dream | ナノ





act.024

こつこつ

木製のドアをノックする音が地下へ響く

雨でも降るのか、何時も以上に水分を含んだ空気に地下独特の土臭さ
それから何を煎じる大鍋の香りと、憂鬱な夜の香り

「ハイ、こんばんは」

重苦しい音を立てたドアの先では、部屋の主が眉間に皺を寄せて立っていた

私の顔を見るなり、彼は手にしていたドアノブを再び握りしめ
木製のドアを閉めてしまおうと、一気にそれを引いた

―――がつん

すかさず、ドアを閉められないように靴を滑りこませる

「……何用かね、ミス・ダンブルドア」

いつもより割増の眉間のシワが印象的なセブルスが、私を呼ぶ
さっさと追い返したいのか、未だにぐいぐいとドアノブを引っ張っている

「食後のお茶でもいかが?教授」

「生憎だが我輩は……」

「あーはいはい、お邪魔しまーす」

「あっ、おい!待て!」

ドアの隙間に身体を捩じ込んで、するりと室内に入る

教室に隣接しているセブルスの居住区、なかなか良い部屋だ
けど、少し照明が薄暗いのも仕様なのか、それとも彼の趣味なのか

「早く出て行け」

「セブルスお湯沸かして、お茶会よ?」

「誰がすると言った、誰が」

持参したお茶菓子をテーブルに広げながら、茶葉の缶をセブルスへ手渡すと
彼は諦めたように溜め息を吐いて、お湯を沸かす準備を始めた

機嫌が悪いのは、もしかしなくとも私のせいだろう

「……まだ怒ってる」

返事がないと言うことは、どうやら図星らしい

「因果応報」

「……ふん、またお前の国の言葉か」

「自分のした行いは、良い事も悪い事も、何処かで返ってくるって意味」

視線を逸らしたセブルスは、そのまま背を向ける
ぐつぐつと煮え滾ったお湯が溢れて、蒸気が上がっていても、そのまま

「セブルス、お湯噴いてるよ」

「……」

セブルスは、紅茶のはいったカップを荒々しくテーブルへと置いた

「要件はそれか」

「お茶請けの小話は沢山あるんだけどね」

クッキーをひとつ口へ放り込み、熱々のお茶を頂く
荒っぽく淹れたお茶でも、美味しいものは美味しい

「動きにくい方へ自分で進んでいるの、理解してるなら別にいいんだけど」

「心配御無用、我輩は我輩のやりたいようにやっている」

「そ、ならいい」

荷物に紛れていた紙束を取り出しす
それを少し広げて、セブルスへ手渡す

「この間の、目は通した?」

「グリンゴッツのか、話は聞いている」

紙面には大きく”グリンゴッツ侵入さる”と書かれている
この日の日刊預言者新聞は、生徒の中でもあちらこちらで話題になっていた

「その件、なーんにも情報が回ってきてないんだけど?」

「一応生徒という扱いだ、情報を横流しすることも無い」

「……案外過保護よね、ダンブルドアも」

髭に埋もれた読めない表情を思い出す
肝心な事は教えてくれないなんて、ちょっと悔しい

「どうせ知っているだろうとのお考えだ」

「……そうだけど、社会において報告連絡相談って大事よ」

「生徒なら生徒らしく振る舞って頂かねばこちらも困る」

「親睦を深めるって大事な事だと思うんだけどなぁ」

学友が先生で、自分が今だに生徒というのも不思議な感じだが
意思の疎通の情報交換くらいはさせて頂きたいものだ

また紅茶を口に運びながら、話題を変えていく

「それと”4階”の事」

立入禁止になっている、4階の廊下の先
やはり知っているんじゃないか……目の前には、そんな目で私を見るセブルス

「そんな顔しないでよ」

「警備は厳重だ、心配はいらん。教員も見回りしている」

「厳重、ねぇ?」

まだ嗅ぎ付けられるには時間があるとは思うけど
最奥の守備が完璧でない今、それを厳重と呼べるのかは疑問だった

「何が言いたい」

「いえ、何かあったらちゃーんとセブルスが上手く立ちまわってくれるんだなぁ、と」

「無論だ、アレがあちらに渡ると色々と面倒だからな」

「……私とセブルスは特にね」

あちらのシナリオ通りになれば、面倒を被るのはこっちだ
特に私達は身の振り方に苦しむであろう

今、それだけは避けたい

「分かったらなら大人しく生徒として生活しろ」

「それは出来ないかな、私だってやりたいように動くわ、貴方と一緒でね」

「好きにしろ」

そう言って、カップの中身を一気に飲み干したセブルスは立ち上がる

先ほどまで部屋の隅にあった大鍋の中身が冷めたかどうか確認すると
それを小瓶に流し込み、小瓶をまとめてテーブルへ置いた

「今週の分だ」

「あ、ありがとう」

私が11歳の身体でいる為に必要な―――特別な縮み薬

労力と魔力の無駄使いを抑える為に、週に一度は彼が調合した薬を受け取らねばならない
予備も含めた10個ほどの小瓶を鞄に詰めて、ひとつはその日の分としてその場で頂く

美味しいとは言えないその味を、紅茶で誤魔化す

「うーん……やっぱ薬って味」

「味は変えられん、我慢するんだな」

「はーい」

口直しのクッキーを口の中に放り込んで、紅茶のおかわりを頂く
こちらの世界にやってきてから、食後のティータイムも慣れたものだった

少しホームシック気味な気持ちでぼんやりと部屋を眺めていると、時計が視界に入った

「あ、もう結構経ってた。気付かなかった」

「消灯までに寮へ着かんかったら減点だな」

「なにその輝いた瞳、減点に生きがい感じちゃマズイでしょ」

授業で私から減点出来ないからって―――こんなタイミングで

勿論本気じゃないとは思うけど、死んだサカナのような目に光が灯ったのを見ると
まんざらでもないのでは?と疑ってしまう自分が居た

「薬は渡したろう、さっさと帰るんですな?ミス・ダンブルドア」

「はいはい、じゃあまた来るから」

「来なくていい」

「おやすみ、セブルス」

挨拶もそこそこに部屋を追い出された私は、グリフィンドールの寮までの道のりを考え
うんざりした面持ちで足を踏み出し、地下を後にするのだった


* * *


寮に戻ってからは、いつも通り

ジョージは相変わらず悪戯に参加しないかと話を持ち掛けてくるし
フレッドと一緒に、魔法薬学のレポートを書いたりした

ただ、珍しくハリーとロン、ネビル、それからハーマイオニーが3人共寮へ戻ってきていなかった

「お嬢、まだ寝ないのかい?」

「うん。今、いいとこだから……もう少し」

眠そうに欠伸をしながらこちらを見つめるジョージを尻目に
フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で買った分厚い本を捲る

ハリー達が戻ってくるのを待っていると、すっかり日付も変わってしまっていた

「流石に瞼が落っこちてくるぜ……僕ら、先に寝るよ」

「レポート手伝ってくれてありがとう、これでスネイプにどやされないで済む」

「ええ、どういたしまして。また明日」

二人が寝室へ上がって行くのを見送る

生徒の残っていない夜の談話室はとても静かで、落ち着いた空間
昼間の賑やかさも嫌いではなけど、読書にはこういった場所が一番だ

また一枚、また一枚と本を捲って読み進めては見るものの
夜中を過ぎても帰って来ない4人が気がかりで、内容が頭に入ってこない

「何処行っちゃったのかしら」

『夜中に寮を抜け出すのは校則違反ではないのか?』

聞き慣れた声と同時に、しゅるりと白い影が視界の端に現れた

禁じられた森で出会った、白い蛇
なんだかんだで飼うことになってしまった、私の良き友人

「……勝手に部屋から出てこないでよ、びっくりした」

『あそこに居るのは落ち着くが、如何せんつまらん』

いつも彼には部屋で大人しくしているように言っているはずなのだが
すぐに逃げ出してはローブの中やら荷物に紛れて外出しようとする、立派な問題児になっていた

蛇の持ち込みは禁止されているが、彼は元々ホグワーツの森の出身
これが校則違反に当たるのかもよく分からないが、面倒事はごめんだ

周りを再確認して、蛇語で話しかける

「いつもいつも、見つかっていないのが不思議なくらい」

『この体色だと目立つ方が多いのだが、これも才能か』

「結構心臓に悪いのよ、そういう登場って」

彼が身体をくねらせて近くへやって来たのと同時に
談話室の入口の方が少し騒がしくなってきたのが聞こえた

蛇を拾い上げてローブの袖に入るよう促していると、ばたんと大きな音が響く



「あんな怪物を学校の中に閉じ込めておくなんて、連中は一体何を考えているんだろう!」

ロンが憤慨しながら談話室へ入ってきた
手の甲で顔の汗を拭いながら、どかりとソファへ座り込んだ

「おかえり」

「……!!!」

硬直していたネビルが更に顔を強張らせる
ハリーもハーマイオニーも、私がいるとは思っていなかったのか目を見開いて驚いている

「名前、あのね、これには色々と事情があって」

「ハーマイオニー。怪我はない?」

「え、ええ」

この時間に4人まとめて帰って来ないイベントといえば―――トロフィー室の決闘

決闘なんてただの誘い文句
本当はハリー達を陥れて、たっぷり減点させる為の罠

それから、4階の禁じられた廊下の先での出来事

彼等は今、頭の3つある怪物犬に出会ってきたばかり

「ねぇ、校則って何のためにあるか理解してる?」

「僕達を、守る為」

ネビルが強張った顔のまま、どうにか声を絞り出す
ぐったりとソファへ身体を預け、相当疲弊しているようだった

「そうね、ネビル。学校は貴方達を、大切な家族から預かっているの」

「守るって?あんなの学校の中に入れる事自体、校則糞食らえだろ!」

「何見たかは聞かないけど、それさえも貴方達の為だとしたら?」

まだ気の立っているロンは、声を荒らげる
顔の色が髪の毛と同じくらいに真っ赤になってしまっている

「僕には家族が居ないよ」

「……ハリー」

ハリーがぽつりとそう言った
ハーマイオニーが彼の名前を呼ぶも、ハリーは頭を下げたままだ

「まさか心配するのが家族だけだと思ってる?貴方を心配している人は周りに沢山居るよ」

「でも」

「なに、まだ好奇心が勝ってるの?呆れた」

周りが見えていない、好奇心の塊
まるで父親のようで、昔の彼と重なって見えた

―――本当、そっくり

「私、先に失礼するわ」

このままお説教してもジェームズを思い出してしまいそうだ

手にしていた分厚い書物を閉じて小脇に挟むと、ソファから立ち上がる
心を落ち着かせるように深呼吸してから、私はそのまま階段へ進んだ

「おやすみなさい」

しばらくすると、私に続くようにハーマイオニーが上がってきた
ローブに潜んでいた蛇はするりと引き出しの中へ隠れ、息を潜める

ベッドで寝支度をしていた私に、ハーマイオニーが近付いてくる

「あの、名前?」

何か言いたげな様子で、こちらの様子を伺っている
弁解か謝罪か、はたまた彼女なりの気遣いなのか

少し間を置いて、言葉を紡ごうとする

「私達……」

「明日も早いし、また今度にしましょ?」

彼女の声を遮って、話をさせない

彼等には少し考える時間と、それから休息が必要だ
一晩眠れば、また余裕もできるだろう

「そ、そうね。おやすみなさい」

「おやすみ、ハーマイオニー」




その日の夜空は、綺麗な星空が広がっていた

窓枠の向こうで爛々と輝く星たちが何故か嫌なものに思えて
それと同時に、なんだか自分自身が嫌な人間に見えてきくる


ささくれだった心は

物の見方も変えてしまう




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無知と好奇心

どちらでも危険


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