dream | ナノ


act.004

「ぎゃー!」

今日もアルバニアの森は静かです
……私以外は

「うるさい喚くな、気が散る」

「人に杖先向けて言う台詞ですか!」


昼下がりのある日、私は全力で書斎の中で逃げ回っていた

ことの始まりはこうだ

魔力に目覚めてしまった私は一通りの英語を学び終わり
ついに、魔法について闇の帝王直々にマンツーマンの授業を受ける事になった

まだ自分の杖がない私は、呪文や魔法についての理論や原理を学び
ホグワーツでも1年の呪文学で習う基礎中の基礎、浮遊呪文を習っていた

ウィンガーディアム・レヴィオーサ

卿の唇から紡がれた呪文と共に、教科書がふわりと宙に浮いた
実際目の前で見てみるとやっぱり気も高ぶる
興奮しきった私は人間も浮くか?と質問した
卿が実践してみるか?と私に呪文を唱えたまでは良かった

浮かない

体重が重いとかそういうレベルじゃなくてね
卿にもそうやっていじられたけれど、自他共に認める最強の魔法使いの魔法が効かなかった
ということで片っ端から呪文を試し、ただいま検証中……現在に至る

「だからってアバダ・ケダブラは嫌だー!」

ばたばたと走りまわってひたすら迫り来る魔法の閃光を避け続ける
浮遊呪文も失神呪文も凍結呪文も効かなかった
卿も諦めて負けを認めれば良いものを、プライドの塊のような卿が引き下がるはずもなかった

この鬼ごっこも、きっと私が死の呪文を食らうまで続くんだろう

「っ!」

緑の閃光が頭上を通過した
ぐっと重心を落としてなんとか避けたはいいが、バランスを崩してそのまま後方に倒れた
どしんと突いた尻もちに小さな悲鳴を漏らすと、視界に影が侵入した

「アバダ・ケダブラ」

バーンと大きな音と共に、緑の閃光を浴びた
ああ先立つ不幸をお赦しください、折角の魔法世界だっていうのに大したこともせず
イギリスにも上陸してないのに死んでしまっては悔いが残りまくり………

あ、れ?

「生きてる……」

安緒の声が自然と漏れ、大きく息を吐いた
それから、死の呪文さえ効かなかった自分の身体にも溜息をひとつ

いくら変化したからってこれはチートな気がしてならない

「毎回思うが、お前は本当になんなのだ……」

飽きられたような声と表情の卿に、私は苦笑いで返すしかなかった


* * *


場所は変わってダイアゴン横丁

「案外バレないもんなんですねえ」

呪文事件で卿も腹を括ったのか、杖を買いに行くと言って私を屋敷から連れ出した
煙突飛行粉でノクターン横丁に現れた卿と私は、ダイアゴン横丁の人ごみに上手いこと紛れていた
卿はローブのフードを目深に被り、そのハッキリした目鼻立ちの上に、眼鏡をのせていた

美形に眼鏡……美味しすぎる演出です

「聴衆というものは案外、犯罪者の顔など気にも留めていないものだ」

「そうみたいですねえ」

がやがやと賑わう通路を、人をかき分けながら進む
久しぶりに見る沢山の人に、ちょっと酔ってしまいそうだ

「迷子になるなよ、探すのが面倒だ」

「もう……私、そんな年でもないですからね?」

そうこう話していると、オリバンダー杖店に着いた
年季の入った外観やドアは、流石紀元前382年創業の杖専門店と言ったところか

重たげな木製のドアを身体を使って開けると、どこからか客の入店を知らせるようにチリンチリン、とベルが鳴った
店内には小さな椅子と、こざっぱりしたカウンター
壁際には大量の細長い箱の山が天井ギリギリまでぎっしりと並べられていた

少し後ろを振り返ると、卿は壁にもたれて、時計を眺めていた

「いらっしゃい、お嬢さん」

奥から現れたのは、すこし小柄で気の良さそうな老人だった

「こんにちは」

杖を買いに来たと告げると名前を聞かれ、オリバンダーさんは微笑んだ
ポケットから銀の巻尺を取り出して、それを伸ばした

「それでは拝見しましょうか、杖腕は?」

「えーっと、右です」

身体のあちこちを採寸され、それが終わるとオリバンダーさんは店の奥に引っ込んでしまった

「ではまず、マホガニーに一角獣のたてがみ。25cm、しなりやすい」

ぱん

カウンターの花瓶が木っ端微塵になった
いきなりの出来事に、一歩後ずさった

「っわ!」

「うーむ、では黒檀に不死鳥の尾羽根、28cm。手に馴染む」

がちゃん
お次は店内のランプが木っ端微塵

「うう……ごめんなさい、弁償します!」

「気にしないでおくれ」

オリバンダーさんは微笑むと、杖を取りに奥へと引っ込む

「柊にドラゴンの心臓の琴線、24cm」

びゅん
握っていたはずの杖が手から飛び出して、天井に刺さった




「うむ、こんなことは初めてじゃ」

来店してから20は杖を振ったけれど、一向に私に合う杖が見つからない
試す度にオリバンダーさんは困り果て、首をひねるばかりだ

「……まさかとは思うが」

何やらブツブツと呟きながら、オリバンダーさんが再び店内に消えた

「私、杖に嫌われてるんじゃないでしょうか……」

「かもしれんな、絶望的だこれは」

店内は嵐でもあったかのように荒れ果てていた
ガラスや骨董品は割れ、杖の箱はあちこち飛び出している
それを見て卿は深い溜息を吐いた

無理もない
時計を壊してしまった為正確にはわからないが、ここに来てすでに2時間以上は経っているはずなのだ

しばらくすると、オリバンダーさんが戻ってきた
手には煤こけた、古びた黒いケース

「これを出す日が来るとは思わなんだが……桐にセストラルの尾。28cm」


手渡された杖は漆塗りのような黒々とした塗装がされ、とても艶やかであった

それを軽く振ると、指先から冷えた空気が流れてくるように感じ、杖先からは寒色系の火花が散った


「え、と」

「なんということじゃ……」

ようやく自分に合う杖が見つかったことで安心したのに、オリバンダーさんは酷く悲しそうな顔をして私を見ていた

「この杖は少し特別でな、今までずっと店の奥で眠っておったんじゃ」

誰の手に渡ることもなく、ずっと持ち主を探していたのか

「ありがとうございました」

卿が支払いを済ませてくれると、オリバンダーさんはぶっきらぼうにそう言って、さっさと奥に引っ込んでしまった


「いくぞ」

「え、あ」

卿はさっさと店を後にし、再びノクターン横丁から煙突飛行粉で屋敷へと戻ってきた



「オリバンダーさん、どうかしたんでしょうかね」

愛想の良い彼がおなざりな接客をするくらい、この杖には何かがあったのか
ぐるぐると思考が脳の中で循環する

「お前はいつでも厄介ごとを招くな」

疫病神か?と卿は笑った
私は相変わらず理解ができず卿に説明を求めたが、卿はそれ以上何も言わなかった


着々と、魔法世界に近づいていく


−−−−−

魔法の杖と

不思議な体験


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