dream | ナノ


「なぁ、シャンプー何使ってる?」


Aromatic


ふ、といい匂いがした

それがテーブルの向かいでレポートを書くBから漂ってくることに気付くのに、あまり時間は掛からなかった
自分の、無駄に優れた嗅覚を少しだけ褒めてやりたかった

「シャンプー?」

「そう」

羽根ペンを置いて、顔を上げる
さらさらと肩から落ちる、髪の一本一本が艶めいていて―――ドキリと心臓が跳ねる

「髪、気ィ使ってるよな、と思って」

「まぁね」

綺麗な髪

黒くて、しっとりとしていて、柔らかそうで
俺と同じ色なのに、髪質は全然違う

思わず触りたくなるような、そんな髪

「私の髪に合うように作って貰ってるの」

彼女は一息つくように、ソファに深めに腰を落としてそう言った

「こっちじゃ気候も水も違うから、少し軋むのよね」

だから、と付け足して髪を撫でる
そうすると、またふわりと薄く花のような香りがする

「なんの匂い?」

「桜よ」

サクラ
どこか心地良い、少し控えめで上品な香り

「ふーん、サクラなぁ」

「シリウスは、何使ってるの?」

「良く知らない、ジェームズがくれたやつ」

珍しく”プレゼント”と言って渡されたシャンプー
やたらジェームズがニコニコしていたのが気味悪かったのを覚えているけど
使ってみると案外いい感じだったので、それを使ってる

「サクラって、いい匂いなんだな」

「……匂いするかしら?強い匂いってあまり得意じゃないから、結構薄めてるんだけど」

髪を一束摘まんで、自分の鼻の方で匂いを確認するが
良くわからなさそうな顔をして、首を傾げている

「俺、鼻はいいから」

「……そうだったわね」

ふ、と顔を背けるB
そうすると、またふわりといい匂いと一緒に髪がさらさらと動く

「日本人って、皆そんなにさらさらの髪してるのか?」

「……どうかしら」

同じ日本から来た編入生の事を思い出してみても
やっぱ艶感もしなやかさも、目の前の彼女の方が良く見える

「きっとBが特別なのかもなー」

「っうるさい、早くレポート書きなさいよ」

褒めたはず

なのに彼女は顔を下に向けて、ガリガリと羊皮紙に穴が開きそうなくらいの勢いで羽ペンを走らせる
所々にインクが散ったレポートが視界に入り、真面目なBには珍しいように思えた

そんな彼女を視界で見つめながら、自分の分のレポート用紙に目を落とす

明後日提出のレポートは、いまだに真っ白
いや、タイトルだけはご丁寧に書いてあるが、そのあとは何も無い

「なぁ、明後日の変身術のレポート」

「嫌、自分で何とかして」

―――見せてくれ

と言う前にぴしゃりとそう言われてしまった
なんでいつも先読みして話すんだ、彼女は

心の中を読まれた事と申し出を断られた事がちょっとだけショックで、そのまましょんぼりとした表情で顔を上げる
何時ものポーカーフェイスと、少し違う表情の彼女が俺を見ていた

「……要点だけなら、教えてあげるけど」

「よろしくお願いします!」

教科書と羊皮紙を抱えて彼女の隣に移動する

ぱらぱらと該当ページまで教科書を捲り、レポートの範囲になっている場所を探す
―――確か、この辺りだったような……

「違う、隣のページの14行目からよ」

「良く覚えてるな」

「昨日やったばかりでしょ、それ」

「……そうだったっけ?」

「……そこから書き写して、自分の考えを書いて」

言われるがままに羽根ペンを走らせる

ふ、と隣でレポートを書き進める彼女が目に入る
黒髪と同じ色の睫毛と瞳に、見惚れてしまう

―――こんな距離で見た事、今まで無かったかも

ドキドキと脈打つ鼓動が、隣にまで聞こえてないか心配になる
落ち着こうとしても、至近距離からサクラの香りが漂う

それも、先程とはまた少し違う
彼女の吐息と混ざった優しいサクラの香り

気付くと右手に持っていた羽ペンを置いて

俺は、その手で彼女の髪を触っていた


「っちょ、っと……!」

Bが、こっちを見てうろたえている
唇を震わせながら何か言おうとしていたが、それを遮ってしまう

「あ、ごめん。つい」

「ついって、なによ……」


「綺麗だったから」


そう言うと、Bは辺りの教科書やらレポート用紙をぐしゃぐしゃと纏めて抱えると
がばっと勢い良く立ち上がって、こちらを見ないまま階段の方へ進んでいった

「わ、たし!もう寝るから!」

「えっ、ちょ……!」





―――あれ、俺

うっかり”綺麗”って言わなかったか?



談話室に一人残された俺は、手で顔を覆って溜息を付く
……今になって、自分の発言がいかに恥ずかしいものだったか

思い出しては赤面する

綺麗だと思ったのは嘘じゃない
でも、そんな事を彼女に口走ってしまった事に酷く焦りを感じる

遠ざかったサクラの香りを思い出すと
妙に胸が息苦しいような感じがした

―――明日から、どんな顔をして話せばいいんだよ


それでも俺は、きっと彼女の匂いに反応してしまうんだろう

自分だけが知ってる、あのサクラの匂いに



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