addio
14


「じゃあまた後で」
そう言って切られた携帯を握りしめて家を出る。玄関に置かれた鏡に映った私の目は赤く腫れていて、みっともないことこの上ない。おまけに化粧すらしていないからやつれて見える。情けない顔から目を逸らして私は走った。


並盛病院は私の家からそう遠くない所にある。小走りで約十分…慣れない運動に乱れた息を整えながら、ようやく着いた病院を見上げた。

…また、恭弥はあの病室にいるのだろうか。恭弥は入院するとき、何故かいつも決まってあの病室だった。

病院の隅の、ひんやりと静かなあの部屋…。窓から見える並盛山の緑と空の青が美しい、見晴らしのいい広い部屋だった。


居心地が悪くなるほどに清潔なその部屋に、たった一人で、誰がお見舞いに来るわけでもなく、恭弥は療養していた。

私には、真っ白な部屋に不釣り合いな黒いパジャマ、黒い髪、黒い瞳の恭弥がどうにも寂しそうに見えて、何度も何度も通ったんだっけ。
別にいいよ、なんてそっぽを向く恭弥の顔はいつもどこか嬉しそうで、意地っ張りな子供っぽいその横顔がどうしようもなく愛おしくて。

ああそういえば、私はいつも決まってお土産を持って行ったんだっけな。真っ赤に熟れた林檎と、恭弥が好みそうな小難しい小説を小脇に抱えて―――


追憶に気を取られた私の目の隅に、くすんだシルバーが映った。

(…獄寺君だ)

彼もお見舞いだろうか。
…確か獄寺君と恭弥は仲があまりよくなかった。きっと、お見舞いではなくつなよし君の護衛だ…というのを“建前”についてきたんだろう、本当は心配なくせに、君も意地っ張りだもんね。
不器用な優しさと、見え透いた嘘をつく彼の姿が目に受かんで思わずくすり、笑いが漏れた。

それで私に気がついたのだろうか、獄寺君が振り返る。笑った私に不信感を抱いたのか眉をしかめて…ううん、眉をしかめているのはいつものことだったかな。
確か前に会ったのは半年前だった。そう遠くもないのに、なんだか懐かしい。



(久しぶり、獄寺君)
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