「おーい菜々〜」


はっと顔をあげれば友達が笑いながらおはよ、と声をかけてきた。どうやら私は爆睡していたらしい。周りを見てみれば皆お弁当を広げていて、四限の授業も終わり昼休みに突入していることに気付いた。知らぬ間にいつものように机がくっつけてあって島が出来ている、その音にも気づかず寝ている私をみて皆で笑っていたらしい。鞄からお弁当をのろのろと出して、いただきますと言えばどうぞーと友達から返ってきて、そのままのゆったりとした動作で私は昼食を取り始めた。
一人でマネージャーを始めてから一週間近くたった。思った以上に厳しいけれども弱音を吐く訳には行かず、選手に手伝って貰うのも気が引ける。余計なことを考えている暇もなく、どうすれば効率よく仕事が終わるのか試行錯誤をしながらの毎日を過ごしていた。まだ恐らく効率が悪いやり方をしているらしく、時間内に仕事が終わらない。部活が終わり部員が帰りはじめても、私の仕事は片付かなかった。学校に残ってやろうかとも思ったのだが、私が残ると先輩方に気を使わせてしまうので家でやることが出来るものは全て家に回し、なんとか皆と同じ時間に帰れるようにはしている。家に帰ったら持ち帰った仕事を片付けて、お風呂に入って、まぁ気付いたら12時なんかは余裕で過ぎている。今日なんて顔色が悪いと家族に心配されながら家を出てきてしまった。とはいえ私はそんなに具合が悪いと感じている訳ではなく、なんとなくまぁちょっと疲れたなと思うぐらいだった。これからこれが毎日一年間は続くのだからこれぐらいで音をあげてはやっていけない。目の前にあるお弁当を食べ進めるのだが、中々減らない。なんだかそのうち食欲がなくなってきているのに気付いて、半分も食べないうちに蓋を閉めてしまった。母には申し訳ないが、食べきれる気がしない。


「もー食べないの?」
「何かお腹へらない……お茶だけでいいや」


持ってきたペットボトルを飲みながら言えば友達に大丈夫?と聞かれたので大丈夫とだけ答えておいた。そのあともテンションは上がらず、机にだらりとゆるい格好で友達との会話に参加した。
そのままあっという間に放課後になり部活の時間になる。鞄を担ぎ体育館シューズと着替えを片手に更衣室へと向かう。更衣室に入れば女子バレー部の女の子たちが着替えており、同じクラスのバレー部の子が手をふってくれたので振り返しておいた。更衣室の隅っこに荷物をおき、ロッカーに着替えやら何やらを入れていく。最近まで三人で喋りながら着替えていた更衣室は今はなくて、バレー部の楽しそうな声が聞こえて、なんだか寂しかった。気付いたらもう集合の時間が迫っていて、ペンケースを持って私は更衣室を出た。


「菜々っち、珍しくギリギリ!」
「気付いたら時間だった…」
「?何か顔色悪くないっスか」
「そう?普通だよ」


私を目敏く見つけた黄瀬がにやにやしながら話しかけてきたので答えれば、今度は不思議そうに私を見てくる。納得はしていなさそうな黄瀬に適当に笠松先輩に怒られるよと言えば、慌ててコートに戻っていった。選手たちがアップで体育館を走っているうちにいつもの準備を進める。先生の椅子をいつもの位置に持っていき、洗濯機をまわしてからタンクとボトルにドリンクを作る。体育館に戻ってくると選手たちも戻ってきていて、各々でのストレッチも終わったようでパス練をしている。救急箱の中身の買い出しリストを作って、予定表もコピーして配らねばならない。タンクを置いて救急箱を片手に立ち上がった瞬間目の前がくらりと歪んで、思わず膝をついてしゃがみこんだ。

(なにこれ、気持ち悪い…)

頭がふらふらとして、バランスが取れなかった。今立ち上がればきっとまたよろけるだろうと分かっていて、立ち上がることが出来なかった。


「吉野、……どうした」


笠松先輩の声だった。先輩は本当に用事があるときしか自分から声をかけてこない。女の子が苦手なのだとそれは小林先輩たちから聞いているので、まぁ仕方がないかなと思っている。話しかければ一応答えてくれるし、部活のことだと案外話が続き特に困ったことはなかった。(そんな私をみてあの笠松とそんなに喋れるなんて凄いと先輩二人が話していたのがもはや懐かしい)とりあえず笠松先輩から話しかけてきたということは何か部活での用事があるのだ、立ち上がって先輩のほうを向かなくては。と思ってはいるのだけれど、ふらふらする感覚とぼやける視界は変わらなくて、様子がおかしい私に気付いてかどうしたと声をかけてくれた先輩には壁に手をついたまますみません、と謝ることしか出来なかった。


「……体調悪いのか」
「多分すぐ直るので、ちょっと待ってくれますか」
「熱か?」
「…ちょっと目眩がするだけなので、ほんと大丈夫です」


ちょっとじゃないですさっきより酷くなってます。なんて本当のことが言える筈もなく、後で私から声かけにいきます、と練習に戻ってくれという意味で言えば笠松先輩は黙った。何故黙るんです。相変わらず安定しない視界のなかに笠松先輩を入れようと少し顔をずらせば、背中をぽんと撫でられた。朦朧とする脳内の中唖然としている私がいる。笠松先輩から私に、触った、だと……。


「ちょっと待ってろ」


そう言って離れた笠松先輩を見送ったまま、私はぽかんとしたままだ。入部して一ヶ月、ただ一人の一年生マネージャーとして中々に可愛がられてきたと思う。部活終わりにお疲れ〜と言いながら肩を叩くぐらいなら大体の人としているが、笠松先輩はそれさえもやったことがなかった。最初のほうは正直会話もままならず不便で仕方なかった。それも最初だけで少しすればさっきも言った通り先輩マネージャーたちよりも話すぐらいになったのだけれど、それでもやっぱり笠松先輩が私に"触れる"ことはなかった。それがここにきて。突然。ただでさえふらふらする頭が余計に混乱してパンクしそうだ。


「# name1#、保健室行くぞ」
「え、」
「お前顔色悪すぎる。ほら」
「や、……先輩、」


笠松先輩はそう言ってしゃがんで私に背を向けている。もしかしなくてもこれは、先輩がおんぶしてくれるということだろうか。中々回らない頭が余計に混乱している。でも少し冷静になって先輩を見てみるといつもの三倍くらい表情が固かった。それはそうだ、女の子が苦手で触れることさえ滅多にないこの人がおんぶだなんてハードルが高すぎる。マネージャーの面倒も見なければならないなんてキャプテンは大変だ、なんて他人事のように考えて。ここまでしてくれて断るのは逆に失礼かと思ったのと、本当に歩けそうにないのとで、断ろうとして開いた口を一度閉じて別の言葉を紡いだ。


「…すみません、お願いします……」
「ああ」


そろそろと腕を回せば片手で私の腕を引いて、もう片手は私の足に回して立ち上がった。姿勢が安定すると腕を掴んでいた手も足に回して体育館を出る。この頃には意識がすでに朦朧としていて、自分が思っていたより体調が悪かったんだなと思った。そのままお互いずっと無言で、笠松先輩にどうお礼を言えばいいのか考えていてそのうちに私は意識をとばしてしまった。










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