あっという間に一週間が過ぎ、週末がやってきた 今日は4人でハグリッドの所へ遊びに行く予定だったので、少し早めに起きて談話室で読書に勤しんでいた 「おはよう、名前」 「ん?あ、おはようウッド」 次に談話室ヘ降りてきたのは、クィディッチローブを着たウッドだった 「早いね、これから練習?」 「ああ!新しい練習計画でな!今ハリーを起こしたところだ」 「こんな夜明けに……頑張るね、ウッド」 「今年こそグリフィンドールが優勝だ!」 力強く断言したウッドに、苦笑いを返す 今年のクィディッチの結末まで覚えている私の頭が憎らしい 私は肩にかけたブランケットの位置を直しながら、ウッドの話に耳を傾けていた 「そうだ、ここで読書するよりも外の空気を吸いに行こう!」 「いや、でも寒いし……」 「観客がいた方が練習も盛り上がる、さぁ行くぞ!」 「あ、ちょっ……!」 流石はクィディッチ命のキャプテンだ その懸命さには心打たれるが、私を巻き込んで欲しくはなかった どの道、ロン達と様子を見に行く手筈だったし……まぁ、いいか * * * 「さ、寒い……」 私を連れてきたウッドは、選手達と会議をすると言って更衣室へ向かった スタンドにぽつりと座り、ブランケットに包まって芝生を眺めていると、聞き慣れた声が聞こえてきた 「やっぱりここだった、君ってすぐ行き先を告げずに居なくなるよな」 「今日はウッドに拉致られた、私のせいじゃないもんね」 ロンとハーマイオニーがスタンドへやってきた 2人共しっかりと暖かい格好で来ているのが、少しだけ羨ましい 「名前、お腹空いてない?大広間から少し持ってきたの」 「胡桃のスコーン!これ好きなの、ありがとうハーマイオニー」 ハーマイオニーが取り出したスコーンを早速一口囓ると、ようやくグリフィンドールチームの選手がピッチへやって来た 「まだ終わってないのかい?」 「まだ始まってもいないんだよ。ウッドが新しい動きを教えてくれてたんだ」 ロンがマーマレード・トーストを囓りながらハリーに話しかけたので ハリーはそれを羨ましそうに見ていた 「ハリー、ハーマイオニーがスコーンを持ってきてくれてるから、練習が終わったらあげるね」 「本当?良かった、お腹ぺこぺこなんだ」 そう言うとハリーは箒に跨がり、地面を蹴ると空中へ舞い上がった 練習中は選手が風を切る音とボールが行き来する音に加えて、コリンがシャッターを切る音が響いていた 「なんだあれ?ハリーの写真の為に早起きしてきたのかな」 「あの調子じゃ、そうなんだろうね」 「ある意味凄いよな、ハリーに夢中だ……ん?」 ロンがピッチの方を見て、首を傾げた その方向に視線を向けると、深緑色のローブを着た生徒が数人、箒を持ってピッチに入ってきている 「あれってもしかしなくても、スリザリンだよな?なんでピッチにいるんだ?」 「何だか揉めてるみたいね、どうしたのかしら」 「ちょっと見てくる」 「あ、おい、名前!」 ロンの声を背に受け、私は階段を駆け下りてピッチへと向かった 少し先では、深紅のローブと深緑のローブが壁を作っている 「いや、ここは僕が予約したんだ!」 ウッドの声が響く 案の定、どちらがピッチを使うのかで揉めているらしい 「ヘン、こっちにはスネイプ先生が特別にサインしてくれたメモがあるぞ」 「へー、どれどれ?」 「あ、おい!」 スリザリンチームのキャプテン、フリントの手にしていたメモを掠め取り、メモの内容を読み上げた 「"私、スネイプ教授は、本日クィディッチ・ピッチにおいて、新人シーカーを教育する必要がある為、スリザリンチームが練習することを許可する"……だってさ」 「名前、どうしてここに?」 「……あなたに連れてこられたんですけどね、キャプテン」 ウッドは納得したような顔をすると、また険しい顔に戻って深緑の壁を睨み付けた 「で、新しいシーカーはどこに?」 ピッチの使用許可より、ライバルチームの新しいシーカーに興味を持ったウッドは、そう聞き返した 深緑の壁を作っていた6人の後ろから、7人目が現れる 青白い顔に得意げな笑みを浮かべたドラコが、深緑色のローブを着て、立っていた 「ルシウス・マルフォイの息子じゃないか」 「ドラコの父親を持ち出すとは、偶然の一致だな。その方がスリザリンチームにくださった、ありがたい贈り物を見せてやろうじゃないか」 フレッドの言葉にフリントが反応し、スリザリンの選手がニヤニヤしながら箒を突き出した "ニンバス2001" 磨きたての新品の柄に金色の文字で銘が書かれた箒を見て、グリフィンドールの選手は息を呑んだ 「最新型、先月出たばかりさ」 フリントはフレッドとジョージの持つクリーンスイープ5号とニンバスシリーズを比較して、軽く笑ってみせた 「で、満足した?」 「フン、悔し紛れの言葉なんて……!?」 フリントの目は、私の手の中に釘付けになった スリザリンの練習許可証はくしゃくしゃに丸められ、小さくなっている 朝の風がそよそよとメモだった物を煽っていた 「お、おい!お前、何て事を!」 「はい、インセンディオ 燃えよ!」 ぽいと投げたそれを燃やしてしまえば、証拠も残らない くしゃくしゃのメモは、芝生に付く前に灰になってしまった 「ふざけるな、スネイプ先生が知ったら……」 「告げ口でも何でもどうぞ、その前にピッチの予約をオススメするけど」 これで今日の朝の練習はグリフィンドールのものだ 全く、予約に割り込みなんて セブルスは意地でもグリフィンドールの邪魔をしたいらしい 「どうしたんだい?どうして練習しないんだよ。それにアイツ、こんなところで何してるんだ?」 様子を見に来たロンとハーマイオニーが、芝生を横切ってこちらへやってきた ロンは不愉快そうな顔で、クィディッチローブを着たドラコを見る 「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ。僕の父上がチーム全員に買ってあげた箒を、皆で賞賛していたところだよ。いいだろう?」 目の前に並ぶ最高級の箒を見て、ロンは口を開けてしまっている クィディッチ好きなロンの事だ ニンバス2001がどういった物か良く知っているのだろう 「だけど、グリフィンドールチームも資金集めして新しい箒を買えばいい。クリーンスイープ5号を慈善事業の競売に掛ければ、博物館が買いを入れるだろうよ」 ドラコがフレッドとジョージの箒を馬鹿にすると、スリザリンチームから笑いが起こった それを聞いたハーマイオニーが、ドラコに向かって口を開いた 「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」 きっぱり言い切ったハーマイオニーを見て、ドラコの自慢げな顔が歪んだ 彼は口を開くと、あの言葉を吐き出した 「誰もお前の意見なんて求めてない。生まれ損ないの"穢れた血"め」 ―――穢れた血 マグル生まれの魔法使いを侮辱する、最も酷い言葉 数年ぶりに聞くそれは、私の意思に反して勝手に身体を動かした ばしん 鈍い音と痛みが響く 掌がじんじんと熱を持った フリントと取っ組み合いをしていたフレッドとジョージも、激昂していたアリシアも、ぴたりと止まってこちらを見ている 「こ、の……よくもやってくれたな!」 「血が何だって言うのよ、くっだらない!」 頬を抑えて叫ぶドラコに、私は怒鳴り返した 高まった感情が火をつけたのか、落ち着きを取り戻せない 「お前のお爺様は随分な教育をしたようだ、グレンジャーと変わらないな!」 「いい加減にしろ、マルフォイ!思い知れ!」 ―――その暴言で、ロンに火が点いた ドラコに杖を突き付けると、呪文を放つ しかしそれは杖先ではなく反対側から飛び出し、ロンの腹部に当たった よろめいたロンは、そのまま芝生の上に尻餅をつく 「ロン、ロン!大丈夫!?」 ハーマイオニーがロンに駆け寄る ロンは口を開いたが、言葉が出てこない その代わり―――ボタボタとナメクジが溢れてきた それを見て我に返った私は、慌ててロンの元へ駆け寄る スリザリンチームの笑い声の中、ハリーもこちらへやって来た 「ハグリッドの所へ連れて行こう、一番近いし」 「ロン、立てそう?」 ハリーと2人で両側からロンを助け起こし、立ち上がらせる ロンは苦しそうに呻くと、また数匹のナメクジを吐き出した 「ハリー、どうしたの?ねぇ、どうしたの?病気なの?でも君なら治せるよね?」 今度はスタンドから駆け下りてきたコリンが、纏わり付く 周りを飛び跳ねながら騒ぐコリンをハリーは一喝し、ロンを抱えて森の方へと向かった * * * ハグリッドの小屋の前にロックハートがいたので少々手間取ってしまったが、どうにかロンを運び込んだ ハグリッドは大きな洗面器を置くと、全部出せと言った 「ロン、みんな吐いっちまえ」 「……名前、君、魔法薬が得意だろう?どうにかできない?」 ハリーが私を見てそう言った 視線の先にはロンの吐き出したナメクジがいる 「薬があったとして、ロン、飲める?」 「っ、ちょっと、無理かも……うええ」 ロンは咳き込みながら、洗面器を抱え込んだ それを心配そうに見ながら、ハーマイオニーはロンの背中を擦る 「ねえハグリッド、ロックハートは一体何の用だったの?」 「井戸の中から水魔を追っ払う方法を俺に教えようとしてた、まるで俺が知らんとでも言うようにな」 珍しくハグリッドがロックハートのおかしなところを批判すると すかさずハーマイオニーが上擦った声で反論した 「それって少し偏見じゃないかしら、ダンブルドア先生は、あの先生が一番適任だとお考えになった訳だし……」 「他にだーれもおらんかったんだ」 ハグリッドはそう言うと、皿に入った糖蜜ヌガーを差し出しみんなに勧めたが 真横でロンが吐いているからか、誰も手を付けなかった 「人っ子一人おらんかったんだ。闇の魔術の先生をする者を探すのが難しくなっちょる、だーれも進んでそんなことをやろうとせん。な?みんなこりゃ縁起が悪いと思い始めた。ここんとこ、だーれも長続きした者はおらんしな」 卿が志願してからと言うもの、闇の魔術に対する防衛術は呪われていると言う噂は、確かに流れていた 迷信のようなものだが、やはり進んで教鞭をとろうとする人はいないようだ まぁ、やりたがっている教授が1人、いるにはいるけど 「それで、やっこさん、誰に呪いをかけるつもりだったんかい?」 「マルフォイがハーマイオニーの事を何とかって呼んだんだ。物凄く酷い悪口なんだと思う、だって皆カンカンだったもの」 「ほんとに酷い悪口さ」 ハリーの声に反応して、ロンが青褪めた顔を持ち上げてそう言った 嗄れた声のせいか、少しやつれてしまったようにも見える 「マルフォイのヤツ、ハーマイオニーのこと"穢れた血"って言ったんだよ、ハグリッド」 「そんなこと、本当に言うたのか!」 「言ったわよ、でもどういう意味だか私は知らない。勿論、物凄く失礼な言葉だということは分かったけど……」 「あいつの思い付く限り最悪の侮辱の言葉だ」 また、ロンが顔を上げる 吐き気の波は少し収まったらしく、洗面器を抱えたままこちらを見る 「……あのね、"穢れた血"ってマグルから生まれたって言う意味の、つまり両親とも魔法使いじゃない者を指す最低の呼び方なの」 口に出すのも躊躇うような言葉だ まだ痛みの残る掌を握り直し、先程のことを思い返した ……うっかりドラコを叩いてしまった 暴力で解決なんてしないのに、あの単語を聞いたら身体が言うことを聞かなかった まだ、あの日の記憶が鮮明に残っている 「魔法使いの中には、例えばマルフォイ一族みたいに、皆が"純血"って呼ぶものだから、自分達が誰よりも偉いって思ってる連中がいるんだ」 ロンはまた呻いてナメクジを洗面器に吐き出してから、話を続けた 「勿論そういう連中以外はそんなこと全く関係ないって知ってるよ、ネビル・ロングボトムを見てごらんよ、あいつは純血だけど、鍋を逆さまに火にかけたりしかねないぜ」 「それにハーマイオニーが使えねぇ呪文は、今までにひとっつもなかったぞ」 「他人の事をそんな風に罵るなんて、むかつくよ」 ハグリッドとロンがこれでもかと言うほどフォローしたので、ハーマイオニーは頬を高潮させて俯いた 「"穢れた血"だなんて、全く。卑しい血だなんて、狂ってるよ。どうせ今時魔法使いは殆ど混血なんだぜ。もしマグルと結婚してなかったら、僕達とっくに絶滅しちゃってたよ」 そこまで言うとロンは額の汗を拭い、また下を向いて吐き始めた 吐くのを我慢していたのか、洗面器を持つ手が震えている 「うーむ、そりゃロン、やつに呪いをかけたくなるのも無理はねぇ。だけんど、お前さんの杖が逆噴射したのはかえって良かったかもしれん」 ナメクジの落ちるボタボタという音にも負けないくらい大きな声で、ハグリッドは話し続けた 「ルシウス・マルフォイが学校に乗り込んできおったかもしれんぞ、お前さんがやつの息子に呪いをかけっちまってたら。少なくとも、お前さんは面倒に巻き込まれずにすんだっちゅう」 「あー、ハグリッド……それなら、名前が、もう」 ハリーが私の方を見て、顔を引き攣らせた クィディッチピッチでの出来事が、また頭の中で巡りだす 「なんだ、どんな呪文を使ったんだ?」 「あー……引っ叩いた」 「…………や、やっちまったなあ、名前」 「でも僕、すっきりしちゃった」 「今更だけど自己嫌悪するよ、ハリー」 それからロンが落ち着くまでに昼近くまで掛かったが ハグリッドの所でお喋りをしたり、小屋の裏にある野菜畑を見て回ったりした 昼食の為に城へ戻ると、玄関ホールでマクゴナガル先生に声をかけられた ハリーとロンは新学期初日の件の罰則を言い渡されていた * * * 寮へ戻ると練習を終えていたクィディッチの選手に捕まってしまったり ハーマイオニーの読書談義に付き合ったりで、あっという間に夜になった 部屋でベッドメイクをし、今朝読んでいた本を手に取る 「どこまで読んだんだっけな……」 パラパラと適当にページを捲り、しおりを探す ……今頃、ロンはトロフィールーム、ハリーはロックハートの部屋で罰則中だろうか きっともう、声を聞いたはず 扉は開いた あと少し、少しだけ - - - - - 月明かりの先で 声が聞こえる |