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002A Sweet


冷えた風が玄関ホールを舞う

開かれた大きな扉の先には、生徒達の列

―――今日はホグズミードへ行く日

初めての外出にワクワクしている反面、ちょっと不安
なんたって今日は、一人行動なのだから

「うー……寒い、もう少し厚着すれば良かった」

イギリスの秋を舐めていたかもしれない
もうマフラーがあってもいいかも、そう思って顔をあげる

「あ!」

「……ッチ」

視線の先には、愛しのレギュラス

私が大きな声を上げて反応したのが嫌だったのか、苦々しげな表情で舌打ちをされる
階段から降りてきた彼は、少し手前で立ち止まってこちらを見下ろす

いつも以上に高さがあって、なんだか新鮮な立ち位置!
玄関ホールでモタモタしていて良かったかも

「レギュラスもホグズミード?」

「……お前には関係ない」

「あるよー、私も行くんだもん」

えへんと胸をはると、レギュラスはきょろきょろと辺りを見回す
何か探していたのか、暫くして少し首を傾げて私を見た

…………何その可愛い仕草!ずるい!
その絶妙な角度はずるい!

「いつもつるんでいる奴らはどうした」

「ん、今日は別行動だよ」

奴ら

それは同じ編入生の事か、グリフィンドールの友人達か
それとも、シリウスも含まれているのかは分からないけど

彼は意外といった表情で私を見た

「お前達はいつも頭の悪そうな騒ぎばかりだし、てっきり外出も一緒かと」

「手厳しいね。でも今日は私一人だよ、お生憎様」

「ふん……お前一人じゃあ小鳥程度だ。気にも留めない」

「一応は私も、先輩なんだけどなぁ」

「僕より小さい。それにグリフィンドールなんかに恭しくすると思うか?」

そう言って、レギュラスはスタスタと先へ歩いて行く
私も慌てて後を追い、生徒の列から離れない様にする

そうは言っても今のおしゃべりのおかげで、先頭は豆粒みたいに小さくなっている

「……ついてくるな」

「そうは言っても行き先は同じなんだから、諦めてよ」

レギュラスは不服そうに足を伸ばす

……そういえば、私服なんて見るの初めてかもしれない

と言っても、黒のPコートに隠れてよく見えないけど
細身のパンツに革靴の質を見ても、品の良さが伺える

流石、名家ご出身なだけはある

「スリザリンの子って、スタイリッシュな服装だよね」

「お前らグリフィンドールはアホみたいな服ばかりだ」

「……まぁ、カジュアルな子は多いけど」

会話の端々に失礼なワードが入り混じっているレギュラス
会う度飛んでくるそんな言葉も、回数を重ねてしまえば気にならなくなっていた

というか、動きやすい服装の子が多いのは確かだけど

……よく観察しているなぁ

「お前は逆に動きにくそうだ。なんだ、その……ひらひらしたのは」

「お出かけ用のワンピースだよ、いいでしょ?」

「…………もっと長いものにするか、タイツでも履け」

「今日は寒いから靴下よりもタイツが正解だったね」

ふんわりとボリュームのある、女の子らしいラインのワンピース
膝下の靴下のおかげで、露出した膝はちょっとひんやりしている

寒さに負けてほんのりと赤くなる膝を見ながら笑うと
レギュラスはさっきより少しだけ、歩く速度を早めた

「あ、待ってよ!どうせなら一緒にお買い物」

「……お前と?僕が?」

「うん!」

「断る」

レギュラスはふいっと顔を背けると、そっけなくそう言った

きっぱり言い返された事にちょっぴり眉尻が下がるが
それでも私はめげずに話を続けようと、口を開く

「どうせだから一緒に回ろうよ!」

「僕はただ新しい羽根ペンを買いに来ただけだ、回らないぞ」

「え、ハニーデュークス行かないの?」

”ハニーデュークス”

ホグズミードにあるお菓子屋さんの名前を出すと、彼の視線がゆらりと泳ぐのが見えた

レギュラスは、甘いもの
特にチョコレートがお気に入りだと聞いた

―――この情報に間違いはない

だって彼の実兄を脅して手に入れた貴重な情報なのだから!
それなら、この話題には乗ってくるはず

「ちょっと前に出たっていう新作のお菓子、レギュラス食べた事ない?」

「……そ、そんなもの」

「特に、チョコレート味が美味しいって聞いたんだよね」

「チョコレート味なんて、別に……」

「スイーツ仲間からの確かな情報だから、これはもう買うしかないと思ってたんだけど」

「…………」

「でも大きなサイズの物しか売ってないみたいでね、半分貰ってくれる人いないかなぁって」

リーマスが教えてくれる最新スイーツレビュー、聞いておいて良かった……



* * *



「ふふふふふ……!」

「その気持ち悪い笑い方を辞めろ」

「えへへ、だって……ふふふふっふ」

「気でも狂ったか」

―――ハニーデュークスは、私にとって天国みたいな場所だった

百味ビーンズに蛙チョコレート、定番商品はもちろん
チョコレートに、スナック、キャンディ、ヌガー、ガム、ケーキ

砂糖や綿飴で作られたおもちゃ菓子
食べると不思議な事が起きるスナック
そしてお店の外まで溢れる、甘い香り

「幸せ……!」

私は目に付いたものを手当たり次第、買い物カゴへ入れていく

もう、全部試してみたくてウズウズしているのだ
どんな味なのか、興味深いものだらけで口の中は洪水が起きていた

「おい、ちゃんと見ろ。それ、爆発ボンボンだぞ」

「ちゃんと食べる!」

「ヒキガエルペパーミント」

「食べるよ!」

「ナメクジゼリー」

「……いける、と思う!うん!」

「激辛ペッパー」

「…………ちゃんと見てませんでした」

パッケージには”食べると口から煙が出る”なんて書いてあったので
そのまま元の棚へとお戻りいただいた、辛いのは苦手だしね

あくまでも私の好物は、甘いもの!

「……もう十分だろ」

「これ以上増えても、帰るのが大変だしね」

カゴの中は、お菓子でいっぱい
山盛りになったカラフルなお菓子を満足そうに見つめてから、私はレジの方へ進んだ

幸せいっぱいでお会計を済ませたが、お財布の中身は寂しくなってしまった

まぁ、ダンブルドアのおじいちゃんがお小遣いくれるよね?
だってあの人もスイーツ仲間の一人だからね!

「レギュラスー、魔女鍋ケーキ半分にカットしてもらったよ」

「袋、二つにしてもらったか?」

「ばっちり!」

ずっしりと重みのあるケーキの入った紙袋を一つ、レギュラスに渡す

―――いつものポーカーフェイスが崩れて、ちょっぴり口角が上がった

あああ、お菓子なんて私が幾らでも作ってあげるよ!
こういうジャンクな物は買ったほうが美味しいだろうけど

「っ何見てる!」

「なんでもないでーす」

レギュラスと視線が重なると、眉間にシワを寄せて睨まれる

食べ物で釣るなんて、ちょっと申し訳ないけど
”魔女鍋ケーキ(チョコレート味)”を恨んでもらうしかない

「それ、ちゃんと寮まで持って帰れよ」

「うーん、まさか紙袋二つになるとは思ってなった」

両手いっぱいのお菓子は、私の手の自由を奪っている
ずっしりとしたそれを持って、また来た道を戻らなければいけない

……ちょっと、面倒だ

「移動呪文で運んじゃおうかな、それか呼び寄せ呪文か」

「……菓子が零れても良いなら」

「そ、それは駄目!駄目ゼッタイ!」

貴重なハニーデュークスのお菓子達を哀れな姿にするくらいなら
今此処で口に詰め込んだほうが、お菓子も幸せってものですよ

「……仕方ない」

「へ?あ、っちょ!」

―――レギュラスが、私の紙袋をすっと持ち上げる

「私のお菓子ー!」

「誰がこんなに食うか、馬鹿かお前」

遂に私のお菓子を狙ってきたと思ったら、また失礼な言葉が降って来る
呆れ返った表情のレギュラスは、重たい方の紙袋を持ったまま口を開いた

「持ってやる」

「え、いいの?重いよ、そっち」

「いいから」

スタスタと先を歩いていってしまう彼を、少し小走りで追いかける
私は良くわからないまま、隣の彼へお礼を言った

「えーと、ありがとう?」

「……その代わり羽根ペン専門店まで付き合え」

「っうん!」


甘いお菓子の香りに包まれたまま、お買い物はまだまだ続く
こうして一緒に歩けるなんて、なんだかデートみたい

枯葉の舞う寒い季節でも、顔が熱い

ホグワーツに戻るまでの間―――私の心臓は、ちょっとうるさかった



− − − − −

でも羽根ペンと黒インク10ダース持たされるなんて

あの時は思ってもいませんでした


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