俺には幼馴染みがいる。幼稚園の頃は毎日のように一緒に遊んでいたし、会わなければ気がすまなかった。でも小学校の高学年になる頃には関係がどんどん薄れていって、中学ではぱったりと接触は断たれた。バスケに出会う前の俺は恥ずかしながらどこか少しスレていた部分もあり、バスケ部に入ってからは今度はそれにのめりこんでいて、正直幼馴染みのことなんて特に考えもしなかった。あいつのことをまた認識するようになったのは高校入学のときだ。

「…百合香?」

久々に呼んだ名前は慣れなくて、自分で言葉にしておいてほんとうに違和感しかなかった。そんなことより、名前を呼ばれて振り返った百合香が俺をみて、非常に"ヤな顔"をしていたのが俺の頭にこびりついている。涼太、とこれまた久しぶりに紡がれた幼馴染みからの驚き混じりな声色とその顔とが何故かずっと俺の心にとどまっていて、数年間蓋をしていた存在は意図も簡単に俺のなかにでかでかと存在をアピールしだしたのだ。それから校内で見つけてはわざと声をかけて、嫌そうな顔をする百合香を見ては楽しんでいた。
百合香は美術部に所属しているらしかった。そんなに絵を描くこと好きだっただろうかと考えてみたが、どうやら幽霊部員らしい。部活の日も直帰している百合香を見て納得した。部活といえば俺自身忙しい。部活にも面白いというか、中々頑張り屋な女の子がいて、マネージャーのことは早々に"菜々っち"と呼ぶくらいには仲良くなった。女の子とは一定の距離を保つ俺にとっては珍しいことだった。そんな彼女が先日部活中に笠松先輩に運ばれていった。そんなに具合が悪くなっていたことと、そして笠松先輩が彼女を運んでいったということに部員一同しばらく唖然としてしまっていた。

笠松先輩が帰ってきて、部活が終わる頃菜々っちの話をした。大変だということを分かっていた筈なのに彼女一人に無理をさせていたこと、頼りすぎていたこと、これからは協力してやれることをやっていくということだった。勿論反対意見なんて出る訳なかったのだが、俺たちとてやることがある。そこでやはり最終的に出たのは、マネージャーをもう一人ぐらい増やす、ということ。しかし正直問題となるのは俺のことだった。体験入部のときに女の子が大量にいたのは確実に俺のせいであって、あの時はわざとマネージャーと俺との接触を極端に減らす仕事ばかりを彼女たちに先輩はやらせていた。練習で俺と話すどころか応援も出来ず、そういう子たちが次々と辞めていき観覧席に戻っていって最後まで残っていたのが菜々っちという訳だ。その菜々っちはいまは俺と普通に話すし関わりもある。再びマネージャーを募集すれば、そんな彼女を見てまた俺目当てに入部する子が殺到するのでは、というのが俺たちの見解だった。俺のせいでことが上手く進まなく、モテてすいませんと言えばどつかれた。

とりあえずまた今度ゆっくり話し合おうということでこの日は一先ず解散。菜々っちの両親は共働きらしく、普段は母親のほうが帰りが早いのだが今日に限っていつもより遅いらしく迎えに来れていないそうだ。帰りに保健室に迎えに行けば俺たちを見てあわてて髪を手で整えていてなんだか微笑ましかった。そしてひどく申し訳なさそうな顔をして「すみません」と謝るので、森山先輩は彼女の頭を撫でてこちらこそ悪かったということを伝えていた。そんな彼女を見て、罪悪感が募った。彼女一人に任せきりだったという先程の笠松先輩の言葉を再確認させられたというか、改めて感じたのだ。このままいけば部活動に支障がでるのは分かっていた。なにより危惧すべきなのは、部活が辛くなりこの優秀なマネージャーが部を辞めてしまうことだ。自分のためにも、この状態を何とかしなければならない。
みんなで彼女を家まで送り届けてから自宅に帰り、家に入る前に近所の家が目に入った。しばらく足を踏み入れることがなかった、百合香の家だ。中の明かりはついているし、この時間ならば最悪百合香はいなくとも百合香のお母さんはいる。俺は少し考えてから、自宅に入る予定だった体の向きを変えた。





「お邪魔するっスよ」
「…………は?」


にっこりと笑って百合香の部屋のドアを開ければ、ベッドで雑誌を読んでいた百合香が目を丸くしてこちらを見てきた。
突然の訪問にも関わらず、久々に会ったおばさんはフレンドリーに俺を迎えてくれた。イケメンになっちゃって、なんてけらりと笑いながら、夕飯食べていきなさいなんて言葉まで頂きながら俺はとんとんと階段をあがる。この道のりもずいぶん久しぶりなものだった。一応ノックをしてからドアを開けて、先程のやり取りに至るのだ。
適当に鞄を下ろしてカーペットの上に座る俺に百合香は次に呆れたような顔をして視線を雑誌に戻した。ここに来るのは四、五年ぶりくらいで、部屋の中身がやはり少し変わっていた。


「何の用事?百合香、…私は涼太に何の用もないんだけど」
「久々に来たのに冷たいっスね」
「涼太が勝手に来たんじゃん。…ほんとにどうしたの」
「直球でいい?」
「いいけど」


「百合香、バスケ部のマネージャーやってくんないスか」


どストレートに言葉を出せば予想通り百合香はぽかんとしていた。



「やだけど」



まぁこの即答も予想通りだ。でも俺は知っている、なんだかんだで百合香はスポーツが好きだ。案外体育も得意だったし、体育祭なんかは多分割と燃えるほう。ここで負けるのはどこか悔しいし、そして俺は今回の百合香とのやり取りで負ける気はこれっぽっちもしなかった。なんでかって、今回俺はとっておきの魔法の言葉をもっている。


「菜々っちと一緒に青春、したくねーんだ?」


ぴくりと、一言で反応をみせた百合香に俺は学校では見せないような人の悪い笑顔を向けているだろう。思った以上に効果的な言葉らしい。無駄に話しかけていた時間と幼なじみとして過ごした時間、百合香の性格はよく分かっている。百合香がどこか少しマンガのような青春を求めていることも、本当の友達がほしいと思っていることも。悪いけれどお見通しだった。


「菜々っち、働きすぎで今日倒れたんスよね。でも今年は俺目当ての女の子が多くて、しかも仕事キツいからマネージャー集まらないんスよ」
「………」
「部全体でもう一人探すって流れになりそーだし、一人増えれば菜々っちもすげー楽になると思うんスけど」


菜々っちにも感謝されるだろうし、仲良くなれるだろうし。誘惑に打ち勝とうと自分との戦いに入ってうなっている百合香を見て、まぁまた俺はにこりと笑った。まるでタイプが違う百合香の"アコガレの吉野菜々"と仲良くなれる機会なんて、きっとそうないのだ。



「涼太、きらい」



悔しそうに俺を睨んで一言いう百合香にも、それが答えだと分かる俺は笑うだけである。









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