dream | ナノ



002B Adventure

授業のない休日でも、ホグワーツは賑やかだ
それは今日がホグズミードへ外出できる日だからなのかもしれないが

1、2年生は学校内でのんびり
上級生達は外の空気を存分に楽しんでくる

そんな休日

「なのに、なんでこんな所に居るのかしら」

ブラックに呼び出された場所は”4階”

ホグズミードへ行くのなら、玄関か現地集合、それか談話室で落ち合う方が良いと思ったが
話を持ちだした張本人は”4階集合”としか返事をしなかった

待ち合わせの時間まで、あと数分というところ
駆け足で黒い陰が視界へと入ってきた

「おお、早いな?」

「自分から誘っておいて、随分とのんびりなのね」

「相変わらずおカタイねぇ、B女史は」

そう言って笑いながらブラックは頭を掻く
黒髪に、手櫛の後が残っているのをぼんやり見る

彼は廊下の隅に座り込んで、辺りをきょろきょろと伺っている

「……何してるの」

「誰も居ないよな?今」

「ええ、とっても静か。だって皆外出してるもの」

そう答えるとブラックは私を手招いて、同じくその場にしゃがみ込むように言う

「ディセンディウム 降下!」

ブラックが呪文を唱えると、すぐ横で陰を落としていた隻眼の魔女の像が割れ
ギリギリ人が1人通れるくらいの裂け目が出来上がった

これは忍びの地図にあった、秘密の通路

「よし、ちゃんと着いてこいよ」

「着いてこい……って、まさか」

「”普通”なんて、つまらないだろ!」

「ちょっと……!」

ぐいっと腕を引っ張られた時には、もう身体は裂け目の先へと向かっていた

「っ!!!」

私の身体は重力に従って、下へ下へと向かって行く

傾斜の付いたその通路は、石で出来た滑り台のようで
しばらく滑って行くと、ぽんと身体が投げ出された

滑り台はここまでのようだ

「おっと」

宙に投げ出された身体を、一足先に到着していたブラックが受け止める
さながら姫抱き状態の私は、すぐさま足を下ろして、彼を睨んだ

「……っ何なのよ、もう」

「俺達しか知らない、秘密の通路さ」

「そうじゃない、何でいちいちこんな道……」

―――最悪

舗装されていないでこぼこ道に、土臭くて狭いトンネル
たしかこのルートだと、徒歩一時間は掛かるはずだ

溜息を吐くも、足を動かさなければ此処から出る事はできない

「楽しいだろ?こういうのも」

「お生憎、そういう趣味に見える?」

「まぁ、行けば変わるって」


杖先に明かりを灯して、ひたすら道を進む事となる
この通路はハニーデュークスの倉庫に繋がっているのだが

到着してから感じたのは、嗅覚を刺激する匂い

新鮮な外の空気でもない
田舎独特の空気でもない

―――クド甘い、お菓子の匂い

辺りに充満しているそれは、キャラメルのような砂糖から発せられる香り
甘味好きの友人なら喜ぶだろうけど、私はそうではない

呼吸をする度に、鼻腔が痛くなるような感覚

「……っ」

「おい、大丈夫か?」

「この匂い、ちょっと苦手かも」

一時間も運動したせいか、充満するキャラメル臭のせいか
どちらが原因か分からないけど……少し気分が悪い

顔を顰める私を見て、ブラックは私を連れてハニーデュークスを後にした


「落ち着いたか?」

「……一応」

ブラックに連れて来られたのは、喫茶店だ

普段の私なら、喜んで紅茶を楽しんだのだろうけれど

「……なんでよりよって、この店なのよ」

「だ、だって三本の箒は煩いし、もう生徒でいっぱいだったろ」

「だからってマダム・パディフットの店なんて」

ピンクのふりふり、可愛らしい雑貨、フェミニンな雰囲気
そして視界にはカップル、カップル、それからカップル

頭を抱えて、注文した紅茶を一口飲んだ

「……ストレートでも、十分すぎるくらい美味しい」

「なら、良かった」

すっと喉を通るそれは、気分をスッキリさせてくれる
ミルクや砂糖なんて入れなくても十分、好みの茶葉だ

確かにお茶は美味しいが―――着席5秒で落ち着かなくなってきた

店内の色彩的にも、雰囲気的にも、視覚的暴力を受けている気分

目の前で楽しそうにおしゃべりしてる仲睦まじいカップルを見ていると
のんびりお茶を楽しむことより、さっさと此処から逃げ出したいという気持ちになる

「お前、紅茶好きだって言ってたろ」

「じゃあ付け足そうかしら、静かで、趣のある、落ち着いたお茶が好き」

「……あー……だよな」

彼もこのピンク色の空気に耐えられなくなってきたのか
そわそわと辺りを見ては、落ち着きのない顔でお茶を啜る

気分も良くなってきたのだし、無理に此処に滞在する必要もない

「気遣ってくれたのは嬉しい、けど少し場所を変えたいわ」

「んじゃ、散歩でもするか」



* * *



「枯れ葉、すっかり多くなってきたな」

「もう、9月も終わりだもの」

さくさく

足を踏み出す度に、そんな心地いい音が響く
すっかり枯れた葉が風に乗って、空へと運ばれる

少し散歩でも、そう思ってホグズミードの外れまでやってきたが
ひんやりとした秋の空気が、指先の温度を奪っていく

―――頬、赤くなってないかしら

「編入して1ヶ月、どうだった?」

ブラックが、ふと口を開いた

「どうって……まぁ、面白いわよ」

「ならいい」

「何故?」

ゆっくりと小さな歩幅で落ち葉を踏みしめる
彼の顔を見ないまま、会話は続く

「……ホグワーツ、楽しくないのかと思ってた」

「楽しいわ。授業も、それ以外もね」

毎日の授業での体験は勿論

彼らの悪戯、友人との会話、読書の時間
どれもこれも有意義な時間だ

つまらない事なんて、何一つ無い

「何でそんな事?」

「お前、あんまり笑わないから」

”笑ってない”

私は冷えた頬を触りながら、その言葉を頭の中で噛み砕く

性格上、感情が表面化しにくいのかもしれないけど
それでも此処に来てから、笑ってる時間は多くなったと思っていた

「笑ってる、わよ?」

「……見たこと、ないけど」

「……見てないだけじゃないの?」

「いやそんな事無い、だって」

そう言いかけて、ブラックは口を噤んでしまう

話の続きを催促するように、少し見上げるようにしてそちらを見ても
タイミング良く吹いた風に煽られた黒髪が邪魔をして、表情を確認することは出来なかった

「なんでもない」

「何よ、もう」

「ちょっと笑ってみろよ、ほら、こうやって」

ブラックはニイッと口の端を上げて、真似をしてみろと言わんばかりに表情筋を動かす

指でぐいぐいと口角を上げる彼は、とてもじゃないけど学年上位の顔面偏差値の持ち主には見えない
スカした表情でも、自慢げな表情でもない―――変顔をする目の前のブラックは、ただの少年だ

私もつられて、笑みを浮かべる

「……なんだそりゃ、口角が全ッ然なってねぇ!」

「そういうの苦手よ、私」

「もっと笑えって!こう!こんな感じ!ほら真似してみろって」

「……真似てる」

「嘘吐けなんだその顔」

「残念、元々こういう顔なのよ」

意地でも私を笑わせたいらしい

……何と形容していいのか分からない顔をしている
正直、彼を美形だと思っていた自分を疑いたくなる

そして変顔はエスカレートしていき、とうとう耐え切れなくなった私は、吹き出してしまった

「……っ変な、顔……っふふ、ふふふ」

「っ……!」

手の平で顔を覆っても、くすくすと勝手に笑い声が溢れていく
一生懸命な彼を笑うのも失礼かもしれないけど、おかしいものはおかしいのだ

「最後のは反則だわ」

「……」

「ブラック……?」

「……や、やっぱナシ!笑わなくていい!」

ブラックはわたわたと両手を振りながら、そう言った

「っ何よそれ、さっきと逆じゃない?」

「いいから、いいから!さっきのは忘れろ!」

笑えというから笑ったのに、今度は笑わなくていいなんて
そんなに見慣れないものなのかしら、私の笑った顔

「そんなに変だった?」

「いや変なんかじゃない、むしろ……っあ、いや!違う!」

「何が違うのよ」

「色んな意味で、心臓に悪いってことが分かった」

「……はぁ?」

じとりとそちらを見ると、またわたわたと弁解が始まる

―――誰も聞いちゃいないのに

彼はどこかから錯乱の呪文でも受けたのか
ああでもないこうでもないと自問自答を繰り返していた

「いつも以上に自分勝手」

「お、おう、自分勝手で構わん」

「今日は随分と変よ、ブラック」

「……普段通りって大事だよな」

「まぁ、そうね」


私達は普段通りの距離感で、普段通りくだらない会話を再開して
ホグズミードでちょっとした買い物をしてから、帰路についた

もちろん帰り道は秘密の通路なんかじゃなく、普通の道

普通じゃないのは、心の距離だけ

妙にうるさい心臓の音は

きっと笑いすぎたせい


− − − − −

普段と違う表情が

こんなにもドキドキするなんて


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