dream | ナノ



3人で古城を観察していると、城の方向から誰かが近づいて来るのが見えた


「誰?あのじーちゃん」

「うーん、お城を管理してる人……とか?」

「にしては不可思議な出で立ちね」

やってきた白髭の老人は、確かに不思議だった

半月型の眼鏡に、髭と良く似た色の髪はふわふわと風に揺れている
藍色の光沢のある素材でできた長い服は―――まるでおとぎ話の魔法使いのようだった

視線が交わった途端、何か話しかけられるが……


―――英語だ


しかも発音、話し方、何もかもが早すぎて、全く聞き取れない
怒っているようでもないし……何か質問されている感じだということだけは理解できるが

残念ながら私の学力では、ちんぷんかんぷんだった

「何か言ってるよ?英語?」

「えっと…Bちゃん、分かる?」

「ネイティブの英語なんて早すぎて分かんないわ」

彼女はそう言うと、お手上げ、といったジェスチャーをして溜息を吐いた

「へーい!うぃーきゃんすぴーくいんぐりしゅ、どぅーゆーすぴーくじゃぱにーず!?」

たどたどしい英語でも、今は伝える方が大事かもしれないが
…Cちゃんは私と似たような脳の構造で……英語が堪能ではない

「酷い発音ね、あと変に韻を踏んでて更に酷いわ」

「ぐぬぬ……心があれば伝わるんだぜ!」

すると老人は懐から何か細い棒を取り出して、それを振った


「これで、言葉は通じるかね?」

「……じーちゃん日本語も話せるじゃん!」

「君らは、マグルじゃの?」

―――マグル

それは私達にも、酷く聞き覚えのある言葉だった
全員が共通して好きな作品、ハリーポッターの世界で魔法使いが非魔法使いに対して使う言葉

そういえば、何だか彼のことも、どこかで見たことがあるような……

「なんか、ダンブルドアみたいだね!」

Cちゃんが、老人を指差して声を上げた

そう、ダンブルドア。彼にそっくりなのだ
ホグワーツの校長を務める、ハリーポッターの登場人物

原作に忠実で、ちょっと映画の俳優のニュアンスも併せ持った、独特の雰囲気

「わしを、知ってるのかの?」

「えっと……あの、私達迷子みたいで……ここは何処ですか?」

名を知ってる

その事で幾分か警戒されてしまったのか、彼の声色が変わり
こちらを見る瞳は、獲物を狙う梟のよう―――なるべく低姿勢で尋ねてみた


「ホグワーツ魔法魔術学校じゃ」


開いた口が塞がらない

ここがホグワーツで、彼はダンブルドアだったとしたら
私達は3人一緒に、異世界に来てしまったことになる

しかも平行世界でも、ただの異世界でもない


―――ハリーポッターという、小説の中に


トリップ、という単語が頭の中に浮かぶ

けたけたお腹を押さえて笑うCちゃん
疲れ気味に頭を抱えて項垂れているBちゃん

2人とも反応こそ違えど、信じられないという様子

それでも、彼の手に収まる杖、それを振ってから、突然通じた言葉
先ほどの情景を思い出すと、これも現実なのではないかと思ってしまう

「何者なんじゃ?学校を保護しておる空中の保護呪文が破られたと思ったら」

やはり、空中から現れたのは間違いなさそう
ダンブルドアは髭に触れながら、首を傾げる

「私達も良く分からないんです、気付いたらここにいて……」

「そのようじゃな、とても此処に進入してこようという感じではないしのう」

3人を上から下まで見て、呟く
確かに、侵入者にしては見た目も相応しくないし、何より小娘3人しかいない


「マグルの割には、魔法界に詳しいとお見受けするが」

ホグワーツという単語に反応してしまった以上、ただの迷子ではもう通用しない
訝しげな表情でこちらを見つめるダンブルドアと、友人の顔を交互に見る

ふと、何か考えているような面持ちだったBちゃんの目付きが―――変わった

「……信じてもらえないとは思いますが」

「Bちゃん……?」

「これ、説明しないと終わらないわよ」


それは、分かっている

この世界で最も信頼の置ける人物は目の前にいるのだ
後は、私達が異世界の人間だということや、この世界の事を話すしか…こちらの信頼を得ることができない事くらい

そしてそれを話すことで、この世界の理が捻じ曲がるということ
トリップなんて、創作のお話には良くあることだけど―――ある意味、お約束のことだ



* * *



「嘘だとお思いでしたら、真実薬でもなんでもお使いになってください」

一通り話し終えたBちゃんが、静かにそう言った

この世界とは別の、異世界から来たということ
魔法界に詳しいのは、この世界がベストセラーとして世に出回っているからということ
内容は勿論言えないが、これから起こる事も結末も知っていることを簡単な説明で済ませた

風が足元をくすぐって、青々とした草の香りを巻き上げていく

「にわかには信じがたいが、突然降って現れたのも事実じゃ。真実薬を使うまでもないと思うがの」

再びその銀の髭を撫でて、少しだけ首を傾げ
しばし考えた彼は、ぽんと掌を打って口を開いた



「ふむ……では、しばしこの学び舎で学んでみるといい」



―――意外

そんなことを言われるとは、思っていなかった

「幸い今は夏休み期間中、今からでも準備は間に合おう」

驚いて目を丸くしている私達を尻目に、彼は考えたことをどんどんと口走る
彼が素性の知れない小娘3人の面倒を見る、ということらしい

「ちょ、ちょっと待ってください!良いんですか?」

「行くところも何も無いじゃろ?」

「それはそうですけど……」

確かに、行くところなんて無い
こんな森のど真ん中、しかも見知らぬ外国で知り合いなんていない

―――頼れるのは、この人しかいないのだ

「君達にはそういった価値がある、といえばいいかの」

ふと、私の腕で光るブレスレットを彼は見る

意味深げにダンブルドアは呟いたが、本当に言いたいことは何処か別のところにあるようだ
私は首を捻って友人を見るが、彼女は小さく息を吐くだけであった

「?」

「ま、何にせよ今は好意に甘えるしか無いわ……お願いしましょう」

「どういうことー?」

「今日から、君達はホグワーツの生徒じゃ」

Cちゃんの問いに、ダンブルドアがにっこり微笑んで答えた

「…は?え?本当?それ本当?いいの?」

状況が掴めていなかったのか、今更動揺し始めたのだが
暫くすると、彼女は小さく丸まってぷるぷると震え始めた―――多分、嬉しいんだと思う

「そういえば君らは幾つかの?」

「えっと……」


ダンブルドアに近づいて、私達の年齢を耳打ちする

ホグワーツの1年生は11歳から
一番上の7年生でも、17歳までだ

私達は既にその年齢を超えている
つまり適齢の学年は存在しないのだ

案の定、年齢を聞いたダンブルドアはぎょっと目を大きく見開いて私達を見た


「すまんの、幼く見えたもんでつい」

「日本人は若く見られがちですから、気になさらないでください」

Bちゃんがうまくフォローするが…そんなに若く見えるのだろうか?
首を傾げながら

そういえば今は一体何時なのだろう
賑やかなイメージのあるホグワーツだが、先ほどダンブルドアが言ったように夏休み中のせいか
ごくごく静かな古城が目の前にそびえ立っているだけ

―――ここから新学期が始まり、学生が溢れるのにはあとどれ位の日数があるのだろう

「今、一体いつなんですか?」

「1975年8月25日じゃ」





その言葉に、思考が急停止した




「…なっ、ななじゅうごねん!?」

「そうじゃ」

1975年

日本で言う昭和、私達がいた時代から30年以上前
小説、ハリーポッターの過去ということになる

しかも1975年は、彼らの両親が在学している年にも当たる

「私達、過去に来ちゃったんだ……」

頭を抱えるのは、これで何度目なのだろう―――もう冷や汗も何も出ないような気がしてきた
異世界、未来、全ての出来事を知っている、こんなに問題を抱えていてもいいのだろうか?

「異世界の……未来から来てしまったようです……」

「もう、なんでもありじゃのう」

「心中お察ししますわ」

色々な事が次々とあり過ぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになり始めた私と、それからダンブルドア
もうフォローするのも辛くなってきているBちゃん

「はいはーい!じゃあ私5年生になりたい!」

そして、フリーズしていたCちゃんが、手を高々と上げてそういう

「まあ、希望する学年があるのは構わんよ」

「5年生って…」

「まわり15歳よ、それ」

「いいの!私は5年生がいいの!」



興奮冷めやらぬ友人を宥めている間に、ダンブルドアが杖を取り出して一振りした

ボロボロに見えていた古城は、映画で何度も何度も見た、あの立派なものへと変化していった
―――彼曰く、マグルの目を欺ける為の呪文のひとつらしい

裾の長い洋服とローブを翻して、しわくちゃの優しい手のひらをこちらへ向けた




「ようこそ、魔女見習い諸君」




その言葉に導かれるまま

私達は魔法の世界へと足を踏み入れた












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