、「テメェ等、何者だ?」……は?」




言われた言葉に「どういう意味だよ、」と言いながら跡部を見上げてから、俺は後悔した。

(ダメだ、コイツ……コイツの目は駄目だ)

切れ長の冷たい氷のような綺麗な目は、ただ俺だけを見ていた。この目は駄目だ、騙せない。


「…何者だ?アンタ」


昔俺がシンに言った言葉を自分が言われるとは思ってもみなかった。




「お前等三人、悪いが調べさせて貰った。三人共戸籍はあるが、…三人ともに取ってつけられたような位置に並んで乗っていた。おかしいだろ、誕生日も生まれた場所も違うのに、だ」

「プライバシーの侵害だぜ、跡部」

「話しをそらすんじゃねぇよ。…何なんだ、お前等」

「……二人を部活に入れたのはもしかしてそれが理由かよ?嫌な男だな」




跡部は何を言ってもゆらがなかった。左手を掴んだまま、目をそらさないまま。部員のためにやっているのか何なのかは知らないが。




「それを知って、お前はどうするんだよ」




十センチ以上高い跡部を下から睨むと、跡部は少し驚いたような顔をした。部活にあの二人を入れておいて怪しいから退部させるなんてことしたら俺はキレるぞ、このナルシストめ。



「関係ないだろ」



左手を掴んでいた跡部の手を振り払ってからテニスコートに背を向けた。これで跡部は深くは聞いてこれない、かわりに゙何かある゙と宣言したようなものだ。
思わぬ博打しちまったなー……と、俺はもうやる気がなくなってしまった。











「……面白ぇ」



イライラとしながら帰る瑞香の後ろ姿を見ながら、跡部は不敵に笑った。


「俺様が暴いてやるよ、……テメェ等を」








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