dream | ナノ


act.014


夏の面影を残した日々もすっかり過ぎ去った
秋のお祭りハロウィンも無事に終わり、肌寒さを感じるようになってきた日

「あー、またこんなに」

リリーから貰ったヌガーを手のひらで転がしながら談話室に入ると、
寮生がテーブルに山積みにしてそのまま解散したようで、本やら雑誌やら新聞やら、活字体が大量に散らばっていた

散らかした本人達は見当たらない

スリザリン生って、案外いい加減な人も多いのだ
生真面目そうな感じの人が多いのに、なんだか意外だった

……そういえば、卿も探し物の時には床に本をぶちまけていたっけ

落ちている新聞を拾い上げると、動く写真付きの記事が目に入る
日刊預言者新聞の1面では、死喰い人がよろしくないご活躍をされたとか

今回の騒動はイギリス国外でのようだが、規模の大きい事件だそうだ
そうやって彼らが取り上げられているのを見る限り、闇の帝王は着々と準備を進めているのだろう


案外短気だから、他の死喰い人を怒鳴り散らしたりしているのかな
お屋敷、庭もまた廃墟みたいになっちゃったかな
ナギニもちゃんと、ごはん食べてるかな

……卿、元気かな


アルバニアからイギリスまで時間を飛び越えた時点で、あれから5、6年経ってる

まさか、ホグワーツにいるなんて思ってないだろうなぁ

「もし帰ったら、また怒られるな」

左手の薬指で小さく輝く、相変わらず綺麗な銀色
呪いで抜けない、銀のリング

あの日から憎々しいくらい、何も変わらない

私も変わらない

ジェームズ達と会った日に切った頭の傷は、その日のうちに尋常じゃないスピードで完治した
処置の的確さや薬のせいじゃない、とマダムも回復スピードに驚いていたが

この世界にある魔法や、物事に左右されない肉体、記憶
何も変わらない、何かあっても元通り
若返りもしないけど、老いもしない

人外

そんな言葉がぴったりだった

自分の心に嘘を吐いて
ついにモンスターの仲間入り、教科書に載れそう
なんて、軽く考えていた


「ホームシックですか?」

新聞の死喰い人を見て、頭を垂れる私に、誰かが声をかけた

振り返ると、物静かそうな少年が一人

不機嫌そうなのか、憂いているのか、なんとも読めない表情
艶のある黒髪が歩くたびにふわりと揺れる

どこかで見たことのある顔立ちだ

「ホームシック……って?」

「ああ、すみません、独り言だったみたいですけど、耳に入ってきちゃいまして」

「ちなみにどこから」

「あー、またこんなに……辺りからですね」

「ほぼ最初からじゃない、ソレ……」

うわー聞かれた、さっきまで何喋ってたか忘れた
独り言を聞かれた恥ずかしさで、今なら暖炉に飛び込めそうだ

頭を抱えて項垂れる


「あの、それって」

彼が指差す先には、私の胸元

卿に貰った、魔力の封じられたエメラルドと銀細工のネックレス

私の糧、命とも言っていい

いつもは肌身離さず、制服の下に忍ばせているのだが
頭を抱えたり何やらしている内に、シャツから飛び出してしまったようだった

「あ、大事なものなんだ。ごめんね」

手を伸ばし、何か言いたげな彼を静止してネックレスをシャツの中に仕舞い込んだ
もう不意に出てこないように、しっかりと

彼を見ると、先ほどより読み難い、難解な表情になっている

スリザリン仕様のアクセサリーなんて、この寮の子は割と持っている物なんだけど

なんだか、様子がおかしいような気がした


「実は、貴方宛の物があるんです」


彼はそう言って、ポケットから一通の手紙を差し出した
見覚えの無い印璽で封蝋されたそれは、なんだか見覚えがあった

封筒に差出人の名前も、何も無い
印璽は蛇をモチーフにしたもの

「えっと、これ……送り主は?」

「開ければ、分かりますから」

聞いてみても、いいから開けてと急かされる

ダームストラングから強制送還された時と同じ仕様で、なんだか気が引けるが

まさか私がここにいることを、卿が知っているとも思えず

疑心暗鬼になりつつ、彼の目を見た

「さあ、開けてください」

「え、っちょっと……」

半ば強引、彼が封蝋を剥がして、それを開けた


羊皮紙が一枚


嫌な予感、的中

気持ちのいいものではない浮遊感
三半規管が可笑しくなりそうな感覚

もう慣れてしまっている自分が嫌だと思っている内に、強制的に発動した移動キーもどきは
私をホグワーツのスリザリン談話室以外の、冷えたフローリングの上に落っことしていた

「……っくる、し……」

「わー!ご、ごめ、大丈夫!?」

なぜか先ほどの少年も、一緒に移動キーもどきでついて来てしまったらしい

全体重を預けてしまうような形で、彼を下敷きにしていた
床に四肢をくっつけ、苦しそうに呻いている

慌てて立ち上がり、彼を引き起こす

「貴方、死喰い人だったの!?」

胸ぐら掴んで揺さぶってやろうかと思っていると、物音と私の怒声を聞きつけた、他の死喰い人と思われる輩がバタバタとやってきて、私達に杖を向ける

「僕です、レギュラス・ブラックです!」

一緒に行動していた彼は、シリウスの弟、レギュラス君だった

どうりで見覚えがあるはずだった
物憂げで、まだどこか幼さの残った表情にかかる、ブラック家に多い艶のある黒髪

彼の名前を聞いた死喰い人は、安堵したのか、ゆっくりと杖を降ろす

彼らの隠れ家か、それともこの場所に卿がいるのかは分からないが
不審者が降って現れたのだから、この警戒も無理はない

警戒は解けたが、未だに不穏な空気が流れる

居心地が良いとは言えないその一室に、フードを目深に被った男が入ってきた

彼を見るなり、レギュラスは畏まってぐっと片膝を曲げてしゃがみ込んだ

「御用命の件、果たして参りました」

「学生にしては、良くやったな」

「ルシウス様」

レギュラスは口角を上げて喜びを表す

ルシウス、と呼ばれた人物も、それに呼応したかのようにゆっくりとフードを下ろす
その瞳と直に視線が絡んだ

青白い顔に、色素の抜けた長髪
まだかなり若いが、威厳と自信に満ちた瞳は死喰い人を率いるに値する、独特の雰囲気を帯びていた

ルシウス・マルフォイ

私がホグワーツに来た時には、既に彼は卒業した後だったので顔を合わせたことがなかった
この若さで、既に死喰い人の中で周りを率いる位置にあるということに、少し驚く

「違いないか?」

「ええ、ご指示通りに」

私を無視して進む2人の会話に眩暈がした
空気の読めなさに定評でもあるのかこの人達

完全においていかれている

「あ、あの……」

何やら話し込みはじめた2人の間に割って入るのは気が引けたが
これでは何も進まないと感じ、話しかける

「これは失礼、お話は伺っております。私はルシウス、この館の主です」

「初めまして、名前です」

改めて面と向かって挨拶をされ、ついこちらも礼儀正しくお辞儀を返してしまう
怪しげな洋館だと思ってはいたが、どうやらここはマルフォイ家の館らしい

「ここは寒い……別室にてお話を」

確かに、寒い

まだ秋口だというのに、ひんやりと冷え切った部屋では指先も冷たく悴んでしまい、話をするには少々不適切な環境だった
先ほどまで暖かい談話室に居たのと、ローブも着てない状態では、その寒さが一層凍みるように感じた


ルシウスさんが案内する後ろを、大人しく着いていくと
大きな暖炉のある、客間へと通された

趣味の良いシックな家具や装飾品が品の良さを伺わせるが、肖像画や絵画の中でそわそわと動く人々がいるおかげで、あまり落ちつかない

「こちらへお掛け頂けますかな」

促されるままに、暖炉に近いソファへと腰を下ろす
ふわりと身体を包み込む革張りのそれは、とても上質な座り心地だった

向かいにルシウスさん
ソファには座らず、その後ろで待機するレギュラス君

二種類の瞳が私を見つめる

「それで、お話って」

ため息混じりで息を吐き、片手に持ったままだった羊皮紙―移動キーもどきを、前方のテーブルに置いた

「我が君はずっとあなた様をお探しでした、それはもう長い間」

レギュラス君の口から出た言葉は、意外だった

確かにとんでもない別れ方ではあったけど、あの時の卿からは考えにくい言動に戸惑う

探すなんて、らしくない

「ホグワーツへは私達もあまり近づけません……なので、貴方様にだけ反応するようあしらったそのキーを、彼に託されておいででした」

私がいるって、なんで分かったの?

「生憎、我が君はこの館には……ですが、使いの者をやっておりますので」


しばらくお待ち頂けますか?とルシウスさんは言ったが、私の頭は思考停止仕掛けていた


卿らしくない

部下に命令して、私を探すとか
ホグワーツで危なっかしいキーを使うとか
現状が非現実すぎて、着いていけない

無言のまま動かなくなった私を見兼ねたルシウスさん達は、席を外す

なんで?

どうして?

ぐるぐるまわる思考と疑問で、頭の中がいっぱいになる

もう、夢なんじゃないかとまで思う
だって、そんな簡単に会えるなんて




不意に、荒い足音が耳に届く




かつんかつんと鳴り響くそれが、私を現実に引き戻す

慌しく革靴で床を蹴る音は、どんどんと近付いているようだ


ばん


酷く大きな音を立てて開いたドアの先に、懐かしい顔があった
整った目鼻立ちに、柘榴色の瞳、艶やかな髪のかかった血色の悪い肌

卿だ


「っきょ、」

「この、馬鹿者!」

案の定、怒っている
私の言葉を遮って、卿が叱責する

柘榴色の瞳が私を捉えた途端

「連絡の一つもできないのか、お前は!馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたがここまで能無しだったとは!呆れて言葉が見つからん!」

堰を切ったかのような、怒声

肩で息をしながら一気にまくし立て、そのままこちらへ歩み寄る


「馬鹿者が」


目の前に、卿の顔

怒ってるのか、泣きそうなのか、よく分からない顔


「……!」




痛いくらい、抱きしめられた

抱き締められるとか、考えてなかった
優しい抱擁なんかじゃなく、力いっぱい両腕を使って
私が逃げないように押さえつけるような、そんな抱擁

急な出来事に、唖然として立ち尽くす

呼吸が乱れる、息が、できない


「何か、言うことは?」

「あ、え、あの」

厳格な声が、私を逃さない


「名前」


「戻り、ました」


心臓が、痛いくらいに跳ねる

押しつぶされそうになりながら、それに応じるように、声を絞ると、更に抱き締められる

「な、なんで、分かったんですか?」

顔は上げないまま、ずっと疑問に思っていたことを、卿へ問う
きっと私、変な顔してるに違いないから

「お前のネックレスは私の魔力の欠片だ、その有無や場所くらい分かる」

「GPS機能付き……!?」

どうやら私がホグワーツにいたことはお見通しだったらしい

何の連絡も寄越さなかった私に痺れを切らして強硬策をとったようだった

「申し訳ないです」

「次からはさっさと連絡を寄越せ」

「……ぜ、善処します」


顔を俯けたまま返事をすると、卿の大きめの手が頭を覆う
優しく髪を撫でられると、掌の暖かさが伝わってくる


帰ってきた

卿の元に、帰ってきた

心のどこかにあった空白が、少しずつ埋まっていくような気がした



「ただいま、戻りました」



− − − − −

痛いくらいの優しさ

懐かしい香りと、温もり


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