dream | ナノ


act.003


「卿ー」

間延びした声と共に卿の書斎に入ると、部屋の隅の本棚で何やら難しげな本を広
げては捨て、捨てては広げを繰り返していた
部屋の片隅は分厚い本の山が出来ていて、何度か雪崩を起こしたような後もあっ


雪崩の付近にたたずむ卿は、訝しげな表情で本とにらめっこ

「何か捜し物ですか」

「……出ていけ、気が散る」


一声掛けただけ

なのに次の瞬間には首根っこを荒々しく捕まえられ、まるで猫を扱うかのように部屋の外へポイッと放り投げられた

随分と機嫌が悪いときに来てしまったなぁと自分のタイミングの悪さに嫌になり
つつも
お茶が飲みたかっただけなので早々と諦めてキッチンのあるほうへ向か
った

……キッチンに誰もいない

これは少し予想外だ
死喰い人の一人でもいれば淹れたてのお茶や、あわよくば茶菓子なんかも手に入ったのに
キッチンに出入りしたことの無かった私には、ティーポットはおろかカップの場
所さえ分からない

しかし私の味覚がお茶を求めている

食器棚を探すとティーセットは案外簡単に見つかったのだが、どうにも茶葉の場
所が分からない
がちゃんがちゃんと酷く賑やかな音を立てながら棚を漁る
まずこのキッチンにあるのがティーバッグ式なのか本格的な茶葉なのかさえ分か
っていないのだが

「こんな時こそ魔法が使えたらいいのに」

あいにく私には、まだまだそんなものは使えない
トリップしたからには是非とも学んで身に付けたいものではあるが、いかんせん現状では少し無理な話だ

「これ、かな?」

両手に乗るほどの缶の中から、独特の発酵臭と鼻腔をくすぐるような芳ばしい匂
いがする
どうやら当たりのようだ

「あとは美味しいお茶菓子なんかがあれば完璧なんだけどな」

ふと視界に入った卵の山と、かちかちと秒針が忙しなく動く時計

なんとなく、私は作業を始めた


* * *


無事に紅茶を淹れ終わり、卿の書斎に届けにきた

銀のトレイで両手が塞がっていたので、肘を使って器用に扉を開けた
いつもならこんなことをすると行儀が悪いと怒られるものだ
けれどそれを窘めるハスキーボイスも今日は聞こえない

書斎では相変わらず本の山の中で卿が眉間にシワを寄せていた

「卿、少し休みませんか?」

「……」

ソファに座ってお茶の準備をしながら卿に話しかける
相当煮詰まっているのだろうか、何も言わずにソファに腰をおろした

飲み物を注いだカップを卿の方に推し進め、自分のカップを手にとった

「お前が淹れたのか?」

「お口に合うかは分かりませんが」

私がそういうと、卿は訝しげな表情のままカップに唇をつけた
……しばしの沈黙が続く

「悪くない」

卿はそう言うとカップを置いて、一息ついた
良かった、私の淹れた紅茶はどうにか欧州の口に合うようだ
ほっと一息ついて、私も紅茶に口をつけた

「そうだ、卿」

一息ついて、お茶菓子を忘れていたことを思い出した
銀のトレイに置きっぱなしだった皿をテーブルへと移す

「ラングドシャ、焼いたんです」

卵が沢山あったので、と付け足す
甘すぎるものは卿が好まないと思い、甘さはぎりぎりに控えている
折角作っても残されたのでは、作った人間もお菓子も報われない

「よく短時間で作れたな」

「……卿、私が追い出されてもう3時間は経ってますよ」

卿が時計を見るために少し振り返る
資料探しに没頭しすぎて、時間の感覚が分からなくなったらしい

既に時計は16時を過ぎていた

「菓子など作れたのだな」

「一応女の子ですからね、一通りは」

ふ、と鼻を鳴らして笑いを漏らした卿は、ラングドシャをひとつ指先で摘むとそれを口へと運んだ
カリ、と心地いい音がして、それはあっという間に卿の口へと収まった

なんだか卿がお菓子を食べているのが可愛く見えて、口元が綻んだ

「菓子を焼く才能はあるのだな」

「は、ってなんですか。まったく、口の悪さはいつも通りですね」

どうにかお茶のおかげで、いつもの雰囲気に戻れた
しばらく二人でティータイムを楽しみ、気付いた頃にはすっかりお菓子も底が見えていた

ちなみにナギニはどこかへ散歩中で、ここしばらく姿が見えないらしい
蛇であるナギニが口にできるかはわからないが、お菓子をお裾分けしようと思っていたのに


「晴れないですね」

「……晴れさせはしないからな」

「いじわる!」

不敵に微笑む卿が、不覚にも素敵に見えた
美形は何しても絵になるし、いつでも心臓に悪いものだ

「性格がなぁ……」

「貴様の話か?」

「違います」


このくだらない、素敵な一日がずっと続いたらいいのに


「あ、卿。お庭用に花の種が欲しいです」

「食虫植物でも植えるか」

「お断りします」


−−−−−

くもった心と

少し遅めのティータイム


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