dream | ナノ


* * *



そうして朝がきて、また夜がくる

繰り返し繰り返し、日が沈んで昇る



身の回りの世話や話し相手は手の空いた死喰い人が行うようだったが
何かと時間を作ってやってきたルシウスさんやベラトリックスがその役を買って出ていた
死喰い人と言えど、彼らとの会話はなかなか退屈することはなかった

「それで、来年の6月には生まれるようで……」

この日の話題はルシウスさんの第一子のお話

めでたく子宝に恵まれたようで、出産予定は半年ほど先だが
この度安定期に入ったので、と子供トークを解禁したらしい

あちこちでその話をしていたらしく、ベラトリックスの顔にもうんざりだと書いてある

「ルシウスさんも、もうすぐお父さんですか」

「時間と言うのはあっという間ですから……貴方と出会って、もう5年近くになりますし」

「きっと、お子さんの成長もあっという間ね」

ルシウスさんは終始目を輝かせ、嬉しそうに子供の話をする
ブランド物のベビーベッドを買ったとか、どんな風に遊ぶかとか
将来は絶対にスリザリンで優秀な成績を修めてほしいとか

とにかくお父さんドリームが炸裂していた

「もう名前も決めたみたいで、ねぇ?ルシウス」

「え、てっきり名付けに悩んでいるかと」

ベラトリックスが話を振ると、良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに顔を上げ
目の前の彼と普段の厳格な彼が同一人物に見えないくらい、表情筋が緩んでいる

「ドラコ、という名にしようと思ってね」

「……ちゃんとシシーに言ったんだろうね、それ」

「勿論、一番初めに伝えたよ。彼女も良い名だと言っていたからね」

話しぶりからすると、ベラトリックスの妹でもあるナルシッサさんも名付けに同意しているようだ
純血の名家マルフォイ家にも相応しい、と周りも概ねその名を認めているらしい

「元気に生まれてくると良いですね」

「はは、私も今から楽しみですよ」

こう言った会話のおかげで、少しずつだが後ろ向きな気持ちも薄れてきている
嬉しいニュースが飛び込んでたので、自然と口角も上がった所だった

「本当に嬉しいニュースで……」


ぐらり


不意に大きく視界が歪んだ
酷い目眩に、思わず掌で瞼へ影を落とす

「気分でも?」

「あ、いえ……」

急な目眩には、ひとつだけ覚えがあった
アルバニアで体験した、あの感覚

「……っあ」

どくん
どくん

「ちょっと、あんた本当に大丈夫じゃ……」

あの時みたいな、嫌な感覚が身体の中を走っていく

―――どく、ん

心臓が跳ねて、四肢の力が抜ける
事切れたようにだらしなくソファから崩れ落ちた身体をどうすることも出来ず

「どうなされました!」

「っしっかりしな、ほら!」

ルシウスさんとベラトリックスの呼び掛けにも応えられず
冷たい床に横たわっているおかげで、どんどん体温が奪われていく

震える指先をどうにか服の中に突っ込んで、ネックレスを引っ張り出した

卿に貰ったそれは、純度の高いエメラルドだったけど
今、私の手の中にあるそれは綺麗と呼べるような色ではなくなっていた

不透明で薄黒く、鈍色へ変色した石

まるで私の心の中のような色だった

「……きょ、う」



* * *



かち、こち、かち、こち
時計の秒針が規則正しく時間を刻む音が届く

四角い天蓋ベッドに鉄格子の施された四角い窓
アルバニアに居た頃と、なんら変わらない風景

―――まだ生きている

そう実感した私は小さく息を吐いて、寝返りをうつ
いつもと同じ柔らかな枕に頭を預けたまま反対側を向いて、硬直した


「……遅い」


「―――ッ!?」

反対側に居るのは、良く見知った顔
しっとりした黒髪に柘榴色の瞳、それから血の気の無い肌

「なっ、な、なんで隣にっ……!?」

「騒ぐな、また意識が飛ぶぞ」

そう言われても寝起きの私の脳味噌ではこの状況を理解するのは難しいし
説明も無しにそのまま横になっている卿に、混乱してしまっている

「全く……倒れたと報せを受けたかと思ったら、元気ではないか」

溜息混じりに息を吐くと、力を抜いて頭を枕に

「ルシウスはともかく、ベラもいつからお前に入れ込むようになったのやら」

「ルシウスさん達は……?」

「……外を見てみろ」

身体を反転させて窓を見ると、外はすっかり暗くなっている

壁掛け時計に目をやると、既に夜12時を過ぎていた
この時間では二人も帰ってしまっているだろう

「明日謝らなくちゃ……」

私は今にでも頭を下げてお礼を言いたい願望を押さえて、身体を布団へ戻す
そこで改めて卿と添い寝している事に気付き、ほんの少しだけ身体を離す

「離れるな」

ぐっと腰を引かれ、卿の腕の中に押し込まれる
上等な白いシャツからは、すっきりとした不思議な香りがしてきて
慌てて顔をそこから剥がすこととなった

「っき、急に、何するんですか!」

「……お前が倒れた原因はこれだ」

溜息混じりにそう言って、彼は私の胸元へ手を伸ばす、

意識を手放す前は、確かに黒っぽく変色していて、とてもじゃないが貴石には見えなかったが
今、目の前にあるそれは何時もと変わらない煌きを放っている

―――見慣れたエメラルドのネックレス

「さっきは曇ってたのに……」

「これを作ってから15年経っている。私の魔力と言えど、物質に込めた魔力も今日が限界のようだ」

「賞味期限的な物ですか?」

「……馬鹿が。まぁ、もう少し維持できると思っていたが、これが限度だな」

私の身体は魔力を欲していたらしいが、ネックレスはもう空っぽだった
魔力を源に動く身体は、栄養失調でそのままお亡くなりになる寸前だったようだ

糧が無くなれば、死ぬ―――そう言われていたのを思い出す

「原動力が無ければ動くことも出来ない……差し詰め、螺子巻き人形だな」

「……誰だってお腹が空いたら動けませんよ」

「お前は食事も魔力も必要だろうが」

「自分で言うのも何ですけど、燃費悪いですね」

こんな燃費の悪い生き物を飼っている卿は随分と酔狂だ
そんな卿ともう長い間過ごしている自分も、同じようなものだろうけど

「大人しくしていれば20年は持つだろうと思ったが、如何せん好き勝手に魔法を使うからな」

「ううっ、そ、それは申し訳ないと思っております……」

脱走の事を指しているのだろう、鋭い視線がこちらに投げられ
たまらず肩を竦めて小さくなって、謝罪の言葉を口走る

「また年月が経てば、同じように死にかけるだろう」

「……それは困ります」

「無駄に魔法を使ったりすれば、更にその日は近づく」

危険な魔法、特殊な魔法―――力を使えば使うほどに死期が近づく
使用量によって異なるそれは、一体何時やってくるのか誰にも分からない

「卿が居なければ駄目ですね、これじゃ」

少なくとも交換期が近付く頃には、離れることは出来ない
私の命を握っているも同然なのだと、実感する事になった

「あれから15年経ったのだな」

「あんまり老けませんね、卿」

深夜の静寂の中、ただ何も無い天蓋の布を見つめる
こうして二人きりで話すなんて、数年ぶり

以前より距離が近いのも、年月が織り成したものだろうか

「貴様は子供のままだな」

「子供って……私を幾つだと思ってるんですか?」

「私からすれば子供だ」

「50代からすれば、そうかも知れません」

「……それだけ減らず口を叩けるのであればもう大丈夫だろうな」

暖かくて、良い匂いのする腕の中
ずっとそこに居たくなるような、心地良い空間

「私、卿から離れられそうになさそうですね」

ぐっと顔を卿に押し付けると、その分締め付けが強くなる
そんな卿が、たまらなく愛おしく思えてしまう

「……死にたいなら別だが」

「もし死ぬときが来たら、その時は一緒ですよ。はは」

卿が居なくなれば糧となる魔力が尽き、私も消えるだろう
寄生気味で自分よがりの気持ちなんて酷いものだと考えていたけど

この腕の中では、それも悪くないと思えてしまう

「卿」

「……なんだ」

「何処に居ても、私は卿が大切ですよ」

彼の為に、そんなエゴイスティックな気持ちで
これから私のやろうとすることを、許してもらえるだろうか

「何処に居たって見つけられる」

「コレがありますもんね」

手の中で輝くネックレス、私と卿を繋ぐ……大切な糧
以前より輝きが増して見えるのは、きっと卿が近くに居るから

ここで必要とされているなら、もう理由なんていらないような気がした

”求められている”

そんな細い糸のような動機が、今の私の全て






もう理由なんて、いらない

私は私のまま、成すべきことを成すだけ






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