act23 ストリートテニス
「あ、あった?」
ボールを打つ聞きなれた音が聞こえ、瑞香はそう呟いた。
今日はバスケ部は練習がなく、放課後ラケットを肩にかけて瑞香は氷帝の近くをうろうろと探検がてらストリートテニス場を探し歩いていた。こちらの世界ではテニスが盛んみたいなのですぐに見つかると思っていたのだが、残念なことに氷帝の近くにはなかった。
しょうがなく探す範囲を広げてみると、近くにストリートテニス場があるという看板を見つけてそれに従い進めばいまの場所へと辿り着いたのだ。飽きっぽい瑞香にしては頑張って探した方である。
階段を登っていくとやはりそこには真ん中のコートを囲うように人がバラバラと居て、そのコートでは四人が試合をしているようだった。
(……あれ)瑞香は周りを見てから何だか違和感に気づく。
「ねぇ、ちょっと良いか?」
「はい?」
「もしかして、ここってダブルス専門?」
近くに居た真ん中わけの可愛い女の子に声をかけたらその子は少し顔を赤くしてから、「そうよ」とはきはきと答えた。
「……ね、もしかして初めて?」
「ん?ああ、そうだよ。テニスしたくて探してたんだけど、……ダブルスかー」
「シングルス専門?」
「専門って訳じゃねーけど、シングルスのが得意」
「へぇ…あ、私橘杏って言うの、不動峰中の二年」
「俺は桜庭瑞香、氷帝の三年。よろしくね杏ちゃん」
「あっ、ごめんなさいタメ口きいちゃって…!」
「別にいーよ、そーゆーの気になんないし」
そう言って瑞香がにかりと笑えば杏はまた顔を少し赤くした。
制服を着ている時点で瑞香が女であるということは分かっていたし、中性的とはいえ顔も女性だとすぐに分かるはずなのだが爽やかな態度と笑顔、そして何より王子様オーラがそんなこと関係ないと言わんばかりに瑞香にまとわりついている。さすが女たらしというところか。
「あ、あの、良かったら私とダブルス組みません?」
「杏ちゃんと?」
「はい、ここダブルスじゃないと試合出来ないし、足手まといにはならないようにします!」
ぱんっと両手を合わせる杏に瑞香は笑って「じゃあ頼もうかな」と言って笑う。
瑞香は鞄からシューズを取り出して革靴から履き替える。ちょうどその時試合が終わったようで、杏は次にコートに入っていいかと聞きに行った。
すぐに対戦相手も名乗り出てきて、用意は整ったみたいであった。ラケットを抱えて瑞香は杏の元へ歩く。制服のスカートの下にはスパッツをはいているため準備はばっちりだ。
「杏ちゃん、俺あんま連携とか上手くないんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。でもさ、やるからには勝ちたいわけよ」
だから勝とうか、と言ってから対戦相手を見た。
「女の子二人かぁ、大丈夫?」
「まぁ手加減してやるよ」
「……ちょっと、」
「別にいいよ、全力出しな」
反対側のコートにいる相手はニヤニヤとしながらそう言い、杏はそれにむっとして言い返そうとしたところで瑞香が軽く言い放ったため、相手はコートの位置に着いてから瑞香を睨む。
「だから負けた時手加減したからとかいう言い訳すんなよ」と瑞香はボールをラケットでバウンドさせながら言った。
審判に申し出てくれた男の人が審判台につき、開始の言葉を上げると同時に瑞香はボールを高く上げる。
「女だからって言葉、大っ嫌い」
「……嘘だろ、」
相手ペアも周囲も騒然としていた。
試合にかかった時間は20分、杏のサポートもありほぼ瑞香が点を取り6‐0で完勝であった。
杏は思わず感嘆の声をもらして瑞香を見る。一方の瑞香はコートで腕を組んで、にぃと口端をつり上げる。
「次、いこうか」
「ほい、杏ちゃん」
「あ、有難うございます!」
瑞香はペットボトルを杏に渡してから杏の隣に座った。あの後三試合し全てストレート勝ち、杏のことも考えて今日はもう切り上げたのだ。
ぷは、とスポーツドリンクから口を離してから杏は瑞香に顔を向ける。
「瑞香さんすっごく強いんですね!びっくりしちゃった」
「そんなことないよ、普通普通」
「もう、そんなことあります!こんなに強い人見たのはお兄ちゃん以来!」
「お兄ちゃんいるんだ?強いの?」
「はい、強いですよ!自慢の兄です」
「ふーん、それは是非ともお会いしたいね」
瑞香はまたスポーツドリンクを飲んでから口を拭った。時刻はもう6時を回っていて、瑞香は杏の手を引いて立ち上がらせる。
「もう6時だし帰ろっか、送るよ」
「えっ、良いですよ私の家近いですし!」
「年下は黙って言うこときけばいーの」
そう言って杏を撫でれば、杏は照れたように笑って「じゃあお願いします」と言った。お前等恋人か?というツッコミは避けさせて頂く。瑞香に新しい知り合いが出来た、貴重な一日であった。
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