dream | ナノ




さあ―――問題はここからだ

「よりによってポッターと!楽しい夜だね、まったく!」

ドラコの悪態をBGMに、どんどんと獣道を進む

木立がびっしり生い茂り、もはや其処が道なのかも怪しい
森の奥深くへと入り30分も歩くと、視界の先に開けた空間が見えた

「見て……」

ハリーが指差した先に、何か白いものがある
3人と1頭でそれに近寄ってみると、それはお目当てのものだった

「し、死んでるの?」

「そうみたい」

純白の肌は美しく、真珠色に煌く鬣も……とても死んでいるようには見えなかったが
あちこちに飛び散った銀色の血液、痛々しい傷跡、投げ出された四肢が
そのユニコーンの死を、現実の物にしていた

ユニコーンに近付こうと、ハリーが一歩足を踏み出す

「ッ!」

―――何かが、ズルズルと滑る音

平地の奥から、黒いフードに身を隠した”ナニか”がやってくる

獲物を漁る獣のように、地面に這い蹲り、土の臭いをさせる
その”ナニか”はユニコーンに近付くと、その傷口から血を飲み始めたのだった

「ぎゃああああアアア!」

金縛りにあっていたように硬直していたドラコが、絶叫した
今来た道の方へくるりと身体を反転させると、ファングと共に駆け出した

「ハリー!」

”ナニか”が血を啜るのを止め、顔を上げた

ぼたぼたとユニコーンの血を滴らせ、ゆらりと立ち上がる
動けなくなっているハリーの前へ立ち、スルスルと近付くそれを杖で威嚇するが

……相手が相手だ

「いッ!?」

傷が反応するのか、ハリーは額を抑えて倒れ掛かる


―――あのときの景色がフラッシュバックした


ハリーがジェームズと重なる

また、役立たずのまま終わったらどうしよう
また、私が負けてしまえばそれが現実になる
また、誰かを守ることが出来なかったら

また、目の前で友達が……

身体中から、どっと汗が噴出すような気分だった
だくだくと滴り落ちる汗の一滴が、あの時の合図のようになったら

考えるだけで、杖を持つ手が震えていた

嗅ぎ慣れた、あの匂いを思い出すだけで―――脳が痺れるようだった


「―――ッ!」

近付いてくる勇ましい蹄の音で、私は我に帰った

私達を軽く飛び越えた音の主は、前足を上げ”ナニか”に向かって突進した
古びたローブのようなものをゆったりと翻しながら、それは森の奥へと消えていく

「ハリー、大丈夫?痛みは?」

「っう、うん……もう、大丈夫」

膝をついて苦痛に表情を歪ませていたハリーだったが
あれが去ったせいか、少しずつ落ち着きを取り戻していっていた

「ケガはないかい?」

「あ、ありがとう……あれは何だったの?」

現れたケンタウルスは、ハリーの問いには答えず
ただじーっと目の前の少年を、額の傷を観察するように見つめていた

「ポッター家の子、それにお嬢さん。早くハグリッドの所に戻ったほうが良い」

「……どうして僕の名前を?」

「それはまた今度。今、森は安全じゃない……特に君にはね、私に乗れるかな?その方が速いから」

彼は前足をぐっと曲げ、私達が乗りやすいようにと気遣ってくれた

「私の名はフィレンツェだ」

彼、ケンタウルスがそう名乗ると、平地の反対側から失踪する蹄の音が聞こえた
木の茂みを破るように、もう2体のケンタウルスが現れた

「フィレンツェ!」

「ロナン、ベイン……」

怒鳴り声が森に響いた
眠っていた鳥達が数羽、頭上を離れていく

「何という事を……人間を背中に乗せるなど。恥ずかしくないのですか?君はただのロバなのか?」

「ベイン、この子が誰だか分かってるのですか?ポッター家の子です。一刻も早くこの森を離れる方がいい」

―――ベイン、そう名を呼ばれたケンタウルスは唸るようにフィレンツェの話を遮る

「君はこの子に何を話したんですか?フィレンツェ、忘れてはいけない。我々は天に逆らわないと誓った。惑星の動きから、何が起こるか読み取ったはずじゃないかね」

「私はフィレンツェが最善と思うことをしているんだと信じている」

「最善!それが我々と何の関わりがあるんです?ケンタウルスは予言された事にだけ関心を持てばそれでよい!森の中で彷徨う人間を追いかけてロバのように走り回るのが我々のすることでしょうか!」

もう1体のケンタウルス、ロナンの意見が気に食わないのか
ベインは感情のまま、後ろ足を蹴り上げた

それを見たフィレンツェも同じように後ろ足で立ち上がったので
私とハリーは振り落とされないよう、しっかりと彼に掴まった

「あのユニコーンを見なかったのですか?」

大人しかったフィレンツェが、ベインに向けて声を荒げる

「何故殺されたのか君は分からないのですか?それとも惑星がその秘密を君には教えていないのですか?ベイン、僕はこの森に忍び寄るものに立ち向かう。そう、必要と有らば人間とも手を組む」


彼はそう言い切るとさっと身体の向きを変えて、木立の中に飛び込んだ


「……どうしてベインはあんなに怒っていたの?君は一体何から僕達を救ってくれたの?」

ハリーがそう質問すると、フィレンツェはスピードを落として並足になった
2人とも低い枝にぶつからない様に頭を低くしているよう注意はしていたが、答えは返ってこなかった

しばし進むと、その場でフィレンツェが立ち止まる

「ハリー・ポッター、ユニコーンの血が何に使われるか知っていますか?」

「ううん、角とか尾の毛とかを魔法薬の時間に使ったきりだよ」

角も毛も高額で取り引きされる品物だが、血は滅多に流通しない
流通していたとしても角や毛よりももっともっと高額な上、皆恐れ嫌う

それには理由があるからだ

「ユニコーンを殺すなんて非情極まりない事なんです」

フィレンツェが、ぽつりとそう呟いた

「これ以上失うものは何もない、しかも殺す事で自分の命の利益になる者だけが、そのような罪を犯す」

月明かりで照らされた髪と瞳が、キラキラと輝く
彼の銀色の髪の毛は、先ほどのユニコーンを彷彿とさせた

「ユニコーンの血は、たとえ死の淵にいる時だって命を長らえさせてくれる……でしたっけ」

「だが、恐ろしい代償を払わなければならない」

フィレンツェの言う代償

自らの命の為、純粋で無防備な生物を殺害するのだから―――得られる命は、完全な命では無い
その血が唇に触れた瞬間から、その者は呪われた命を生きる

生きながらの死の命、それがユニコーンを殺す代償

「一体誰がそんなに必死に?永遠に呪われるんだったら、死んだ方がマシだと思うけど。違う?」

「その通り。しかし、他の何かを飲むまでの間だけ生き長らえれば良いとしたら?」

―――短期間、あるいはあと少しで、その他の何かが手に入る

「完全な力と強さを取り戻してくれる、決して死ぬことが無くなる何か……かな」

「賢いお嬢さんだ。ポッター君、今この瞬間に、学校に何が隠されているか知っていますか?」

「”賢者の石”―――そうか、命の水だ!だけど一体、誰が」

「力を取り戻す為に長い間待っていたのが誰か、思い浮かばないですか?命にしがみ付いて、チャンスを伺ってきたのは誰か?」

木々がざわめく

ハリーははっとした顔で私の顔を見て、口を開いた

「それじゃ、僕らが今見たのは……ヴォル」

「ハリー、名前!2人とも大丈夫?」

「私達は大丈夫!」

道の向こうから駆けてきたハーマイオニーの声によって、ハリーの言葉は掻き消された
その直ぐ後ろから、どすどすと大きな足音を響かせて、ハグリッドが追いかけてきている

「ハグリッド、ユニコーンが死んでる。森の奥の開けた所」

ハリーが先ほど見たユニコーンのことを伝えると
ハグリッドはそのまま石弓を構えたまま、森の奥へと向かっていった

「此処で別れましょう、もう安全だ」

私とハリーは、急いでフィレンツェの背から降りる
ケンタウルスの背に乗せてもらうなんて体験、少し名残惜しい

「幸運を祈りますよ、ハリー・ポッター、お嬢さん。ケンタウルスでさえも惑星の読みを間違えたことがある。今回もそうなりますように」


* * *


「ロン……?」

「こんな所で待っててくれるなんて」

ようやく寮へ戻ってきた私達を、真っ暗な談話室が出迎える
ロンは私達の帰りも待っていたらしく、そのまま談話室のソファの上で眠っていた

「ロン、戻ったよ」

「ううーん……今の、ファウルだろ……おい……」

ハリーが少々乱暴に揺り起こそうとすると、ロンはソファのクッションを抱えたまま
むにゃむにゃと何か呟いて、寝返りを打ってまた眠ろうとする

「寝言?」

「そうみたい」

どうにか起こしたロンを加え、ハリーは自分の考えを話した

お金目的で賢者の石を狙っていたと思っていたスネイプは、自分のためじゃなかった
ヴォルデモートを復活させる為に、あの石を狙っているのだと

「大丈夫、このホグワーツにはダンブルドアがいるもの」

「でも、名前だって見ただろう」

「さ、もう寝よう。試験勉強もあるんだから」

「……おやすみ」

「また明日ね、ハリー」

もう夜も深い、私は話を切り上げて全員を寝室に押し込んだ

自身もさっさと布団の中に身体を滑り込ませ
枕に頭を預けて今日あった出来事をもう一度思い出せば、痺れたままの脳が疼いた


疑いが確信に変わる夜

懐かしき匂いが、脳から離れない


あと少し


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月明かりに照らされたあなたを

綺麗だと思うなんて


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