「…一人、ですか」




入部早々、偉い目にあっている。部活終了後目の前にいるいくらかふくよかな監督から告げられた言葉にうまく返すことは出来ず、言われたそれをただそのままに繰り返してみただけだ。
私はこの春海常高校に入学した。ここに何がなんでも入りたいという訳ではなかったのだけれど、家からそう遠くはなく、近年バスケ部が強くなっているところを探しているうちにここに辿り着き、無事入学した。中学のときからしていたマネージャーをやりたくて扉を叩けば、何故か分からないが仮入部には馬鹿みたいに多い女子の集団で唖然とした。いくらなんでもマネージャーはこんなにいらない。しかしまぁ周りを見ればメイクばっちりでおしゃれな女の子ばかりで、人間見た目じゃないなと思っていた矢先、部活を体験する一日ごとに人数は見事に減っていった。二週間もたたないうちに残ったのはなんと私一人で、それを知らされぽかんとした私を見て元からいた二人の先輩も苦笑いしか出来なかったようだった。そしてこの時仮入部で人が多かった理由がキセリョウタというモデルのせいだと初めて聞き知ったのだが、まぁその話は追々。そしてこの時点で私は学年ただ一人のマネージャーとなった訳だが、先輩二人はとても優しく、仕事を教わるのも苦ではなかった。元からマネージャーをやっていたのもあって覚えることはそう多くはなかった。この高校でのルール、時間、物の種類や配置、そして部員の名前、それさえ覚えてしまえばあとは楽なものだった。教えがいがないとふざけて笑う先輩たちと笑いあっていた数日間、仮入部から少したった頃その事実は伝えられた。



「鈴木は親の転勤で、引っ越すことになった。三年の山本だが、母親が先日倒れたらしくしばらく来れないらしい」



鈴木先輩はなんと再来週引っ越してしまい、山本先輩は家のことをやらなければいけない上今年は受験生であり、部活のせいで山本先輩の足を引っ張るのは良いことではない、とのことだった。そんなまさか二人いっぺんに。イコール、マネージャーは急に私ただ一人となり、思わず冒頭のただ一言を呟いてしまった。はっきり言って荷が重い。三人でこなしてきたものを一人でやるのだ、負担が半端じゃないし、サポートも手が回らなくなる可能性が大いにある。というより、絶対に無理だ、どこかでなにかが欠けるだろう。



「最低限やれることは部員自らにさせて、その他のこともあれば一年に手伝わせる。出来るか」



それでも、きっと悔しいのは先輩二人である。特に山本先輩は最後の学年で、ここまで支えてきた部活を自ら手放さなければいけないのだ。同じマネージャーとして、その悔しさは痛いくらいに分かる。分かるつもりでも、きっと本人はそれ以上に悔しい筈だ。監督の前で思わず泣きそうになったけれど、絶対に泣かない。



「やります。…これからまたよろしくお願いします」



答えた私に監督は頷いて、すまんなと、よろしく頼むと二つの言葉だけ置いていった。片付けも大体終わり一年生がまばらに後片付けをしているだけの体育館と去っていった監督をみて、がくりと力がぬけた。体育館のステージ前で思わずしゃがみこみ、腕の中に顔を埋めた。正直不安しかない、部員の顔と名前はギリギリ把握で自信はないし、タメの一年生とはようやく気軽に話せるようになったけれど先輩たちとはコミュニケーションがそんなに取れていなく、事務連絡でしか話したことがない。頼みの綱だった先輩たちもいなくなる、やりますと言い切ったけれど、出来る自信は少しだってなかった。



「吉野?」



私を呼ぶ声がして、腕から顔をあげればまさしくマネージャーの先輩二人が制服姿で私を心配そうに覗きこんでいた。中々着替えにこない私を待っていてくれたようで、二人は鞄を更衣室に置いてきているから帰りも一緒に帰ろうとしていてくれたみたいだ。二人の顔をみた瞬間急になにかが緩んで、視界が滲み、鼻の奥がつんと痛んだ。



「先輩、わたし、」



しゃべろうと思っても涙が溢れて言葉か出てこなくて、もう一度わたし、と言ったところで鈴木先輩に抱き締められて、ごめんね、と言われた。私が監督に呼ばれたのをたぶん先輩たちは見ていて、一人になるのを聞いただろうことを知っていたようだった。私に謝る先輩の声も震えていて、私の涙は余計に溢れる。山本先輩はそんな私と鈴木先輩をいっぺんに抱き締めて、そしてやはり涙ぐみながら私もごめんねと謝った。先輩たちは二人とも謝ったけれど二人はこれっぽっちも悪くないのだ、本当に、ただただ仕方がないことで。一緒に過ごしてまだほんの少ししかたっていないのに、私と一緒に泣いてくれて、そんな先輩と巡りあえて嬉しいのと、その先輩たちと離れてしまう寂しさと、これからさきの不安で押しつぶれそうになって、私は先輩たちにすがりついたまま泣いた。
泣きながら思った、先輩たちに心配をかけないために、強くなるために、これから一人で頑張るために。誰にも迷惑をかけないように、もう私は、泣かない。









体育館の扉の外では部員の多くが心配そうにそわそわと中を見ていたのを、私は知らない。











人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -