act10 テニス
「ぎゃー!なにこれホントに中学?!」
「うちの学校もコートだったら五面あったけど…」
「こんな観客席みたいなのはなかったな…」
早速だが、授業サボろう。今朝真面目な顔をして言ってきた理沙に優子はこら、と怒った。
あの嫌な転入からは一週間以上の時間が過ぎていて、理沙はそろそろサボりの頃合いだと言い張っていた。優子は最後まで渋っていたが瑞香がいく気満々なのもあってか二人だけでは心配だと結局ついてきたのである。
いい場所があると言って理沙が二人を連れてきたのはテニスコートだった。先日校内を探検したら見つけたと言う。校舎からは少し離れていて授業中ならば教師からも見つかりにくい。絶好の場所だ。
「…やるか?」
「…やっちゃう?」
二人はにやりと笑って、先ほどから持っていたラケットをかざしておー!と騒いだ。大荷物の理由はそれか、と優子は盛大なため息をついた。
「お前ら二人まとめて相手してやんよー」
「私もやるの?!…って私のラケットいつの間に!」
「理沙と優子のダブルスは無敵なんだぞー、負けてもしんないよ!」
「無敵ぃ?」
コートの上で瑞香はラケットでボールを跳ねさせる。
優子が理沙に連れられコートに入り、ラケットを構えたのを見てから瑞香はにぃと笑って、ボールを高く上げた。
「そーゆーのは、一度でも俺に勝ってから言えっつーの!」
「二人とも俺にケーキ一個ずつ奢りなっ」
「くっそー悔しい!なぁんで勝てないかな……!」
「相変わらずだね瑞香…容赦ないとこにボール打ってきて……」
優子はそう言いながら先ほどまでの地獄の特訓のような試合を思い出しては顔を青ざめさせた。
さすがは元部長というか、瑞香は中々にスパルタな女であった。
「でもやっぱ楽しいな、…気晴らしに良いかも」
「そうだな、…うん、楽しかった」
「私も。……またやりに来ちゃおっか、三人で」
「おっと珍しい、良い子の優子ちゃんがサボりのお誘いだ」
理沙がからかうように言いながら三人でクスクスと笑う。戻ろっか。優子がそう言って、三人はその豪華なコートを後にした。
「はい今日の報告ー!俺はね、ジローと斎藤と羽山とウノやった。勝った」
「理沙は鈴木と麻耶ちゃんとお菓子交換パーティー第二回を開催した!」
「私は山本くんと阿部さんと一緒に世界史の先生の悪いところいくつ言えるか大会してたよ」
「くそ、俺も含めて下らなすぎる!」
こちらに来てから毎日の日課となった夕食時の報告会で、またしても有益な情報が入ることはなかった。
5月の半ば、可笑しな時期に転入した私たちがこの学校、…この世界かな?にきて、二週間が過ぎた。
「つーかジローは途中に寝るなっつー話しだよあの天パめ!」そう言いながら瑞香は麦茶をがっと飲み干して、
「鈴木はさ、持ってくるお菓子が微妙すぎる」理沙はパスタを食べながら不満そうにそう言った。
そもそもこれは元の世界に戻るための何かを掴んだときのために決められた会議だったのだけれど、当然なかなかそんな情報はない訳で…ただの今日の出来事報告会になってしまっていた。私は楽しいから良いと思う。
「分かってはいたけどさ、何の情報も出てこねーって悔しいな」
「うん、…まぁ中学生がそんな情報持ってるとは元から思ってなかったよ」
「理沙もー」
瑞香はまたコップに麦茶を注いで口に含んだ。よく飲むなぁ麦茶。
「こうも手がかりがないとなるとどうしようもねーな……」
「とりあえず普通に過ごす、って言うのが今の私たちの課題かな」
「あ、ねぇねぇ二人とも部活どうする?今日クラスの皆に部活どこにすんのって聞かれてさー」
「あーそういや俺も聞かれたわ」
「私も。どうしようかな」
中3の5月、ということで部活動をする時間は多分異様に短いとは思うけど、やっぱり部活は入っていたほうが良いと思う。気晴らしにもなるしね。
運動部だったら大会が終われば引退だから更に短いのかもしれない。瑞香はコップにお茶を注いで、なんでもないことのように一言呟いた。
「俺バスケ部入るわ」
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